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2006年07月17日(月) ○○水平社創立宣言 大正十三年(一九二四)四月拾日(奈良)


『水平社宣言』は複数あり、しかもそれぞれ、さまざまな人々の手により修正が加えられています。原文のビラは、黒地に白抜きでも、総ルビでもなく、また明らかに誤植と見られるものもあります。
子どもたちが社会科教材として目にする『水平社宣言』を仮に「全国水平社創立宣言」とするならば、以下は『○○(奈良)水平社創立宣言』の関係史料としてご紹介できるかと思います。



『奈良県同和問題関係史料』(奈良県立同和問題関係史料センター編,奈良県教育委員会刊,2002.3)より
大正十二年(一九二三)○○水平社の発会式の状況に関する松山警察署長報告
(大正十一年「水平社一件記録」県立奈良図書館所蔵奈良県行政文書)

機第八号
    水平社発会式状況報告

部内宇太村○○水平社発会式本月十日開会到候に付、郡書記をして実地視察せしめ候概況別記の通に有之、此段及御報告候也

    大正十二年四月十三日
                 宇陀郡長 新堂幸治郎 ㊞
奈良県知事 成毛基雄殿

    記

本月五日学第四二号の三取敢ず報告致置候宇太村○○水平社は、本月十日発会式を大字古市場旭座に於て挙行せり、来聴者約参百五十名にして劇場満員の盛会を極めたり、講演弁士は全国水平社総合本部執行委員長南梅吉外六名にして何れも部落民の解放、差別的階級打破、水平運動の意義精神並に方法等に関し、各々最も熱烈に最も深刻に最も徹底的に説きたり、午後十二時○○水平社万歳を三唱して解散せり
要は部落民の一致団結以って参百万民衆は健全なる水平運動を敢行し、大に解放の天地を開拓せんとするの外無之、口演の要点は別紙の通りに有之候

   演題

 題目       氏名       備考

 開会の辞       藤岡治一郎       ○○青年
 改善か団結か       広岡豊一郎
 同       丹波増次郎       京都水平社
 水平運動の一考察       米田 富       総盟本部
 水平運動の所感       南 梅吉       中央委員
 我等の歴史       阪本清一郎       総盟本部
 偶像本願寺を倒せ       福本義乗       □□水平社
 無題       山本平吉       △△水平社

   口演要領

一、開会の辞       藤岡治一郎
 水平社創立の主義を述べ、別紙綱領並に宣言を朗読せり(別紙添付)
 而して明治大帝は明治四年に四民平等の布告せられたるに不抱、未だ一般社会は我等同族を穢多、特種部落、新平民と侮辱しつつあるを遺憾とし、水平社なる団体の結合に依り解決し、御詔勅の御主旨を貫徹するの運動である旨を述べたり

一、改善か団結か       広岡豊一郎
 歴史を顧ふに昔の穢多は新平民となり、新平民は特種部落となり、特種部落は後進部落となり変遷し、昔日に変りなく虐げられつつあり、而して虐げられる理由はトラホーム患者の多いこと、不潔であること、職業が悪いこと、貧乏人の多いこと等に依り圧迫せられつつあり、我等が小学校入学中より一般生徒より新平として侮辱せられ、常に之れが為め勉強を妨げられ、終に身を立てることも出来ない惨な境遇に在るのである、当局者は施設改善を絶叫するも未だ其効果の認むべきものなし、故に我等同人は之を自覚し、昨年三月三日京都市に於て全国水平社なるものを組織し、之れが水平運動を起こしたのであつて、我等同人の当然なる要求にして決して不穏とか、過激とか言ふものでない事を痛論せり

一、改善か団結か       丹波増次郎
 水平運動は之を物に例へて説かんに、此の国家を一大工場として大小二個の機械に依り運転するものと仮定せば、大なる機械は一般民にして小なる機械は我等同族なり、然るに大なる機械には油を注ぐも小なる機械には油を注がず、只塵芥を刷毛にて掃ふのみ、然らば必ずや其機械は破壊するより外なし、而して小なる機械破壊し独り大なる機械完全なるを得ん、為政者は我等六千の同族部落に対し改善費として四十九万円投したるは甚だ多額なるが如きも、之を調査せば一人平均僅に弐拾五銭に不遇、斯の如き少額を以て何をか為し得ん等、徳川五代の大保護の政事に対比し痛論せり

一、偶像本願寺を倒せ       福本義乗
 欧州戦乱終局を告げ、巴里に於ける平和会議に我国より人種差別撤廃問題を提出したるに、我国内に於て今に人種の差別あるに此の会議に提出するは先以て国内より改むべしとて容れられさりしは我等の頭脳に深染して不滅、而るに今尚有識者に於て部落民の解放を叫ぶも一片の温情なく、水平線以下に為し居るに非すや、誠に痛ましき事なり、甚も生を此世に受けたるもの何の差別かある、然るに数千年来の伝統的観念に外ならず、故に此誤れる因襲を打破し、四民平等の権利を獲得せんとするに外ならず、我々同族は殆ど真宗にして其開祖親鸞は此の真理を提けて布教したるに不抱、金銭の多寡に依り僧位を定むる如きは絶対に信頼する不能を絶叫せり

一、吾等の歴史と題し       阪本清一郎
 私達の歴史を按ずるに、我等同人は社会一般より何等侮辱を受くべき理由は一も発見する事は出来ない、只伝統的慣習に外ならず、而して一般民と我々とは血族上何等の差異あることなし、然るに我々を侮辱する口実として

 第一我々同族は朝鮮人の帰化なりと
 第二言葉が野卑なりと
 第三教育の程度が低きこと
 第四衛生思想が乏しきこと
 第五貧乏人が多いこと
 第六職業が悪いこと

 右各項に対し一々詳細なる反駁を加へ吾々は一致団結して之れが解決に突進し、其貫徹を期せんことを論じたり

一、水平運動の所感       南 梅吉
 十二年間部落改善に努力したるも何等其効を奏せず、現時は改善に非ず解放にあり、三月水平運動の為各大臣並に当局者を歴訪したる経過を報告し、併せて各大臣並に当局は水平運動に共鳴せる等を述べ、極力徹底的に之れか運動を為すべきを述べたり

一、無題       山本平吉
 全国小学校に於ける児童及び職員中、我が同族児童に差別的言動を為したるものは最近数十件あり、其過半は水平社に依りて解決せり、先年目下初瀬町附近に居る巡査杉山某妻が香具山小学校在職中、補習科生徒に割烹の教材として各自より鮨の中に入る煮物を携帯すべきを命じたり、各生徒の母姉は相当苦心して持参せしめたるに、其先生は一般民の子女の提出せる煮付を試食したるに、我等同族の携帯せる煮付物は一片たも試食せず、翌日に至り同族の子女は何れも登校を肯せざるに依り其事情を糺したる所、鮨云々の件発見せるにより直ちに学校に行き其不心得を詰りたるに校長は耳を貸さず退席したり、時惟も大正村の事件勃発するや校長は蒼蒼事実の調査を為し、手続の結果僅々三ケ月にして恩給年限に達する身にありしを懲免せられたる当然と言ふべし、而して警察官の妻にして猶且然り、他は推して知るべきのみ、故に我々は一致団結して差別の撤廃を絶叫せざるを得ざることを論ぜり

                             
一、水平運動の一考察       米田 富
 皮相の見解は危険なり、故に水平運動なるものの理解を得んが為め、其徹底を加ふべく滑稽的演説を為せり、其要点差別撤廃にして前同様なり

「翌朝、登校を集団ボイコットした△△ムラの女の子らはたくましいな。その中に、ダブルくんのひいおばあちゃんもいたかもしれないんだね」と、後日、パパにもたずねてみましたよ。


難しい漢字、言葉の羅列のイメージでとらえられやすい「水平社宣言」ですが、学校での児童の差別的待遇等が具体的に表現されているこの身内の地域の史料が補完されることによって、ひとりでも多くの人に人間的理解を深める上でも影響をお与えすることができたら幸いです。






※関連詩

 ほんまに本気で
  やっているのけ

 奈良・○○支部 山の子子ども会


 先生、おいらは今の同和教育きらいやぜ。
 先生はほんまに本気でやっているのけ。
 学校でせんなあかんさかいやっているのとちがうけ。
 おいらの兄ちゃんや姉ちゃんを教えていた時分の先生は、
 ○○をきろうとったやないけ。
 その同じ人間が急に今になって同和教育、部落解放っておかしないけ。
 先生どうしてかわったんぜ。
 それわかるまで、おいらは同和教育きらいやぜ。

部落解放詩集『太陽もおれたちのものではないのか』(部落解放詩集編集委員会 編 解放出版社 1980.8)

奈良・○○支部では、そこの青年たちが中心となり、集団主義思想(ひとりはみんなのために、みんなはひとりのために)に基づく楽しい子ども会活動の指導にあたりました。そこから育った中学生たちの中に、この詩にあるような、「同和」教育を長欠・不就学対策などで地域へ出かけることと解していた一部の教師集団に対する叫びが生まれてきたのでした。


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