これは昨日書こうとしていたのだが、 グリーン先生の死に泣きすぎてしまったので、昨日はそちらの話になった。
文科省が、公立校の教員の給与を改定するそうだ。 基本給を下げて、能力に応じて増額、残業手当も付くようになるそうだ。
確かに、例えば高校の場合、毎年副担任しかやらず(任せられず)、 しかも校務分掌の仕事もわずかな立場に甘んじている人と、 毎年、担任または主任を任され気の休まることのない人と、 まったく同じ基準で給料をもらい続けるのは実に不公平だと思う。
しかし、「能力」とはいったい何だろうか? 同僚から見ると実にいい加減に見える人が、 やたらと管理職から褒めちぎられている場合もあるし、 とても適役とは思えない人が、主任や教頭・校長をやっていることもある。 いかにも評価の基準がいい加減である。 私も今図書主任を任されているが、図書部は適役であるにしても、 主任という立場が適役であるとは自分でも思えない。
また残業手当云々にしても、今まで我々は、私生活に仕事を持ち込んだ。 一般公務員よりも優遇されていた代わりに、 必要とあれば遅くまで残り、休日出勤をし、家庭で仕事をした。 夜や休日に家庭訪問をすることも、こだわれずにやっていた。 それが我々にふさわしい仕事の形態なのだと思っていた。 もしも残業手当が導入されたら、様相はがらりと変わるだろう。 家で仕事をするのはばかばかしいから、残って仕事を片づける。 わざとのんびり仕事をするやつも増殖するかもしれない。 帰るついでに家庭訪問をしていたのも、出張扱いにし、 わざわざ職場に戻ってタイムカードを入れることになるだろう。 早く帰って自宅でいくら仕事をしても評価されないだろうけど、 毎日遅くまで勤務していれば、頑張ってるね、と評価されがちだからだ。
いつも言っていることだが、教育現場をよく知らない人たちが集まって、 あれこれ空論を弄んでいるものだから、教育はぐちゃぐちゃになっている。 もうこの最高峰の人事で、能力評価ミスを犯しているのだ。
学校評価制度や教員評価制度もだし、今回の給与制度にツイとも、 教育現場に企業の論理を持ち込もうとするのが、まず無能である。 彼らにはもっと勉強してもらわないと。。。
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