たりたの日記
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2013年01月27日(日) 石巻の被災地へ

朝目覚めると一面の雪。あまり雪の降らない石巻なのでこうした大雪は珍しいとのこと。まずは雪かき。この日は礼拝に出かけるスタッフや休暇を取っているスタッフもいたので、わたしもスコールジャケットと長靴という格好で男性2人のスタッフの雪かきを手伝う。車もすっぽり雪に覆われてているので、その雪を払うことから・・・。道の脇に積み上げた雪でゆきだるまならぬスノーウーマンを作ると、シスターすぎたが「カリタス石巻ベースへようこそ」という旗を作ってきて下さる。

午前中は支援のための手芸品のシュシュを作りながら、ベースの中にあるサロンにお茶を飲みにいらっしゃる方々のお話を伺い、午後はスタッフの方から車で津波の被害にあった場所に連れていっていただく。ボランティアで来た人を被災地へ連れて行くこともスタッフの仕事ということなのだが、予想だにしなかったことなのでほんとに有難かった。

まずは津波にすっかり呑みこまれた南浜町や門脇町へ。「がんばれ石巻」の大きな看板の前にはお供えの品々が置いてあり、そこが祈りのスポットであることが分かる。昨夜の雪ですっかり雪で覆われているのだが、雪の下にはまだ家財道具や生活用品がそのまま残っているということだった。雪から顔を出している歪んだやかんが目に止まった。目の前に白い棒が立っていて3月11日のこの地点での津波の高さ6・9mの位置に目印がつけられていた。その白い棒を見上げた時、その水の深さに息苦しくなった。今までに覚えたことのないその息苦しさがピタリと心に貼り着いたように今だに消えない。津波の後のしるしを見ただけでこのように息苦しいのだから、その中に波に呑まれた人たち、それを目にした人達の恐怖はけっして消えることはないだろうことが分かる。

沿岸部にある門脇小学校の校舎は一部焼けただれていて、洪水と火災の壮絶さを伝えていた。幸いにも児童達は教師の誘導ですぐ裏手の日和山へ避難し全員無事だったと聞き安堵する。
その日和山公園から被災した沿岸を眺めていると同じ場所で写真を撮っている外国人から声をかけられる。彼は東京に住むイラン人のフリージャーナリストアフシン・バリネジャドさん
被災の直後ここを訪れ、ボランティア活動をする一方で被災地の写真を撮り続けているという。石巻に来るのは今回で30回目だというので驚く。「この事を世界に伝えていかなくちゃならないです。この被害の中で混乱もせずに静かに受け入れている素晴らしい人達のことを世界に紹介したいんです」と流暢な日本語で話され、名刺も下さった。11月にはJICA地球広場で写真展覧と講演会を開かれたようだ。彼のように海外からのボランティアもたくさんいらっしゃることだろう。頭が下がる。お会いできて良かった。
車は女川町へ。この町では人口一万人強で800人以上の方々が亡くなられたという。そして忘れられない光景。大きな鉄筋コンクリートのビルがその土台のところから地面からはぎ取られ横倒しになっているのだ。しかも3箇所で。いったい何が起こったというのだろう。15メートルを超える津波がどれほどの破壊力を持っているかが、今だに放置されたままの横倒しになったビルが伝えている。それにしてもここにある女川原子力発電所が破壊されなかったのは不幸中の幸いだった。破壊され得ることもあったと思うとゾクリとする。
雄勝町、雄勝硯で有名なその町は、町そのものが津波にすっかり呑みこまれ、なくなっているのだった。
北上川本流を遡った津波が壊した鉄筋コンクリートの橋を見る。そうしてそのたもとの大川小学校後へ。108人の児童のうち、74人が死亡・行方不明だという。小学校の門の前には花がたくさん置かれ、まだ火の消えない線香が置かれていた。真白な雪野原の向こうに子ども達が描いたのであろう壁画が見えた。
あのシルエットは!近寄ってみると銀河鉄道の絵と宮沢賢治のシルエット、そして「世界が全体に幸福にならないうちは、個人の幸福はありえない・・・」という言葉が壊れかけた壁の上にはっきりと残されていた。この絵や言葉を描いた子ども達、それを日々見ていた子ども達があの瞬間の津波にさらわれていってしまったという受け入れがたい事実・・・

テレビで繰り返し映し出される津波の映像があまりにつらく、途中からその事実から目をそらし耳を塞いでしまった。今、ようやく目を開けしっかり見よう、きちんと聞こうとしている。これまで同様、何ももできないことには変わりない。けれど受難の地を踏んだことで心の中に大きな変化が生まれていることは分かる。
被災地めぐりの後、追分温泉に立ち寄り、ベースに戻るとコンポステーラの巡礼路で出会ったカナダ人からメールが届いていた。そこには「あなたのカミーノからの種は成長していますか?」とあった。あの巡礼で手にした種の芽吹きがわたしをここへ運んだのだと思った。そしてここ石巻の巡礼でいただいた種はどのように芽吹くのだろうか。



シスターすぎたとスノーウーマン


津波の高さ6・9mの目印


日和山公園より被災した沿岸部を望む





大川小学校









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