たりたの日記
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自転車を走らせるうちに雨が降ってきた。 雨の匂い― 思わずあたりを見回す。 匂いが立ち込めているのは確かことなのに、なにか心もとない。 遠い記憶の中の匂いが呼び起こされ、なつかしさに掴まれる。
ようやく雨をかかえている重い雲が いよいよ持ちきれずに雨をこぼし始める時の、 まだ道がすっかり濡れてしまわないうちの、 僅かな間にだけ漂う匂い。 その匂いを、まだ人と分かち合ったことがないと思った。
「ねえ、雨の匂いがするでしょう」 そこに誰かがいたら聞いてみたい気もするが、 ひとりでいなければ気にも止めないほどの匂いなのだろう。 雨の匂いはいつも変わらず、それに気づいた今日がむしろ特別な日だったのだろう。
匂いが消えてしまわぬよう、雨合羽を着るのをやめて 雨に濡れながら自転車を走らせた。 いつもは雨に追いかけられるように走るのに 今日は雨を追いかけるように走っていた。
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