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2006年08月07日(月) 加害者であつた日本についての歴史認識を学ぶ


図書紹介��
『朝日新聞社説にみる戦後』
著者:8.15を読む会
出版社:洋泉社
サイズ:単行本/153p
発行年月:1989年08月

※朝日新聞 昭和51(1976)年8月15日の紙面より転記。
【31回目の8.15】

 満州の奉天で、憲兵伍長でした。軍需工場のスパイ取締りが任務でしたが、ずいぶん荒っぽいことをやりました。とにかく、疑いがかかった中国人は、すべて殺しましたからね。証拠があろうと、なかろうと、釈放すれば、日本軍の取り調べ方が、外に漏れてしまうので。私は当時二十二歳。軍の命令だからと割り切っていました。

 終戦と同時に、すぐ軍から逃亡して、名前も変え、一般居留民の中にもぐり込みました。元憲兵とわかれば、その場で銃殺されますからね。早く日本へ帰らなければ、と女子どもや病人の付き添い人になりました。引き揚げのとき、有利だと知ったからです。首尾よく、二十一年六月の引き揚げ第一号で、無事、帰国できました。

 正直言って、こんな話、三人の息子、娘に、これまでしゃべったこと、一度もありません。

 東京都・世田谷区 会社役員(五三)

 お子さんが駄目でも、お孫さんに話してください。それによって、親はあとの責任をとろうとします。それは、加害者であった日本についての歴史認識を学ぶことにつながります。


※朝日新聞 昭和61(1986)年8月15日の紙面より転記。
【安らかになど眠りたもうな】

 八月の風がキビの葉末をさやさや鳴らす。ああ、おまえがささやいている。あの年の五月、最後の徴集年次の現役兵となったおまえ。いや、兵とも呼べない十九歳のおまえが迎えた八月の払暁、鉄と爆薬のあらしの中に散った。
 海を渡る風に乗って、おまえの声は私に何を伝えるのか。にいさん----とおまえが語りかけるのは、学窓から戦場までのつかの間の人生に、なお断ち切れなかった明日への夢か。国と共に滅びることを決意した日の、迷いか恐れかためらいか。それとも、尽きることのない嘆きか恨みか憤りか。
 今おまえは「靖国」などにはいない。おまえは「英霊」などではない。関東軍の最下級の一員として、もしかしたら非道の悪業を犯すことになったかもしれない。まぎれもないアジアの侵略者だったのだから。
 おまえは異国の凍土のはてにほっておかれるのがいいのだ。できるだけみじめに、できるだけむごたらしく。安らかに眠ったりするな。夢も破れがちな浅い眠りの中に、私にささやき続けよ。そうすれば、せめて身内の者だけでも、おまえの無残な死と無念とを思い出す。おまえの恨みと怒りを思い出す。
 あれから四十年余を生きて、はや老い始めた私は、今年もおまえのささやきに耳をかたむける。人間の大事なことを忘れずにいるために。

秋田市 黒羽幸司 予備校教師(六二)



図書紹介��
『教科書に書かれなかった戦争PART26』

『教科書に書かれなかった戦争 PART26』
著者:和田春樹
出版社:梨の木舎
サイズ:単行本/180p
発行年月:1996年11月

※田辺誠社会党委員長が太平洋戦争開戦の日に行った演説より抜粋
謝罪と補償、そして決意----柳条湖から六〇年、パールハーバーから五〇年〔一九九一・一二・八〕


 先の大戦において、戦地で、沖縄で、そして空襲や原爆によって三〇〇万人を超える日本人が犠牲になりました。さらに、死を免れたものの、無数の人々が空襲の恐怖におびえ、軍国主義の下で精神的自由を奪われてきたのであります。私はこうした人びとの運命に対して深い悲しみをおぼえるものです。同時に、その数をはるかに上回る二〇〇〇万人以上といわれるアジア太平洋各国の犠牲者、連合軍の軍人の犠牲者に対して、心から謝罪と哀悼の気持ちを表すものです。さらに、日本軍国主義の行為によって、苦痛を強いられた、すべての人々に対しても謝罪しなければなりません。

 日本軍の侵略によって、南京、シンガポール、マニラなど各地で生じた虐殺行為で犠牲になった人びと。

 日本で、また戦地で徴用され、重労働の末に死んでいった中国、韓国・朝鮮の人びと、そして賃金ももらえず戦後使い捨てにされた中国、韓国・朝鮮の人びと。

 女子挺身隊の名の下に戦地に送られ、兵士のなぐさみものにされた韓国・朝鮮、中国の女性たち。

 日本軍人・軍属として徴兵され死傷した韓国・朝鮮、台湾の人びと。そして捕虜虐待などを理由に戦後BC級戦犯として処刑されたり、懲役刑を受けた韓国・朝鮮の人びと。

 広島・長崎の原爆投下の犠牲になった韓国・朝鮮人、中国人、連合国軍捕虜、そしてヒバクシャとして長い苦しみを背負わされた韓国・朝鮮人、連合国軍捕虜の人びと。

 強制労働でサハリンに連行され、戦後置き去りにされた韓国・朝鮮の人びと。

 日韓併合に抗議して三・一独立運動に立ち上がり、殺され、傷つき、投獄された韓国・朝鮮の人びと。

 韓国・朝鮮、台湾において氏名を奪われ、宗教を強要された人びと。

 日本軍の不当なパールハーバー奇襲攻撃で命を奪われ、傷ついたアメリカの人びと。

 日本軍の捕虜となり、強制労働、拷問などにさらされたアメリカ、カナダ、イギリス、オランダ、オーストラリア、ニュージーランドなど連合国軍捕虜、とりわけ泰緬鉄道建設、バターン死の行進で死んでいった捕虜の人びと。

 日本、中国で人体実験の材料にされた中国の人びと、連合国軍捕虜の人びと。

 日本軍によって、ロームシャとして使い捨てにされたインドネシア、シンガポール、マレーシア、ミャンマーなどの人びと。

 日本軍へのコメ供出による食料不足で餓死したベトナムの人びと。

 マーシャル群島など太平洋の島々で日本軍に徴用され、傷つき、殺された人びと。

 チモール島で、日本軍に虐殺されたチモール、ポルトガルの人びと。

 日本軍の蛮行に立ち上がって傷つき屍れた中国、韓国・朝鮮、ベトナム、フィリピン、マレーシア、ミャンマーの勇気ある人びと。

 そして、日本軍国主義によって命を奪われ、身体を損ない、心に傷を負い、家族を失い、財産を奪われたその他の無数の人びと。







図書紹介��
『従軍慰安婦のはなし』
『従軍慰安婦のはなし』著者:西野留美子 挿絵:伊勢英子 
歴史を後世にどう伝えるか

西野:「従軍慰安婦」制度の本質を見ていくとき、女性の人権はことごとく踏みにじられ、破壊されたわけですけれども、じゃあ軍人であった男性の人権は守られていたのかというと、そうじゃあないと思うんですね。性の支配は「慰安婦」であった女性と軍人の両方にあったと。そしてそれは戦争遂行という大きな目的のなかで、皇軍兵士の宿命というか天皇の軍隊の洗礼というか、まず一兵卒の人権というものは削りとられるところから始った。戦争のなかにあっても守られなければならなかった不可侵の権利である人権、これが両者において侵され剥奪されたという側面が「従軍慰安婦」政策にはあるのだというところも同時にみていきたいと思うのですが。

吉見:あの戦争で日本人は三一〇万人以上が戦死し、たくさんの財産が失われました。しかしその陰にはそれを何倍も上回るような多くのアジアの人びとの犠牲ももたらしたということがあります。そういう大きな犠牲をもたらしていったい何を手に入れたのかということです。そうしたことを考えるには、戦争の全体像を見ないと分からない。日本人がいかにひどい目にあったのかということだけではなくて、日本の戦争でアジアの人びとがどんなにひどい目にあったのかということもみる必要がある。つまり全体として見なければ再発防止はできないと思いますし、他のアジアの人びとと本当の信頼関係は築けないと思いますね。目を背けたくなる事実であってもきちんと学んでいくということが必要なんじゃないかと思いますね。








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