| 2007年04月29日(日) |
『ざるにはざるを/部落・根っ子ばなし』 |
『部落・根っ子ばなし 第一集』田中 龍雄
ざるにはざるを(抜粋)
どこ吹く風の佐兵衛は一寸釘を三十匁、二寸釘を五十もんめ、三寸釘を十本、四寸釘を五本注文してな。 品物をそろえさすと、よんべのうちに自分で作った柄つきのざるをおやじの目の前に差しだすと、あごで指図して買った釘をざるのなかへ入れさせたと。 そうしといてから、素直に釘の代金をおやじのざるに入れると、あっ気にとられるおやじの目の前で表の天水桶へ自分のざるを突込んでざぶざぶと水をはねとばして釘を洗い清めてな、ひょいと肩にかついで部落へ戻ってきたとよ。 さあ、佐兵衛のやり口が、またたくまに部落の噂にのぼってな。 なるほどあきんど共はいままで部落のもんをこけ扱いしとった、佐兵衛のやり口なら五分と五分の扱いじゃ、とて、真似するもんがおったと。 めんめがざるに柄をすげてや城下にでて、洗えるかぎりの品もんを買っては相手のざるに代金を入れといて、これ見よがしに店の天水桶に品もんを突込んでや洗い清めたんであきんどたちは大騒ぎしたと。
ここに佐兵衛とおなじ部落の与平というじんがおったと。 がきのころ高いところからぶち落って、のうを打っていらい人さまより少しばかりおくれとったと。 与平もな、婆さにせついて銭をもらうとざるに柄をすげて城下へ行ったとよ。 行ったまではよいんじゃが、入るにこと欠いて味噌、たまり屋へ入ってな。 「こんなかへ、塩、五合わけちょくれ」 と、店のおやじの目の前へざるをつきだしたとよ。 あきんど仲間から耳ごとを聞いとった店のおやじはな、与平のおもわくが手にとるように分かったんで、思わずくっくっくっと笑いをこらえとったと。 いまにも与平が塩の入ったざるを天水桶に突込んで洗うのが目に見えるようで、そのうえ洗った後にどんな顔して空っぽのざるをのぞくやら、それがおかしゅうておかしゅうて、うわ目づかいに与平のおくれた顔をながめながら、ざるのなかへ塩のかたまりを五合どころか、手掴みでぎゅっぎゅっとつめこんでやったと。
ところがな、柄も曲るほど重いざるを、与平がみんなのやっとるとおり、いざ、天水桶のなかへざぶりと突込もうとしたときじゃ。 いまのいままで笑いをこらえて眺めとった店のおやじがな、とたんに真顔になると、いきなりはだしで表へ飛び出して与平にしっかりと抱きついて 「やめちょくれ」 と、大声あげたとよ。 「このわしが汗水たらして運んだ塩じゃ、そんなもったいない真似だけはやめちょくれー」 とな、声ふるわせて頼んだとよ。 与平はおやじが何んで止めたか分からずじまいのまんま塩をかついで部落へ戻ったもんの、やっとかたって塩の代金を払っとらんのに気づいたと。
岐阜の町にもな、なんと大正の初めどろまで部落のもんの銭をざるで受けとる店があってな。 親の使いでもの買いに行って、ざるのなかへ銭を入れた子供がな、いまはそれぞれ長老にならしやって、達者でばなしをしてござるよ。
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