TENSEI塵語

2006年07月08日(土) 指揮者の仕事

きょうは、地区大会と同じホールで課題曲講習会の日だった。
講師は、地区内にある高校の指導者で、私がこの地区に来てお近づきになる
以前から、大会などで見てたいへん気に入っていた先生である。
もう10年以上も前から彼の下で支部の事務局として仕事してきたし、
今はやはり県の事務局次長として彼の下で雑用をしている。
彼に身を捧げるつもりではないけれど、頼まれるとイヤとは言えないのだ。
吹奏楽というそれまで無縁だったジャンルの顧問になって4年、
コンクールなどというそれまでまったく無縁だった経験を始めて2年を経、
まだ甚だ自信がないまま、こちらの地区に転勤で移ってきて、
2年目のコンクールの時、トイレで出会った彼は第一声こう言った。
「tensei さんは、ああいう文学的な音楽が好きか」
そして、それまで天上の人みたいに思っていた人に親しく話しかけられて
もごもご返答している私に、「大丈夫だよ。行けるよ」と笑いかけた。

それから1、2年もしないうちに彼は「天上の人」ではなくなったし、
ズケズケとからかい合って話す仲にもなったけれど、
バランス感覚のとれた思考や適切な指導ができる点で常に尊敬している。
そもそも、きょうの講習会の一番大元を作った私は、彼に頼んだのだ。
他地区から呼んだり、プロの音楽家を呼ぶこともできるけれど外れもある、
指導者としては最高に信頼できるから、やって、お願い、と。。。
そして、モデルバンド方式でなく、
学校単位または個人的に講習を受けに来る生徒に、
合奏練習を通じて直接教えてやってもらう方式を採ったのである。

この講習会に、私は事務局を退いてからも時々聞きに出かける。
自分の感覚を確認しに行くのである。
そうして、やっぱり似たようなところが気になるもんだな、と安心する。。

それにしても、かなりよく仕上がっている学校も、もどかしい演奏だ。
ここが山とか、ここが頂点とか、ぜんぜんはっきりしない。
さあ、ここで来い! と思っても肩すかしを食わされてしまう。

各校の指揮者が、どんなに曲想が変化しても、
同じ姿勢で同じ振り方をし続けるのも不思議だ。
私にはとうていできない不思議な技だ。
テンポを指示するのも指揮者の仕事のひとつではあるけれど、
それは些細な部分にすぎない。
指揮者の仕事は、曲の流れと表情を指示して統一すること、である。
それを演奏者たちから常に引き出すよう努めなければならない。
素人の演奏家たちを相手にするならなおさらだ。
これは、中学時代にすでに直感的に知っていたことでもあるが、
オーケストラに指揮者というものが誕生した歴史を見ても明らかなことだ。

専門的な指揮者が生まれたのは19世紀の後半である。
それまでは、コンサートマスターが演奏しながら指示すれば良かったし、
または、作曲家が自作を指揮することもよくあったようだ。
作曲家と指揮者の兼業でもっとも有名なのはメンデルスゾーンである。
これを指揮者の誕生としても、かなり遅くなってから生まれたものである。
ベートーヴェンやマーラーの指揮は、
かなりオーバーアクションだったという話である。
音楽に激しい感性を注ぎ込んだ点で革命的な仕事をした2人だから、
指揮する際にも、内面から激しい感情の起伏が噴き出たのだろう。

近代のオーケストラに指揮者という役割が不可欠になってきたのは、
音楽の構成や表情が複雑になってきたからである。
ルネッサンス期やバロック期の音楽には、その必要性は乏しかった。
現代は、指揮者を置いているバロック合奏団もあるが、
その指揮者を見ていると、テンポと強弱を指示しているにすぎない。
ところが、大オーケストラを率いる大指揮者となると大変である。
汗だくになり、髪振り乱し、、、いや、髪のない者も多いが、、、
で、あれは何をしているかというと、踊っているのではなく、
奏者の持つ可能性を引き出しているのだ。



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