TENSEI塵語

2006年06月02日(金) 「ER」のおもしろさとは、、?

昨夜は半分眠りながら書いていたので、
肝心なことを書かないまま終わってしまったようだ。
今夜はさらに4話を見た。

このドラマはエピソードの羅列のようだと、昨夜書いたのだが、
1つのシーズンに何か統一的な大きなテーマがあるわけでもなさそうだし、
1話1話もまた、あまり関連のない個々の人間のドラマの集まりだ。
その場限りで終わってしまうドラマもあれば、
その1話の中で何度も取り上げられるドラマもあれば、
それが次回にも取り上げられることもあれば、
何話か後に再び取り上げられることもあり、さまざまである。
1種類のドラマに格別多くの弛緩を割くことなく、
多くの登場人物が、そこに集中して関わり続けることもない。
むしろ、ERという現場はそんなことを許さない場所であり、
次から次へと新たな生死のドラマが担ぎ込まれる場所なのだ。
患者たちも決して都合良く生きたり死んだりしない。
これは生かしてあげたいものだ、と思う患者もどうしようもなく死んで行く。

こうして20数話を見てくるうちに、このドラマのおもしろさは、
リアリティーというところにあるのかな、と思うようになってきた。
多くのドラマは予定調和的である。
死なすわけにはいかない人物は死なないようにできているし、
ひとつの大事件が起これば、ドラマ全体がその解決に集中する。
現実というものはそんなものではないはずなのだが、
我々はドラマや映画にそういう要素を求めるのだ。
しかし、ERの世界は現実にありそうな展開に満ちている。
程度の差はあっても、意外な展開に満ちている、ということだ。

そもそも、主人公というものがないのだ。
主人公はERの医師・看護師たちであり、約12名いる。
きょうはそこからマルッチがクビになり、メイ・チェンが辞職した。
仕事を探しにシカゴに戻っていたスーザンが急遽雇われた。
私ははじめて見るが、かつてここで働いていた懐かしい人物らしい。
彼らはみな、格別な正義漢、道徳家というほどの人物ではない。
こういう面もあればこういう面もあるという普通の人物だ。
ただ、患者の命を救う〈仕事〉に懸命であるという点だけは共通している。

カーターが念願かなってチーフになった。
シーズン7から見始めた者にとっては、薬物中毒から復職したカーターが
信頼を得ていく過程というのが、長い大きなテーマになってるかもしれない。
脳腫瘍の手術を受けたグリーンも大きな流れの中のテーマなのだが、
ここのところ、その件にはまったく触れず、健康そのものである。
シーズン7のラストで、彼は驚くべき行為に出た。
手術で一命をとりとめた凶悪犯を故意に死なせたのである。
これは大波乱のシーズンが始まるかと思ってシーズン8に入ったのだが、
第1話の聴聞会で少し扱われただけで、そのままうやむやになった。
何が善で何が悪かということを考えさせる大事件であるはずだが、
このドラマはこういうところにあまり拘泥しない。
この、キャスト表の筆頭に掲げられているグリーンが、
このシーズンの中で死んでしまうそうだ。
そんなことがあっていいものか、と思うのだが、
この「ER」というドラマシリーズではそういうことも起こり得るのだ。


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