TENSEI塵語

2006年02月22日(水) 石頭たち

私がパズルだのゲームだのが好きである。
きょうも、ここに律儀に通ってくれている橋本さんと昼食をとった折に、
年末に出しておいたマッチ棒パズルを叱咤激励して(笑)解かせた。
また、そのついでに彼がそのころ出した問題が立体ヴァージョンだったが、
その平面ヴァージョンの答えを発見した。
昨日会った友人がやらせてくれた4種の知恵の輪は、
最初の一番簡単だというのはちょいとてこずって、
外れた後も、何度もその原理の解明に努めなければならなかったけど、
続く2つはほとんど苦労なくして外して、
4つ目はたいへん苦労したけど、何とかクリアして、
まだまったく外せないでいた買った本人を泣くほど悔しがらせた。

答えが用意されているのだから解けないわけがないと希望を持って取り組む。
しかし、どう考えてもどうにも進めなくなることも多い。
そこに必要なのは、発想の転換である。
うまく発想の転換ができると、するっと答えが出る。
何でこんなことに気づかなかったのかと、それまでの愚かさというか、
固定観念に縛られていた自身の偏狭さを思い知らされる。
それが楽しい。
パズルやゲームの楽しさは、その発想の転換の妙味である。

誤解されないよう断っておくが、標題の「石頭たち」というのは、
橋本さんや、その知恵の輪で遊ばせてくれた友人のことではない。
その2人は、たまたま解けない問題があったというだけで、
いつも柔軟に、しかもバランス感覚のいい思考をする人たちである。
「石頭たち」というのは、職場の教員たちのことである。

転勤してから3年経ち、ひとつの学年の生徒たちを連続して詳しく見てきて、
前後の学年の様子を垣間見て来た。
その上で、進路指導が行き詰まっていることが明らかだと思った。
行き詰まったら発想の転換をするしかない。
自分でも具体例を用意して、新たな方策を考え合おうと先日から訴えている
のだが、どうも反応がかんばしくない。
私が急場しのぎに考えた案よりいい案を出してほしいのに、
私の出した案を蹴散らして旧来の路線に戻す意見しか出ないのだ。
本当に悲しいことだ。

進路指導というものを、学校教育のそう重要なものと考えてない私が、
こんなことに悩むのは、皮肉なものである。
そんなに進路指導が大事なら、もっと現状に即して考えたらどうですか?
と、提言しただけのことである。
進学指導って、そんなに大事かぃ?
○○くんが一流国公立大学に受かったというと、石頭教員たちは大喜びだ。
我々の教育の成果だ、とか言ってね。。。
でも、その優秀なる○○くんが、冷酷非情で上役にぺこぺこ言いなりに
なるしかない、官僚や政治家や会社幹部におさまってしまったら、
その教育は失敗だったのだよ。

本当は高校教育の第一ではないのに、そうなってしまっているのは、
生徒や生徒の親の期待する項目のナンバー1になってしまっているからだ。
なぜか、いつの間にか、そんな風潮がはびこってしまったのである。
私の高校時代はそうではなかった。
一応実力テストや模擬テストも行われていたし、指定の課題も出された。
けれども、あくまでも進学は生徒個人の問題であったらしく、
3年生の11月になってもあやふやだった私に、先生は干渉しなかった。
補習などというものもなかった、部活を引退しろなどということもなかった。
それがいつの間にか、どれだけ進学させるかが学校の価値になってしまった。
おかしな世の中であるが、こうなってしまった以上あがいてもしょうがない。

それだったら、もっと企業的な努力をしたらどうかと思うのだ。
もしも、あの石頭たちの集まる学校が企業だったら、とっくに倒産してる。
社長にあたる学校長がこの3年間がんばって取り入れてきたことといえば、
周辺の各校がやっていることをそのままつけ足してきただけだ。
面談の時に、この学校独自の企画をしないのかと尋ねたら、
まずはとにかく他校と同じ状態にすることだ、それは他校もやってるから、
本校でもできる、新しいことをしようとすれば職員に苦労をかける、と。。。
こういう社長の経営する会社はさっさと倒産することだろう。
その下で働くものは虚しくなるばかりだ。



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