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2006年08月10日(木) 2006年 61回 広島 長崎 平和宣言 小泉首相あいさつ (全文)


広島原爆の日:広島平和宣言(全文)
 
◇「世界」と連帯、核の呪い絶て

 放射線、熱線、爆風、そしてその相乗作用が現世(げんせ)の地獄を作り出してから61年−−悪魔に魅入られ核兵器の奴隷と化した国の数はいや増し、人類は今、全(すべ)ての国が奴隷となるか、全ての国が自由となるかの岐路に立たされています。それはまた、都市が、その中でも特に罪のない子どもたちが、核兵器の攻撃目標であり続けて良いのか、と問うことでもあります。

 一点の曇りもなく答は明らかです。世界を核兵器から解放する道筋も、これまでの61年間が明確に示しています。

 被爆者たちは、死を選んだとしても誰も非難できない地獄から、生と未来に向かっての歩みを始めました。心身を苛(さいな)む傷病苦を乗り越えて自らの体験を語り続け、あらゆる差別や誹謗(ひぼう)・中傷を撥(は)ね返して「他の誰にもこんな思いをさせてはならない」と訴え続けてきたのです。その声は、心ある世界の市民に広がり力強い大合唱になりつつあります。

 「核兵器の持つ唯一の役割は廃絶されることにある」がその基調です。しかし、世界政治のリーダーたちはその声を無視し続けています。10年前、世界市民の創造力と活動が勝ち取った国際司法裁判所による勧告的意見は、彼らの蒙(もう)を啓(ひら)き真実に目を向けさせるために、極めて有効な手段となるはずでした。

 国際司法裁判所は、「核兵器の使用・威嚇は一般的に国際法に反する」との判断を下した上で、「全ての国家には、全ての局面において核軍縮につながる交渉を、誠実に行い完了させる義務がある」と述べているからです。

 核保有国が率先して、誠実にこの義務を果していれば、既に核兵器は廃絶されていたはずです。しかし、この10年間、多くの国々、そして市民もこの義務を真正面からは受け止めませんでした。私たちはそうした反省の上に立って、加盟都市が1403に増えた平和市長会議と共に、核軍縮に向けた「誠実な交渉義務」を果すよう求めるキャンペーン(Good Faith Challenge)を「2020ビジョン(核兵器廃絶のための緊急行動)」の第二期の出発点として位置付け展開します。さらに核保有国に対して都市を核攻撃の目標にしないよう求める「都市を攻撃目標にするな(Cities Are Not Targets)プロジェクト」に、取り組みます。

 核兵器は都市を壊滅させることを目的とした非人道的かつ非合法な兵器です。私たちの目的は、これまで都市を人質として利用してきた「核抑止論」そして「核の傘」の虚妄を暴き、人道的・合法的な立場から市民の生存権を守ることにあります。

 この取り組みの先頭を切っているのは、米国の1139都市が加盟する全米市長会議です。本年6月の総会で同会議は、自国を含む核保有国に対して核攻撃の標的から都市を外すことを求める決議を採択しました。

 迷える羊たちを核兵器による呪いから解き放ち、世界に核兵器からの自由をもたらす責任は今や、私たち世界の市民と都市にあります。岩をも通す固い意志と燃えるような情熱を持って私たちが目覚め起(た)つ時が来たのです。

 日本国政府には、被爆者や市民の代弁者として、核保有国に対して「核兵器廃絶に向けた誠実な交渉義務を果せ」と迫る、世界的運動を展開するよう要請します。そのためにも世界に誇るべき平和憲法を順守し、さらに「黒い雨降雨地域」や海外の被爆者も含め高齢化した被爆者の実態に即した人間本位の温かい援護策を充実するよう求めます。

 未(いま)だに氏名さえ分らぬ多くの死没者の霊安かれと、今年改めて、「氏名不詳者多数」の言葉を添えた名簿を慰霊碑に奉納しました。全ての原爆犠牲者の御霊(みたま)に哀悼の誠を捧(ささ)げ、人類の未来の安寧を祈って合掌致します。

 2006年8月6日

 広島市長 秋葉忠利

毎日新聞 2006年8月7日 東京朝刊http://www.mainichi-msn.co.jp/shakai/wadai/news/20060807ddm007040038000c.html





広島原爆の日:小泉首相あいさつ(全文)
 今から61年前の今日、原子爆弾の投下により、十数万ともいわれる尊い命が一瞬にして失われ、この広島の地は廃虚と化しました。

 本日、広島市原爆死没者慰霊式並びに平和祈念式に当たり、原子爆弾の犠牲となられた方々の御霊(みたま)に対し、謹んで哀悼の誠を捧(ささ)げます。

 また、今なお被爆の後遺症に苦しんでいる方々に、心からお見舞い申し上げます。

 政府は、被爆者の方々に対して、これまで保健、医療及び福祉にわたる総合的な援護施策を充実させてきました。昨年秋からは、在外の被爆者の方々が我が国の在外公館を通じて手当の申請ができるよう制度改正を行ったところです。今後とも、被爆者の方々の実情を踏まえた諸施策を誠心誠意推進してまいります。

 広島は、焦土から立ち上がり、国際平和文化都市として、大きく成長しています。今日まで、広島の復興と発展に尽力された多くの皆様に心から敬意を表します。

 私は内閣総理大臣として、平成13年以来過去5回ずつ、広島と長崎の両方の犠牲者に対する慰霊・平和祈念式典に参列してまいりました。

 我が国は人類史上唯一の被爆国として、その経験を国際社会に語り継いでいく責任があります。

 広島、長崎の悲劇は、いずこにおいても再び繰り返されてはならないとの決意の下、我が国は、戦後61年の間、不戦の誓いを体現し実行してきました。私は、ここ広島において、本日の式典に臨み、犠牲者の御霊と広島市民の皆様の前で、今後とも、憲法の平和条項を順守し、非核三原則を堅持し、核兵器の廃絶と恒久平和の実現に向けて、国際社会の先頭に立ち続けることを改めてお誓い申し上げます。

 終わりに、犠牲となった方々の御冥福と、被爆者並びに御遺族の今後の御多幸、そして広島市の一層の発展をお祈り申し上げます。

 平成18年8月6日

 内閣総理大臣

 小泉純一郎

毎日新聞 2006年8月7日 東京朝刊http://www.mainichi-msn.co.jp/shakai/wadai/heiwa/archive/news/2006/20060807ddm007040041000c.html






長崎原爆の日:長崎平和宣言(全文)

 「人間は、いったい何をしているのか」

 被爆から61年目を迎えた今、ここ長崎では怒りといらだちの声が渦巻いています。

 1945年8月9日11時2分、長崎は一発の原子爆弾で壊滅し、一瞬にして、7万4000人の人々が亡くなり、7万5000人が傷つきました。人々は、強烈な熱線に焼かれ、すさまじい爆風で吹き飛ばされ、恐るべき放射線を身体に浴び、現在も多くの被爆者が後障害に苦しんでいます。生活や夢を奪われた方々の無念の叫びを、忘れることはできません。

 しかし、いまだに世界には、人類を滅亡させる約3万発もの核兵器が存在しています。

 10年前、国際司法裁判所は、核兵器による威嚇と使用は一般的に国際法に違反するとして、国際社会に核廃絶の努力を強く促しました。

 6年前、国連において、核保有国は核の拡散を防ぐだけではなく、核兵器そのものの廃絶を明確に約束しました。

 核兵器は、無差別に多数の人間を殺りくする兵器であり、その廃絶は人間が絶対に実現すべき課題です。

 昨年、189カ国が加盟する核不拡散条約の再検討会議が、成果もなく閉幕し、その後も進展はありません。

 核保有国は、核軍縮に真摯(しんし)に取り組もうとせず、中でも米国は、インドの核兵器開発を黙認して、原子力技術の協力体制を築きつつあります。一方で、核兵器保有を宣言した北朝鮮は、我が国をはじめ世界の平和と安全を脅かしています。また、すでに保有しているパキスタンや、事実上の保有国と言われているイスラエルや、イランの核開発疑惑など、世界の核不拡散体制は崩壊の危機に直面しています。

 核兵器の威力に頼ろうとする国々は、今こそ、被爆者をはじめ、平和を願う人々の声に謙虚に耳を傾け、核兵器の全廃に向けて、核軍縮と核不拡散に誠実に取り組むべきです。

 また、核兵器は科学者の協力なしには開発できません。科学者は、自分の国のためだけではなく、人類全体の運命と自らの責任を自覚して、核兵器の開発を拒むべきです。

 繰り返して日本政府に訴えます。被爆国の政府として、再び悲惨な戦争が起こることのないよう、歴史の反省のうえにたって、憲法の平和理念を守り、非核三原則の法制化と北東アジアの非核兵器地帯化に取り組んでください。さらに、高齢化が進む国内外の被爆者の援護の充実を求めます。

 61年もの間、被爆者は自らの悲惨な体験を語り伝えてきました。ケロイドが残る皮膚をあえて隠すことなく、思い出したくない悲惨な体験を語り続ける被爆者の姿は、平和を求める取り組みの原点です。その声は世界に広がり、長崎を最後の被爆地にしようとする活動は、人々の深い共感を呼んでいます。

 本年10月、第3回「核兵器廃絶−地球市民集会ナガサキ」が開催されます。過去と未来をつなぐ平和の担い手として、世代と国境を超えて、共に語り合おうではありませんか。しっかりと手を結び、さらに力強い核兵器廃絶と平和のネットワークを、ここ長崎から世界に広げていきましょう。

 被爆者の願いを受け継ぐ人々の共感と連帯が、より大きな力となり、必ずや核兵器のない平和な世界を実現させるものと確信しています。

 最後に、無念の思いを抱いて亡くなられた方々の御霊(みたま)の平安を祈り、この2006年を再出発の年とすることを決意し、恒久平和の実現に力を尽くすことを宣言します。

2006年(平成18年)8月9日

長崎市長 伊藤一長

毎日新聞 2006年8月10日 東京朝刊http://www.mainichi-msn.co.jp/shakai/wadai/heiwa/news/20060810ddm007040051000c.html





長崎原爆の日:小泉首相あいさつ(全文)
 今から61年前の今日、原子爆弾の投下により、7万人ともいわれる尊い命が一瞬にして失われ、この長崎の地は廃虚と化しました。

 本日、長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典に当たり、原子爆弾の犠牲となられた方々の御霊(みたま)に対し、謹んで哀悼の誠をささげます。

 また、今なお被爆の後遺症に苦しんでいる方々に、心からお見舞い申し上げます。

 政府は、被爆者の方々に対して、これまで保健、医療及び福祉にわたる総合的な援護施策を充実させてきました。昨年秋からは、在外の被爆者の方々が我が国の在外公館を通じて手当の申請ができるよう制度改正を行ったところです。今後とも、被爆者の方々の実情を踏まえた諸施策を誠心誠意推進してまいります。

 長崎は、焦土から立ち上がり、歴史がいきづく観光都市として、大きく成長しています。今日まで、長崎の復興と発展に尽力された多くの皆様に心から敬意を表します。

 私は内閣総理大臣として、平成13年以来毎年、長崎と広島の両方の犠牲者に対する慰霊・平和祈念式典に参列してまいりました。

 我が国は、人類史上唯一の被爆国として、その経験を国際社会に語り継いでいく責任があります。

 長崎、広島の悲劇は、いずこにおいても再び繰り返されてはならないとの決意の下、我が国は、戦後61年の間、不戦の誓いを実現し実行してきました。私は、ここ長崎において、本日の式典に臨み、犠牲者の御霊と長崎市民の皆様の前で、今後とも、憲法の平和条項を順守し、非核三原則を堅持し、核兵器の廃絶と恒久平和の実現に向けて、国際社会の先頭に立ち続けることを改めてお誓い申し上げます。

 終わりに、犠牲となった方々のご冥福と、被爆者並びにご遺族の今後のご多幸、そして長崎市の一層の発展をお祈り申し上げます。

 平成18年8月9日

 内閣総理大臣

 小泉純一郎

毎日新聞 2006年8月10日 東京朝刊 http://www.mainichi-msn.co.jp/shakai/wadai/heiwa/news/20060810ddm007040054000c.html




http://www.mainichi-msn.co.jp/shakai/wadai/news/20060807ddm007040042000c.html



広島原爆の日:こども代表 平和への誓い(全文)



 昭和20年(1945年)8月6日、午前8時15分。一瞬にして広島の街は何もかも破壊されました。原子爆弾は、高温と爆風で人々をおそい、さらに死の放射能で街を汚染していきました。そして、その年の終わりまでに約14万人もの命が失われました。14万の夢や希望、未来が奪われ、数え切れないほどの悲しみが生まれたのです。

 平成17年(2005年)11月22日(※)。私たちの身近なところで、とても悲しい、辛(つら)い事件が起きました。その事件によって、私たちが当たり前だと思っていた日常は壊れてしまいました。好きな友だちとおしゃべりしながら登下校したり、一人で外へ出ることもできなくなりました。そして、私たちは事件を通して、一つの命の重みを知りました。

 この時奪われた命も、原子爆弾や戦争で奪われた多くの命も同じ命です。一つの命について考えることは、多くの命について考えることにつながります。命は自分のものだけでなく、家族のものであり、その人を必要としている人のものでもあるのです。

 「平和」とは一体何でしょうか。

 争いや戦争がないこと。いじめや暴力、犯罪、貧困、飢餓がないこと。

 安心して学校へ行くこと、勉強すること、遊ぶこと、食べること。

 今、私たちが当たり前のように過ごしているこうした日常も「平和」なのです。

 世界中のどこの国も「平和」であるために、今必要なことは、自分の考えを伝えること、相手の考えを受け入れること、つまりお互いの心を開くことです。人間は言葉をもっています。心を開けば対話も生まれ、対話があれば争いも起きないはずです。

 そして、自分だけでなく他の人のことを思いやること、みんなと仲良くすることも「平和」のためにできることです。

 私たちはこれまで、祖父母や被爆者の方から体験を聞いたり、「平和」について学習したりする中で、原爆や戦争のことについて学んできました。しかし、まだまだ知らないことがたくさんあります。これからもヒロシマで起きた事実に学び、それを伝えていかなければなりません。

 私たちは、命を大切にし、精一杯生きることを誓います。

 私たちヒロシマのこどもは世界中の国々や人々との間の架け橋となり、「平和」の扉を開くために一歩一歩、歩み続けていくことを誓います。

 平成18年(2006年)8月6日

 こども代表

 広島市立南観音小学校6年

 新谷望

 広島市立楽々園小学校6年

 スミス・アンジェリア

 ※広島市で小学1年の木下あいりちゃん(当時7歳)が下校途中に殺害された事件の日です。

毎日新聞 2006年8月7日 東京朝刊






自分への比較整理資料としてまとめています。

関連リンク
ながさき原爆被爆対策ウェブサイト

『60年目の証言』戦争を語り継ぐプロジェクト60





書籍



『世界史のなかの一九四五年』 戦後日本 占領と戦後改革〈第1巻〉http://bookweb.kinokuniya.co.jp/guest/cgi-bin/wshosea.cgi?W-NIPS=9979495162
岩波書店 (2005-05-11出版)・中村 政則・天川 晃・尹 健次《ユン コォンチャ》・五十嵐 武士【編】


『過去の清算』 戦後日本 占領と戦後改革〈第5巻〉http://bookweb.kinokuniya.co.jp/guest/cgi-bin/wshosea.cgi?W-NIPS=9979909153
岩波書店 (2005-09-09出版)・中村 政則・天川 晃・尹 健次《ユン コォンチャ》・五十嵐 武士【編】

『遺族と戦後』 http://www.iwanami.co.jp/.BOOKS/43/0/4303990.html
田中 伸尚,田中 宏,波田 永実■1995年7月20日


『不可侵不可被侵』 松本治一郎対談集
松本治一郎(1887〜1966)〔著〕解放出版社 1977.3 部落解放新書 


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