残念ながら雨の卒業式になってしまったが、 久々に、少しは感慨の伴う卒業式を迎えた。 何しろ、転勤してから3年間、この学年でしか授業をやっていないのだ。 こんなことは今までの24年間になかったことだ。 3年間とも担任をして送り出すことはまたまた許されなかったが、 もともとそれにはこだわらないし、これくらいがほどよいようにも思う。 あんまり感傷的になりすぎても困りものだから。。。 前々任校に赴任したときに2年生の担任となったあの学年が、 3年でも担任をやって送り出した唯一の例だったけれど、 2年間のつきあいだったけどやられたもんなぁ。。。 ま、若かったし、今より格段に生徒のために一生懸命だったから。。。
さて、担任でなくなったおかげで、式典での指定席がなくなった。 儀式嫌いの私は、どうも式場内というのは居心地が悪い。 前任校では、ほとんど毎年放送室にいた。 1年目は警備係だったので、式場には入らなかった。 2年目から吹奏楽部が入場時と退場時の演奏をすることになったので、 指揮をするとき以外は放送室か舞台袖にいた。 関わりの深い学年の操業式の時には、2階の放送室の窓から、 斜め上方から生徒の顔を密かに眺めて、いろいろ思い出したりしていた。 吹奏楽部の人数が減ってしまって卒業式の演奏ができなくなったことには、 図書主任になり、視聴覚も担当したので、そのまま放送の係となって、 相変わらず、式場外で式典に関わり続けた。。。 おもしろいことに、非公式ながら、きょうは放送室に居座ったのである。
なんとなくそういうことになったのだ。 まず、去年、一昨年と、卒業生入場時の「威風堂々」を聞かされて、 どうしてもこれが気に入らない、なぜこんな殺伐とした騒々しい曲を 流すのだろうか、、、で、曲を変えませんか?と担当の先生に持ちかけた。 いつもBGMについて書くように、案外人は無頓着なもので、 そうこだわることでもないのだが、今年の生徒の場合は私がこだわるのだ。 こういう気持ちで送り出したい、という曲といえばやはりこれしかないなぁ と、前任校の時に作ったCDを彼に渡して検討してもらった。 (この選曲については、’02年3月の5日と1日の塵語を参照) また、答辞の指導を任されたので、一昨日の業後に体育館に行って、 答辞の声が小さくなりがちだからマイクの音量を上げなきゃいけない、 しかし上げるとハウリングを起こす恐れがある、、という話し合いから、 マイクの接続方法を変えて、放送室で操作しやすくした。 そういう操作の問題と、係の先生が曲を採用してくれたことが重なって、 自然と私も一緒に放送室に入って世話を焼くことになったのだ。
「菊次郎の夏」の「The Rain」などという題名は卒業式と関係ないけれど、 (奇しくもきょうの天気には合っていたことになるが、 ついでに言うと、このメロディーは「Mother」という曲のものでもある) この曲をバックに、私にとっては見慣れたアングルのから眺める、 自分が送り出すはずだった生徒たちが入場してくる姿は格別であった。 静かにじーんと来てしまい、いろいろなことを思い出してしまうのだ。 そしてそこには、本当は担任として送り出すはずだったのに、 という思いも、微かな感傷として忍び込んでいる。
卒業式の後、卒業生たちが昇降口に上履きなどを置いていかないよう見張る 当番の仕事にあたっていた。 鬱陶しい仕事だと思っていたが、これが案外楽しかった。 できるだけさりげなく言葉を交わしながら多くの生徒とお別れをした。 ついでのように、一緒に写真を撮って行く者も多かった。 写真に写るのが大っきらいな私にしては、もう大サービスしてしまった。 もう魂抜かれすぎて残ってないかもしれない。
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