たりたの日記
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2002年10月31日(木) コンサート「ルネッサンスの肖像」

映画は1人で見るのも悪くないがコンサートは気が置けない人といっしょに行きたいと思う。今日の浜離宮朝日ホールでの波多野睦美さんとつのだたかしさんのリサイタル「ルネッサンスの肖像」、HPやミュージカルの仲間に声をかけ、また誰かを誘おうとチケットは余分に用意していた。

10月の半ば、高校時代の友人のTから夏のクラス会の写真が送られてきた。その手紙には24日から11月1日まで文部省の研修のため都内にいるとあった。これはクッドタイミング。わたしはTをコンサートに招待することにした。仕事の合間に合唱にも参加していたT、ルネッサンス時代の歌曲も、波多野さんの歌も彼女はけっして嫌いじゃないだろう。つもる話に花を咲かせるのもいいが、美しい音楽を共に聞くのもいい選択だと思った。夕方研修を終え戻ってくる彼女を待って新宿のホテルに迎えに行った。夕食を食べるだけの時間はないからスターバックスのテラスで夜気にさらされながら暖かいコーヒーとサンドイッチの軽食をおしゃべりの合間に流しこみ、地下鉄で会場へ向かう。

彼女とは高校3年間同じクラスで大学も同じだった。さまざまなシーンを共有してきた。お互いの配偶者のことも良く知っている。大学卒業後、私は2年で教員を止めてこちらへ来てしまったが、彼女は地元の町でずっと小学校の教師をしている。今は中堅どころ、そろそろ管理職試験を受ける時期だ。お互いの長男はそれぞれ大学生になっていて傍からみれば中年の女の二人づれなのだろうが、わたしたちは若い頃の友人同士に完全にタイムスリップしていた。ふるさとから遠く離れた土地でふるさとで親しくしていた人と会うのは独特のなつかしさがある。どこかよそよそしい東京の街がふるさとと地続きの親しみ深い土地にしばし変化する。

浜離宮朝日ホールは室内楽専用のホールとして室内楽の繊細な音の響きを美しく生かすために設計されたホールで世界のベスト9にランクづけされているらしい。このコンサートはこのホールの10周年記念の古楽コンサートの第2夜ということだった。10分前に会場に着くと同じ並びの席にはミュージカルでごいっしょのSさんがすでにいらしていた。またあちらこちらに見知った顔が見える。いつもはいっしょに来る友人のYも別の友人と連れ立って来ている。

目の醒めるようなオレンジ色のエレガントなドレスをまとった波多野さんがつのださんとともにステージに現れ、ダウランドの歌が始まると、その空間が、すっかり心になじんだなつかしい世界へと変る。
後はもうすっかりほどけた心でただただその音楽に身をまかせるだけだ。ダウランドの歌は切なく哀しい恋の歌ばかりだというのに、ひとりでに笑みが浮かんでくるのを禁じえない。わたしの体がこの音楽を喜んでいるからなのだろう。

 ♪ 流れよ わが涙 泉より滝となって!
   永遠に追放されて ぼくは嘆きに浸ろう
   夜の暗い鳥が 悲しい辱めを歌っている
   その闇の中で ぼくはひとり打ちしおれて生きよう

4曲目のFlow My Tearsを聞きながら歌といっしょに浮かんでくる光景があった。波多野さんのレッスンを受けたくて、都留音楽祭のサマースクールに3日間だけ参加した時、わたしが課題曲として選んだものだった。今思えばろくに声も出ていなかったのによくこんな難しい歌のレッスンを受けようとしたものだと思う。一日目は波多野さんのレッスンを受け、二日目はリュートのつのださんから指導を受けた。窓いっぱいに深い緑色の木立が広がり、しんとしずまりかえった空間にリュートの繊細な音が流れていた。CDでうっとりしながら聞いていた音の世界の内側に入り込んだことへの深い感動があった。歌を始めようと決心した。


 ♪ めざめよ 愛 追放は終わった
   遠くにあって 嘆きに沈んでいたわが心は
   今は欠けるところなき喜びにひたっている
   遠く離れても死ぬことのない愛が
   今度はあの人の目に永久に生きつづけるように!


5曲めの Awake,Sweet Love はわたしが波多野さんに弟子入りして初めてのスチューデント コンサートで歌った歌だった。英語の歌詞がなかなか覚えられなくて苦労した。何度も覚えてすっかり覚えていたはずなのに、ステージの上では一番と二番の歌詞を混同してしまった。ちょっと苦い思い出が蘇ってきた。


あの時、歌ってはいたものの、ダウランドの嘆きの歌やその言葉も旋律もどこか私の世界とは遠かった。母業真っ最中の時であれば仕方のないことだ。
今、あの時より6年分年は取ったものの、気持ちはあの時よりもっと若い時の私に戻っている。ダウランドが決して遠くはない時に。
歌を続けていこうと思う。




たりたくみ |MAILHomePage

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