「(中国の農民が)三拝九拝して、道祖神に祈る」ところから映画は始ります。
「焼きはらわれる中国の民家」
「焼き払われる我が家を悲しげに見つめる中国の農民」
「家を焼きはらわれた子どもたち」
(そこへ、日の丸をはためかせた戦車がやってくるので、これは「侵略」を撮られたのだと気づきます)
「どこまで続くぬかるみぞ・・・」
(兵隊の日常は、泥んこ道を黙々と命ぜられるままに歩いてばかりいるか、飯盒メシを食うくらいかなのです)
「マラリアに患った兵隊は、真夏なのに外套を着て、ブルブル震えながら乾燥野菜汁をつくっている」
「妻が子どもたちの写真を送ったとき、夫はすでに戦死していた」
日本兵「商売は?」
捕虜「百姓」
日本兵「子供は?」
捕虜「二人」
日本兵「帰りたいか?」
捕虜「帰りたい」
(みんなに似たもの同士が戦っている現実を考えてもらうために、内地の人びとに「帰りたい」というメッセージを伝えるために、銃後の人びとに「早く戦争が終わってほしい」という願いを呼び戻すために、撮られたシーンの一つなのです)
「置き去りにされた馬が、ドーッと倒れる。戦力にならないものは全てすてていく」
「房だけでの軍旗でも、軍旗は守りぬかなければならないものだった」
街の防衛のために張りめぐらした有刺鉄線に 菜っ葉が乾されてあり、そばで、子どもがどこかで拾ってきた子犬を抱いてカメラ目線で立っている。
(中国人民のバイタリティと対比的に、疲れている日本兵を登場させて、映画は終わるのです)