【31回目の8.15】
満州の奉天で、憲兵伍長でした。軍需工場のスパイ取締りが任務でしたが、ずいぶん荒っぽいことをやりました。とにかく、疑いがかかった中国人は、すべて殺しましたからね。証拠があろうと、なかろうと、釈放すれば、日本軍の取り調べ方が、外に漏れてしまうので。私は当時二十二歳。軍の命令だからと割り切っていました。
終戦と同時に、すぐ軍から逃亡して、名前も変え、一般居留民の中にもぐり込みました。元憲兵とわかれば、その場で銃殺されますからね。早く日本へ帰らなければ、と女子どもや病人の付き添い人になりました。引き揚げのとき、有利だと知ったからです。首尾よく、二十一年六月の引き揚げ第一号で、無事、帰国できました。
正直言って、こんな話、三人の息子、娘に、これまでしゃべったこと、一度もありません。
東京都・世田谷区 会社役員(五三)