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2004年09月13日(月) 信頼感と廊下の傷

松島さんも共同発表者になっているシンポにでる。
今日はなにも発表がないので気楽。

高次脳障害という、数時間前の記憶も忘れていってしまうという病におかされた人たちの作業所の話。

松島さんは「わたしたちは、いたくない人とでもずっと一緒にいるということで、この人は信頼できるという感覚をもつことがある。これが仕事をするうえではとても大事だと思います」と話され、しかし、高次脳障害の場合、記憶がぬけおちる彼らにとってこのようなかたちでの「信頼感」をつけることを援助していくことははたして可能なのかという問題提起をされた。

松島さんいわく、彼らは信頼感がないために、未来にむかって一歩をふみだすことが難しいのだという。

これはしかし、おそらく記憶の問題では必ずしもない。臨床の場に相談に訪れる人(例えば、不登校のおや、障害児の親)もまた未来に一歩ふみだすことができないでいることがおおい。

それは不登校の息子(娘)、障害児の息子(娘)のことをよくみて、彼らを理解することをしないでいるからであることがおおい。不登校や障害を持っているということから、しだいに親はわが子の力を信頼しなくなる。そして自分達が未来にむかってどうするのかという決定をするとき、子どもの力を勘定にいれるのをわすれ、グルグル親の論理だけでまわりつづけてしまうのだ。だから、セラピーの目的は、もう一度、じっくりとわが子をみてもらうということになる。わが子をみて、わが子を理解することができたら、親たちはもはや自分達でグルグル回るのを回避して、子どもの力にかけることができる。これと同じことが作業所でもできないか?。

セッションのあと、松島さんと廊下でこんなことを話し合っていた。
松島さんは、みんなが信頼できるんだ、みんな一緒のメンバーなんだってことがわかるような環境の整備ってできないものかとおっしゃる。

例えば、廊下の柱についた傷。それは昔、父親と自分が2人でせいくらべをして、あと、どれくらい大きくなったらお父さんみたいになれるのかと会話しあった記憶をおりたたんでそこにつめこんだものといえる。これと同じように環境の痕をのこす作業だ。TSエリオットが「過去が現在する瞬間」というように、環境をデザインするというのは難しくもおもしろいテーマだと思う。


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