TENSEI塵語

2006年06月12日(月) 進む教育改悪

これは昨日書こうとしていたのだが、
グリーン先生の死に泣きすぎてしまったので、昨日はそちらの話になった。

文科省が、公立校の教員の給与を改定するそうだ。
基本給を下げて、能力に応じて増額、残業手当も付くようになるそうだ。

確かに、例えば高校の場合、毎年副担任しかやらず(任せられず)、
しかも校務分掌の仕事もわずかな立場に甘んじている人と、
毎年、担任または主任を任され気の休まることのない人と、
まったく同じ基準で給料をもらい続けるのは実に不公平だと思う。

しかし、「能力」とはいったい何だろうか?
同僚から見ると実にいい加減に見える人が、
やたらと管理職から褒めちぎられている場合もあるし、
とても適役とは思えない人が、主任や教頭・校長をやっていることもある。
いかにも評価の基準がいい加減である。
私も今図書主任を任されているが、図書部は適役であるにしても、
主任という立場が適役であるとは自分でも思えない。

また残業手当云々にしても、今まで我々は、私生活に仕事を持ち込んだ。
一般公務員よりも優遇されていた代わりに、
必要とあれば遅くまで残り、休日出勤をし、家庭で仕事をした。
夜や休日に家庭訪問をすることも、こだわれずにやっていた。
それが我々にふさわしい仕事の形態なのだと思っていた。
もしも残業手当が導入されたら、様相はがらりと変わるだろう。
家で仕事をするのはばかばかしいから、残って仕事を片づける。
わざとのんびり仕事をするやつも増殖するかもしれない。
帰るついでに家庭訪問をしていたのも、出張扱いにし、
わざわざ職場に戻ってタイムカードを入れることになるだろう。
早く帰って自宅でいくら仕事をしても評価されないだろうけど、
毎日遅くまで勤務していれば、頑張ってるね、と評価されがちだからだ。

いつも言っていることだが、教育現場をよく知らない人たちが集まって、
あれこれ空論を弄んでいるものだから、教育はぐちゃぐちゃになっている。
もうこの最高峰の人事で、能力評価ミスを犯しているのだ。

学校評価制度や教員評価制度もだし、今回の給与制度にツイとも、
教育現場に企業の論理を持ち込もうとするのが、まず無能である。
彼らにはもっと勉強してもらわないと。。。


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