非日記
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2013年10月10日(木) 傍目八目でロマンス小説を読む。ネタバレまくり2

ハークレインには、びっくりするほど正当派のツンデレ男がいます。

デボラ・シモンズの「尼僧院から来た花嫁」に出てくるニコラス・ド・レーシです。何度でもいいますが、本当にびっくりするほど正しいツンデレぶりです。こんなに正しいツンデレは探してもそうそういるものじゃない。

舞台は十三世紀。
「悪魔の花嫁」のヒロインであるエイズリーのお兄ちゃんで、悪魔の花嫁にも最後の方で出て来ますが、彼がこんなにまでツンデレになるとは。ビックリです。悪魔の花嫁の最後のところで、復讐の炎をめらめらと燃やしていた相手であるヘクサム男爵を妹の夫、モンモラシー男爵に討たれてしまっているニコラス。復讐だけを支えに生き延びたので、やり場のない怒りに荒みきっていたところ、国王にヘクサム男爵の唯一の血縁である姪のジリアンと結婚するように命じられます。「そうだ!代わりにその女に復讐しよう!」と生きる気力を取り戻したところから「尼僧院から来た花嫁」は始まります。

これで復讐できるぞ!どんな女なんだろう!とドキドキ胸を高鳴らせ、わくわくと大いなる期待を抱きながら結婚するために尼僧院に行くと、いきなり啄木鳥男と言われて非難され、自分の方こそが憎んでいるはずなのに、一方的に激しい敵意を向けられて、なんか自分の脳内予定と違うので混乱する。例によって、直ぐに恋が花開いてしまうのですが、何しろジリアンに復讐する事だけが今やほぼ唯一の生き甲斐、活力の源になっているので、なんとか自制して苛めぬこうと努力します。本人はシリアスなのだが、この葛藤がおかしい。

ド・レーシの人間は、妹のエイズリーを例外として、心の中はともかく冷淡で愛情を行為や言葉で表現をしない家風であり、そうやって育てられたニコラスも大体そんな感じだったわけです。確かに、悪魔の花嫁に出てきた時はそんな感じだった。しかしこの「尼僧院から来た花嫁」になると、憎い憎い憎い復讐相手の代わりが見つかったという喜びのあまり、最初のうちから一喜一憂しまくるようになります。「何より大切な復讐するための相手」として、ジリアンに対し、意味不明な心配、中途半端な意地悪をしまくるようになります。

床入りを恐れる嫁を強姦しない理由「こんな汚れた血を持つ女となんかしない」
嫁が気になって仕方ない理由「復讐の相手は目の届くところに置いておきたいのが人情」
脅して呼吸困難を起した嫁を労った理由「復讐の相手に死なれたら困る」
嫁の顔を見たい理由「復讐が楽しみだから」

召使のように扱ってやろうと思っていたのに、召使と一緒に和気藹藹と床掃除している姿を見たら怒髪天を突き、「召使のまねをして、おれに恥をかかせるのももはやこれまでだ!」もはやこれまでって……、ニコラスがさせようとしてた事なのに結局何がしたいのか。
自分でも何がしたいのかわからなくなっていて、混乱し続けます。
「召使扱いは止めた。おまえは奴隷だ!おれの事だけ考えて、おれの出迎えをして、おれに傅いて、おれの為だけに着飾り、おれの世話だけをしろ!おれが呼んだら直ぐに来るのだ!」
冷静に聞けば、ただの告白なのですが、命令口調で偉そうで一方的で「汚れた血の女め」とか「おまえは召使だ」とか「おまえは奴隷だ」とか「この雌狐!」とかを前後で言われずにいられません。
「なんで私が復讐の身代わりにならねばならないの?冷酷で卑劣な男!」と思っているジリアンは好き勝手に動きまわり、事情を知らない城の住人には冷淡なニコラスよりよほど好かれます。ジリアンの姿が見えないと「あの雌狐め、どこへ行った!」と探し回り追い回すニコラス。見えるところにいればいたで、「あの雌狐め、美しい姿で視界をちょろちょろするとは!けしからん!」と怒り狂う次第。
ちなみに、奴隷扱いって何をさせるのかと思えば、例えば食事の世話をしろと言っては「はい、あーんして」をさせ、結果「胸がどきどきするから止めた!」とやっていた模様です。それは奴隷じゃなくて、ただのバカップルよ、ニコラス!

「あんなに自分を冷酷に扱った男を」とジリアンは結構後まで引っかかっているのですが、物凄く独占欲が強い束縛系である事を別にすれば、傍目に見て、ニコラスはただのヘタレな恥ずかしい男でしかありません。ジリアンに対して一番酷かったのは当初寝台の床に寝させることにした事かと思われますが、この初っ端から既に、「召使のように冷たい床に寝ればいいのだ!柔肌に痣ができたらいけないから、ふかふかの藁布団を敷いて!」といった具合で、無意識に伝わらない気遣いを発揮していましたよ。

最初から暫くは「絶対に床入りしない」とニコラスは一人頑張っていたんですけれども、密かにニコラスを好きになっているジリアンの度重なる挑発と酔った勢いで初夜を迎えてからは、坂道を転がり落ちるようにべろんべろんになっていきます。昼間は喧嘩しまくり、夜はいちゃいちゃする生活を続けているうちに、復讐がものすごくどうでもよくなっている事に自分でも着々と気がつくが、頭が固いので踏ん切りがつかない。

ちなみにこのカップルは最初からリバーシブル風味です。
ハーレクインの女性は概ねやる気満々なのだけれど、これはちょっと雰囲気が違う。大抵はずるずる流されるのは女の方なのだが、「やらない!やらない!」とだいぶん頑張っていたのもあって、ニコラスがずるずる流される方。
初夜で押し倒したつもりが寝台にひっくり返され「あれ?自分、嫁に押し倒されてる?」となって、ごろんごろん転がって上を争ったあげく、横向きでやれば対等という解決策を見つけている。勿論朝になって「別に対等じゃないもん!自分が上だもん!」と後悔したので男性上位でやってみたが、夜になったら「朝はあなたが上だったから次は私が上よ」と当たり前のように嫁に女性上位で押し倒された。ニコラスが大変脳内乙女なので、「押し倒されて暗転」感がただよっていた。

半分ぐらいまで進んで、ようやく復讐を諦めるのですが、その理由を問われて長い沈黙の後「飽きたからだ!」
本当は嫁が病気で死に掛けた時に寝ずの看病をぶっ続けた結果、嫁がいなければ自分は生きていけないという悟りの境地に到達し、「もう復讐はしない」と固い頭で固い決意をしたからです。ついでに最後まで黙ってるけれど、実はうなされた嫁が夢現に愛の告白をしたのを聞いたせいもある。密かに脳内が「だってこの人、私の事を愛してるって言ったわ」という乙女思考に占拠されているのです。

ハーレクインのヒーローはしばしば初恋が悲惨な結果に終わったとか、最初の妻に酷い目にあったとか、自分の両親の関係なんかで愛を信じていなくて、それをヒロインが目覚めさせる方式が多いのですが、ニコラスの場合は家族の関係もギスギスしてたわけではないがひたすら淡々とした一族だったので、完全に「愛って何かしら?聞いた事も無いけれど、食べられるものなのかしら?」状態なのです。知らないので興味も無いし、「愛なんて幻想だ」という疑心すら出てこない。ひたすら自分の態度の混乱と感情の揺れに翻弄されまくる。「性格はアレだが、顔だけは物凄く綺麗」という設定なので、いっそう無垢な感じがします。
そんなニコラスなので、愛してると告白され、無防備な処女地をいきなり爆撃されたも同然なのです。

復讐を諦めた途端、今度は異常に過保護になります。でも態度は変わらないので喧嘩になる。普通愛の告白を受けたハーレクイン・ヒーローは大抵の場合「おまえは私を愛していると言ったではないか!」とか「おまえは私を愛している事がわかっている」と自信満々になって愛を盾にとるようになるのに、ツンデレ乙女男であるニコラス・ド・レーシには、ハーレの定石を破る面白さがあります。愛を告白された事で充足しきってしまい、その嫁を病気で亡くしかけて半狂乱になったのもあって、「この人が生きて傍にいてくれるだけで私は充分幸せよ」になってしまうところです。母親が産褥で死んだ事に思いいたり、「セックスしたら子供が出来て、出産で嫁は死ぬかもしれない!」心配が高じて、また固い頭で生涯指一本触れずに傍にいてもらう事を密かに決意しています。嫁に寝台で手を出されて動揺のあまり寝台から転げ落ちたりする。

後半はニコラスが「嫁が出産で死んだらどうしよう」を嫁の誘惑と説得と主に嫉妬心の力で乗り越え、友情や家族愛の存在に気がつき、嫁に一点集中していた愛着を家族や領民や召使に拡大していく話です。
この話は、一応「自分を復讐の相手としか思っていない男を好きになってしまった」ヒロインの切なさみたいなものも無い事はないのだが、ニコラスの脳内ジェットコースターロマンスの為に、ほぼ無いも同然に目立ちません。ヒロイン・ジリアンの心情や苦悩や切なさが記述されない事もないが、「一方、ニコラスは」と視点が移るとニコラスの脳内の方が遥かに大騒ぎ。またたく間にかすんでしまいます。

作家のデボラ・シモンズはヒストリカルで人気の作家らしく、十三世紀のイングランドを舞台にディ・バラ家の六人兄弟を描いたシリーズがあって私は大体読んだ気がするのだが、個人的にはディ・バラ家シリーズよりこれが好き。
ディ・バラ家のシリーズなら、兄弟一温厚で学者肌のジェフリーが厳正なるくじ引きの結果、宿敵の跡取り娘、新婚の床で夫を殺害した前歴をもつ凶暴凶悪かつ獰猛なエレナを嫁さんにする「魔性の花嫁」が印象的。
愛を全く信じない傲慢で冷酷なヒーローを心温かく優しいヒロインが懐柔するのが王道だが、これは完璧に真逆。傲慢で冷酷で凶暴なヒロインを心温かく優しく物腰柔らかいヒーローが懐柔する話。
暴力的で残虐で母親を弄り殺した実父から身を守るために、父親と同じように凶暴で獰猛なそぶりを身につけ、容姿を薄汚く保ち、嫌われ恐れられる事であらゆる人間を遠ざけ、孤独に身を守り生き延びてきたエレナ。そんなエレナに対し、野良猫どころか野生の猛獣を手なずけるように心を抉じ開けていく、冷静で思慮深く温厚なジェフリー。
あっという間に恋に落ちるなどありえず、もちろん「素敵な殿方……!」なんてなりません。「愛って何かしら?」どころじゃなく、家族愛を目撃しても「なんだこいつらは?頭がおかしいのか?気味が悪い、気持ちが悪い」なありさまです。ちょっと優しくするぐらいじゃ、ますます警戒心をかきたてるだけ。精神的に孤独に生きてきたフィッツヒューのエレナが、たった一人で考え、たった一人で判断しながら、じわじわと心を開いていき、殺気立って刃物を握ったまま真正面から睨みつけつつ、じわじわと恋をしていくところが凄い。エレナは全く教育を受けておらず、生まれてこの方風呂に入った事もなければ、髪を梳いた事すらなく、食事も手掴みという野獣ぶりなんだけど、何もかも全てを一人で考え一人で決断し一人でやりきってきた孤高の凄味があるのよね。自分が生きてきた凄惨な世界がエレナが知っていた唯一の現実なので、家族愛だとか親愛の情だとか思いやりだとか信頼だとかほざくジェフリーに対して「可哀想に、この男は頭が弱い」と判断する。自分が守ってやろうと決断した時なんか、しびれます。女帝の風格です。「殺すぞ!」と怒鳴っても生半可なツンデレにない迫力があります。格好よさで言ったら、ジェフリーなんか足元にも及びませんでした。恋愛の切なさを堪能するより、エレナの格好よさを堪能する話でした。

あと、デボラ・シモンズなら、確か「伯爵家の事情」のスピンオフ「最後の子爵」もわりと面白かった気がする。遊び人だった子爵と冴えない田舎娘が、子爵が寝室を間違えて寝てしまった為に行きがかり上結婚する事になり、子爵が相続した謎の古屋敷でのドタバタ事件物だった気がする。




さて、初めての恋に一喜一憂して笑えるほど翻弄される乙女男が面白くて楽しいという人なら、デボラ・ヘイルの「美女と悪魔」に出てくるルーシャス・ダヴェントリも楽しいんじゃなかろうか。私はたいへん楽しかった覚えがあります。
デボラ・シモンズとデボラ・ヘイルってよくごっちゃになるんだよね。

「19世紀初頭の英国。戦争で身も心も傷つき、隠遁生活を送るダヴェントリ男爵は、余命いくばくもない祖父のためにやむなく、隣人の娘アンジェラに求婚することに」という話。
祖父が満足して後顧の憂いなく死ねるように、人間不信と傷心で心を閉ざし、負傷で光が目に痛いのと趣味の為に夜中活動するせいで悪魔じゃないかと悪い噂もたち、近所づきあいを絶ってきたダヴェントリ卿は、手近に隣家の娘アンジェラに偽装婚約を頼みます。祖父伯爵の前で婚約者を演じるうちに大変いい雰囲気になり両片思いに至るのですが、ルーシャスは傷心から自己卑下の領域に達しているので、色ごとで遊び呆けていた不実な自分では天使の如きアンジェラを愛する事などできない、悪魔の如き自分には愛などという感情は無いのだと思いつめます。思いつめたところで、これぞというアンジェラに恋している近所の誠実な若者を発見し、「自分の代わりにこの男の恋が叶うように全力で応援しよう!アンジェラも愛されて結婚し、若者も敬愛するアンジェラと結婚でき、自分もアンジェラが幸せな姿が見れる!それで皆幸せだ!」という結論に至る。ルーシャスは戦争で負傷する前、大変美男子だっただけではなく、社交界では物凄い女たらしとして浮き名を流しまくった実績があり、今では発揮する事も無くなっていた天賦の才があるのです。磨き抜かれた女たらしの才を縦横に発揮して、恋する青年の恋文の代筆をやる事に。

この恋文の代筆がルーシャスは楽しくって仕方がない。自分がアンジェラをどんなに好きか、そんな資格は無いと口説くのを自粛している分、全力投球でのりのりで書きまくります。ルーシャスを好きになっているアンジェラなのですが、偽装婚約も解消され、自分の恋は叶わないと思っています。そこへ誠実で善良である事は確かだが、どうもこうもときめきを感じない青年が、こればっかりはどうした事か「ものすごくときめく恋文」で求婚してくる。顔を合わせて話をしてても「あれ?こんな人?」と違和感を感じるが、でも家に帰って恋文を読むと「やっぱり素敵!」とときめく。何かがおかしいんだけど、でもこの人が書いた恋文を読むとときめくわけだから、自分はこの青年に恋をしてるに違いないと信じたところで、うっかり、実際は誰がその恋文を書いていたのか判明してしまうのです。「なにふざけた事をしてくれとんのじゃ!」天使の如く心優しいアンジェラは、ルーシャスがビビるほど激怒。ビビりながら「キミの為を思ってやった」などと余計な釈明されて、さらに怒髪天を突いて振り切れます。
「私が好きなのはてめーじゃ!失恋し、やっと新たな恋ができたと浮上したら、またてめーか!人をなめくさるのもええんかげんにせえよ!百年の恋もこれまでよ!二度と顔も見たくない!」
と遠方に旅立ってしまう。

慈善活動っぽい行いで近所の人々に慕われていたアンジェラが二度と戻らない勢いで出て行ってしまったのは自分の所為だと、やっぱり思いつめたルーシャスは、アンジェラの代わりに寂しい独居老人を訊ねてみたり、教会に顔を出したり、地域の活動に頑張って参加するようになります。人との関わりの中に慰めと癒しを見出し、「寂しいけれど、アンジェラの分までこうやって福祉活動をしながら余生を生きて行こう」と思うようになった頃、「どうあらがってもあの阿呆の書いた恋文にときめいてしまう」と少し冷静さを取り戻したアンジェラが戻ってくる。
地域の人から聞いた自分がいなくなった後のルーシャスの激変ぶりに驚き、「あの独善ぶりが直ったのかしら」と探しに行くと、祖父の墓の前でたそがれ、「許されない事をしてしまった。傷つけてしまったアンジェラの幸せを、この遠い空の下で祈り続ける事が、私にできる唯一の贖罪だ」みたいな事をぼやいているルーシャスを発見して青筋を立てる事になるのでした。

再会した時のルーシャスが「何故ここに!」と飛び上がるほど驚き、恐怖にかられ、激しくビビっているのが楽しいです。ルーシャスはツンデレではないが、脳内乙女である事は間違いない。ルーシャスの勘違い乙男ぶりが傍目に眺めてて実に楽しい話です。



こうやってみると、私は明らかに脳内が乙女で可憐系のヒーローと、漢らしくヒステリックに喚かないヒロインが好きらしい。ついでに、ここまで並べたやつは全部、何年も前に読んだやつです。最近読んだので面白かったのって……、なんかあったかな。


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