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2013年10月09日(水) 岡目八目でロマンス小説を読む。ネタバレまくり1

私が「これは良かった」と思うハーレクインは、はっきり言って殆ど無いのですよ。一回読めばそれでよし的。でもこれは良かった。

マーガレット・ムーアの「竪琴を奏でる騎士」

ハーレクインのヒストリカル。
ヒストリカルというのは時代物?時代物というより、要するに、日本でいうなら「なんて素敵にジャパネスク」とか「ハイカラさんが通る」みたいなものだと思えばよろしい。舞台となる時代の政治や経済、庶民の生活みたいなものをリアルに取り入れるか、風味に留めるかは別にして、基本的には主役カップルの価値観は現代風味です。
このヒストリカルでも、時代によって区分があって、例えばリージェンシー・ロマンスってのがあります。イングランドのジョージ四世が皇太子だった摂政期の1811〜1820、もしくはその前後18世紀末から1830年ごろを舞台にしたロマンス小説で、ジェーン・オースティンのような作風のものを言うっぽい。

ジェーン・オースティンは欧米……じゃなくてたぶん米英、英語圏のロマンス小説の走りで、何度も映画化された「傲慢と偏見」とか「エマ」とかあります。ロマンス小説というには甘さは足りないし、エロも欠片もありません。主人公であるヒロインとその周囲の結婚事情や結婚生活にまつわるあれこれを下敷きに、この時代のありふれた世相や風俗、習慣や価値観が群像的に描かれた風俗小説と言われてる。なんかね、国語の教科書に採用されるような非常に正しい美しい英語で書いてあるらしくって、英語圏では読んだ事が無い人はいても知らん人はいないらしい。未だにイギリスでは好きな小説の上位に食い込んでくるそうだ。イギリス人の心の琴線のどこに触れたのかと言うと、ちりばめられた滑稽さと社会風刺と「皮肉がいっぱいの会話」だろう。

ちなみに有名な「傲慢と偏見」は読んでみたんだけど、ハーレクインよりは萌えられます。傲慢ってのはヒーローの事で、偏見ってのはヒロインの事。田舎のパーティにやってきた金持ちで身分があって格好のいいヒーローは、女なんて皆頭空っぽでと女嫌いなのね。そこでヒーローの友人との会話で遠目に見たヒロインを馬鹿にしたのをヒロインは聞いていて、「こいつ!」と頭に来るわけ。初対面で「アタシ、聞いてたわよ。でもアタシだってあなたみたいな人は大嫌いですから」と遠回しに言い、遠回しに察知して「しまった」と思うんだけど、イライラしながらもそのうちにだんだん、「結構いい奴?」みたいになっていくのよ。ヒロインの家族が色々困ったことになり、それを家族のうち一人出来のいいヒロインがなんとかしようと頑張るんだけど、それをヒーローは延々と裏から助けるねん。一度求婚したものの、ヒロインは初対面の時に貶された事を忘れられなくて拒絶してしまうのね。でもその後もヒーローは延々と裏から助けるねん。最終的にはその事を知って、許してちょうだいとなり、ハッピーエンド。どちらかと言うと、二人の心情模様より、周囲の人たちの描写が優れているという話だ。でもそこがいい。

萌えってなんですか。萌えを言葉にするのは難しいのです。腐女子やオタク男子を対象にした萌えアニメの評価が下がるのは、制作側が萌えのなんたるかをわかっていないからでしょう。できあがった派手なフラワーアレンジメントを渡されても駄目なのです。パッと見、草はいっぱい生えているが派手な花の咲いていない、でもやろうと思えば大量の肥料を必要とする薔薇の花ですら簡単に咲かせる事のできる肥え太った豊かな土壌こそが大事です。餌が全くないのは駄目です。でもやりすぎても駄目。

件のリージェンシー・ロマンスの特徴は、良家の娘は婚前交渉御法度なところです。それが故に、コンテンポラリーのように、「どこを開いてもセックスしようとしてばかり」みたいなのは非常に少ない。熱烈なエロシーンが好きだという人は物足りなく感じるが、しつこいエロは食傷気味という人にはウケがいい。
いきなり押し倒してヒーローが痴漢になったりしないので、そういう意味では読みやすいのですが、他に色々、時代の結婚観とか、結婚の目的みたいなものがあって、その辺を時代の常識として看過できるかがリージェンシーに限らずヒストリカル・ロマンス小説が合うか合わないかの分かれ目かも。

例えば、婚約者でも無い男女が二人っきりで会うなんて言語道断で、うっかり男性と二人っきりだったり、緊急事態で二人っきりで一晩過ごしたりすると、男性は女性の「名誉」のために結婚を申し込んだりします。借金を抱えていて払えないと刑務所にいれられて有罪になりますが、それを回避するために負債を背負った男性が裕福な女性と、貧しい女性が裕福な男性と結婚しようとしたりします。裕福な婚約者ができると、銀行からお金が借りられるようになりますが、そこで婚約者が婚約を破棄すると、途端に逮捕されます。そんな世界。例えば、貴族の長男は実の息子が必要で、若いうちは愛人をつくりまくって遊び呆けたりしますが三十代後半ぐらいになると、好きかどうかは別にして若くて健康で処女の良家の娘と結婚しようとします。最初の奥さんが子供ができずに死んでたりすると、問答無用で後継ぎを作るために再婚しなければならなくなったりします。もっと古い時代になると、王様に、おまえはどこそこの娘と結婚しろと言われたら、会った事が無くても問答無用で結婚です。バイキングが出てきたり、十字軍が出てきたりします。ビクトリア女王時代だったり、エリザベス女王時代だったり、薔薇戦争や、その直後あたりとかもある。珍しいのになると、アメリカの開拓時代。

最終的には「愛」が出現するので、最初にどういうつもりとか気にならないってのなら問題ない。むしろ私は、このたびの問題は何で(この時代に何がどう問題で責任になっているのか)、どう解決するのかが気になるので、ヒストリカルの方がコンテンポラリーより好きです。

コンテンポラリーと言えば、シークものってのもあるんだけど、イギリス人は昔からエジプトが好きだからな。砂漠の国への、異国情緒へのあこがれがあるのでしょう。日本の少女小説で中華風味や外国を舞台にしたものが沢山あるようなものです。しかし後宮を持つような皇帝もヒロインのみを溺愛するように、一夫多妻可のシーク物でもどうせ奥さんはヒロイン一人になるので、異なる倫理観や道徳観に煩悶する必要はありません。ヒロインと結婚するためにシーク辞めちゃったり、法律を変えたりするので問題ありませんでしょう。シーク物といっても、舞台は現代です。単に、シーク=唸るような金持ち(血統証付)という事です。
現代の英国貴族は金の工面など大変すぎて結婚相手としてロマンが無いらしく(というか実在してて身近な分、取扱難いのかも)、王侯貴族パターンでは、スペイン貴族やヨーロッパ小国の王族がヒーロー・ヒロインになりやすい。スペインは立憲君主制に対し、ポルトガルは共和制ですからね。ポルトガル人がヒーローのロマンス小説は読んだ事無いよ。イタリアは旅行の舞台にはよくなるが、イタリア人はロマンス小説のヒーローにはしない。マザコンばかりなので(というかマザコンである事は美徳である世界)ロマンス小説に向かないと思っているのではなかろうか。英米人からするとマンマ、マンマと言われては萎えるのだろう。

ジャンル的には、他にもシークレット・ベビー物ってのがある。一夜の間違いや身分違いや誤解や何やかやで別れた恋人の子供がこっそりいて、それを育ててるところに再会するやつ。子はかすがいを地で行くパターンです。これはファミリー物風味にになりやすく、子供の描写が可愛いので好きという人がいる一方で、無責任すぎて好きになれないという人もいる。
ジャンル・パターンは色々あるんですよ。記憶喪失やら偽装結婚やら変身物、やりつくされてる感がある。こういうジャンルが複数組み合わされていたり。
例えば、「一目ぼれで一夜の逢瀬で子供を授かるが、その直後にヒーローは事故で記憶喪失になって行方不明。若いヒロインは一人子供を抱えるはめに。未婚で父親不明の子供を産んだ結果、親兄弟から放逐されて、子供を育てながら苦学し、バリバリのキャリア・ウーマンになっていた頃、勤め先の大企業が有名な独身で男ぶりのいい若きシークによって買収される。秘書として挨拶に行くと、なんと彼はン年前に結婚の約束をしたまま行方をくらましたあの男だったのだ!」みたいな。そうしたら十中八九、彼の海外出張にドレスアップしてついていく事になるが、そのうちの三割ぐらいは偽装婚約者を演じる事になる。そんな感じ。これで子供ができていないパターンとか、純然たる初対面の場合とか、シークじゃなくて大富豪だとか、記憶喪失じゃなくて男の方が誤解して別れたとか、女の方が身分違いで男の家族に言われて身を引いていたとか、偶然じゃなくて狙って再会していたとか、色々細かく分かれる。まあ、金持ちの場合は、十中八九バカンスに行ってそこで懇ろになるよ。

ちなみに、ファンタジー系もあります。純然たる剣と魔法ノファンタジーもあれば、超能力者や吸血鬼、狼男などが出てくるパラノーマル・ロマンスというのもある。ハーレではないが、映画化したトワイライト・シリーズが有名どころ。納得しつつ面白いのは、タイムトラベル物はあっても、転生物はないところ。さすが英語圏、キリスト教圏である。仏教的輪廻転生は理解できないし納得いかないわけね。女性作家が多くて苦手なのか、ニーズが無いのか、ミステリー風味はあってもSF風味の作品が無いのは残念である。

少女漫画家で、少女マンガを描く勉強に時々ハーレクインを大量に読むが、すると暫く読みたくなくなるという人がいました。わかります。あらゆる少女漫画的パターンを網羅していますが、大量に読むと飽き飽きします。

全く話が逸れてましたね。
ジェーン・オースティンの話をするなら、ジョージェット・ヘイヤーの話もすべきかもしれんのだが。ヘイヤーの方が、ロマンス風味が高まります。恋愛小説になってくる。でもまだエロがない。

それはともかく、「竪琴を奏でる騎士」です。
この物語の何がいいかと言うと、ずばり、地の文章で賢いと書いてるだけじゃなくて、ヒロインが実際に賢い。ハーレクインでは珍しく本当に賢い。作中一度もヒステリーを起こさないなんて!「あなたは私の気持ちがわかってないわ!」と喚きださないなんて、それだけでビクトリーですが、ライトノベルで言うなら、無敵系主人公クラスでチートに賢いので、読んでて爽快感がある。知識が豊富とかじゃなくて、人間的に。

「戦士に愛を」というシリーズの一作らしいのだけれど、他作品のレビューを流し見たところ、これだけでいいです。とにかくこの作品のヒロインが群を抜いて他の追随を許さず賢いのは誰もが認めるところらしい。

「十三年間修道院で暮らしてきたエリザベスは、おじの出現に胸を躍らせた。おじは縁組を整えていた姪が別の男のもとへ逃げ出したため、もうひとりの姪である彼女に白羽の矢を立てたのだ。エリザベスにとっては願ってもないチャンスだった。修道院でのつらく冷たい日々から抜け出せるのなら、相手がどんな人であっても、結婚を成功させなければ。しかし、おじとともに城に到着した彼女を待っていたのは、誰からも恐れられる騎士、レイモンだった。」

……と、ハーレクインの公式サイトから引用。大抵の小説は中身よりあらすじ読んでる方がときめくが、これはあらすじより中身の方が楽しい。まず、このヒーローのレイモンは前妻に色んな意味で裏切られ殺されかけて大変人間不信に陥っています。でも貧乏なので、領地と領民を賄う為に金が必要で、そのためにこの結婚での持参金が必要で、妻になるはずだったのと違う女が連れてこられても文句を言わないのです。エリザベスは生まれてこの方鏡を見た事が無く、不細工と言われて信じ、そのつもりで生きているので、美人のいとこの代わりに突然自分が出てきて、この顔では申し訳ないから持参金をもっとあげるべきだと主張するのですが、美人なのです。それで人間不信のレイモンはなんだこの女?と不審に思って、ちょっと面白いのでそのまま娶ります。自分の為に持参金をつりあげたり破約しなかったので、修道院から出られる事になったエリザベスは大変喜び、なんていい人かと感激します。レイモンはエリザベスが修道院で意地悪な院長によって食うや食わずの生活を仲間と庇いあいながら苛めぬかれつつ送ってきた事を当初知らないので、陰惨な気分のせいで顔も怖くなってて声も潰れてて性格も陰気で前妻を殺したという噂を持つ自分が、なんでこんなに一方的にお慕い申し上げられ感謝されるのかわかりません。もう二度と女なんか信じないと固く決意してて、嫌われるものと思って初夜も超適当に済ませたのに、「早く赤ちゃんができるといいわね!うっふふ!」と新妻のご満悦な様子に、ますますどうしていいかわからなくなります。

このエリザベスに賢いところは、相手の立場を慮ったり、気持ちを推測したりし、尚且つ話を聞こうとするところです。そして自分は学も教養も無くて顔も悪く、押し出せるのはこの人間性のみと思っているので、レイモンに親切にされるたびに「私のいいところを見てくれてる!」と感激する。正当防衛なのですが前妻を殺した前科があり、引く手あまたのモテモテから一夜にして疑惑の眼差しを向けられる嫌われ者になったレイモンは自分がやる事為す事恐れられ疑心の目を向けられることになれているので、自分が何を考えているのかわかろうとしてくれ、本当は何があったのか知らないのに信じようとしてくれ、しかも些細な事で感謝感激され、自分に大満足している妻が可愛くって仕方なくなってくる。可愛さあまって、貧乏で金が必要だから結婚したのに件の妻の持参金で妻を飾り立ててしまったりします。上司を迎えるパーティを開かねばらないのに金が無いという事になる。
レイモンのいいところは、妻にメロメロになってしまって、自尊心や虚栄心の為に誤魔化しをしないのですよね。正直に、こういう具合に困った事態になってると奥さんに白状するようになるようになる。
屋敷や領地を修繕したりするためのはずの、自分の持参金を自分へのプレゼントに使い込んだと知っても、「じゃあどうするのよ!」などとヒステリーは起こしません。エリザベスは鬼の如く家計のやりくりが巧いのです。「それなら仕方ない。あるものでなんとか凌ぎましょう」スーパー主婦レベルだったのです。さらにつてを頼って情報を集め、初対面の上司の趣味や機嫌を損ねない話題を提供し、いかんなくアゲマンぶりを発揮したりします。

自分は美人じゃない美人じゃないと言い張る嫁に、「いいから鏡を見ろ」と顔を見せた時も面白いです。「美人じゃないのに好きになってくれたと思ってたのに、あなたも結局男で美人だから私が好きなだけなんだわ」とがっかりする妻に、「いや、そんな事は無い。あの初夜の適当さを思い出してくれ。あの後好きになったんだから、顔だけじゃない」と訴えると、「そう言えばそうだった!」とエリザベスは即座に復活。初夜の酷さが愛の証明になるのが面白い。
この話の珍しいところは愛の告白とか愛の自覚とかがそれほど重要では無いところ。半分に至る頃には仲のいい夫婦になっており、相手に対して疑心暗鬼になったりしない。愛してるのかどうかという問題がそれほど重要視されないまま、双方が相手を好きになっていき親密になり信頼していく過程が非常にスムーズで充分に納得がいく。ハーレクインだからというか、ちゃんとエロシーンもあるのですが(業界用語でホットなシーンという)、この二人のはいかにも好きで楽しくてやってる感が満載で可愛い。

何しろヒロインがいい。色々読んだけど、私はこのヒロインが一番好きですね。そしてレイモンもいい。どちらかというと、この話でヒーローはエリザベスだよな。まさにこのエリザベスを妻にしたおかげで何もかもがうまくいくようになる。そしてレイモンは可愛くなっていく。


はっきり申しまして、ハーレクインでかっこいい男を探すのは至難の業なのですが、可愛い男なら偶に見つかります。
私が可愛いと思う男と言ったら、これ、ツンデレ男でしょう。ハーレクイン・ヒストリカルで群を抜く正当派ツンデレ男、ニコラス・ド・レーシを語らずにはいられません。


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