非日記
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2008年12月07日(日) 十二月になったよ。

もうすぐ正月だな!
今年こそは年賀状をと思い、秋から売り出されたばかりの店頭に並んだ年賀状や郵便局の広告を見ては、元旦に私の年賀状が人様のところに届いてる幻覚を見て「すばらしいわ、私!どうよ!バカにしてるんじゃないわ、やればできるじゃないのよ、私にだって!元旦に届くなんて完璧じゃないの!なんたって投函したのは十月ですからね!」的を夢を見てアハーンと勝利に酔っているのだが、どうした事か白昼夢だけ見ててまだ買ってもいないのが現実だ。マズイ匂いがするね。

大体丑年というのがイマイチなのかも。萌えないねん。私は戌年とか鼠年とかかわいい系の年が好きなのよ。牛もカワイイのかも知れんけど、蟹をスタイリッシュにかっこよく描けといわれるぐらいの困難さを感じる。ハムとか書いて終ろうかしらと今思った。
しかし今日、路上で牛柄のパーカーを羽織った少女がチャリに乗っていたが、その牛柄パーカーはちょっと可愛かった。その昔、の話になるが、学校で自己紹介があった時に大都会(その頃の私の脳内イメージでは関東の全地域が大都会で関西の全地域が歴史保護区だった)からの女学生が、化粧をバッチリしてなんか垢抜けた格好でヒールをカツカツ鳴らしながら壇上に立った時、極自然に「都会スゲー」と思ったのだが、寮内を闊歩する着ぐるみっぽい牛柄がどうやら同じ人間だと気がついた時、「…あれはどういう女なんだろう?」という気持ちになった事を思い出した。私はダルメシアン柄はあまり好きじゃないのだが、牛柄は結構かわいいと思う。豹柄もそうだが斑点が小さいとエグイよね。そのエグさがえげつなくていいんだが。でもああいうの着てカッコイイ人ってなかなかいない気がするね。

パジャマの事で思い出したが、とうとう最低気温がマイナスになり始めた。風呂が壊れたのが早くてよかった。今頃壊れられていては、数日水風呂で乗り切ろうなんて気力は湧かなかったかもしれない。湧かなくてもやったかもしれないが、「ウヒャー!さみー!アハハハー」という楽しさはなかったかもしれないな。それもこれも石油の値上がりで銭湯が全滅したからだとブリブリ腹を立てていたかもしれない。銭湯のオヤジが「もう限界です」と泣き言を言ってるのを職場のテレビでみたからな。この地方地域の銭湯が全滅したのはたぶん石油の値上がりの前からなんだけど。私が学生の頃からポツポツなくなりよった。原油は、先頃なんか急落してたよな。で、減産するとかなんとか。私は新聞を毎日読まず、時々読み(しかも新聞社バラバラとか)、しかも日付が前後してバラバラだったりするので、情報は常にあやしいものなんだけど。
価格の調整はできても、永遠の採掘は無理だから、どのみちいい機会だと思って色々真面目に考えた方がいいんじゃないのって感じもしたけど。それこそ今の時勢では、激烈貧乏人が爆発的に増え、今現在は団塊世代の親になんとか援助してもらってやっていけてるのが親が介護状態になり資産を食い潰してどうにもならなくなった末とか、その子供達とかが貧乏すぎる状態になった時に、普通に働いていたら暮らせません状態で日雇い労働レベルの賃金生活になった時、その集団がある程度まとまってできあがって、尚且つ地域格差ができて貧乏人は貧乏地域で暮らすように追い込まれた時、上下水道共有風呂無しの激安アパートとかバンバンできて、その為に大量の人間に銭湯が必要になったりしたら、薄利多売的銭湯は復活するかもしれないなと思ったりする。


そういえば私はこのトシになって、生まれて初めて己で予約して歯医者に行ってみた。虫歯になった記憶が無くて、「もしかして虫歯?」とときめいてみた。しかし、そうでなければいいのだが、そうもいかないだろうな…と思ったやはり知覚過敏だった。「おぬしはやがて物を噛めなくなるであろ〜う☆美味しいものは食べられなくなるであろ〜う☆」という呪いを受けていたのだ。呪いというより予言?……いや、あれは呪詛に違いないよ。
「なんでそんな事になるの!××さんの所為じゃないの!」
とママンは言ったが、そういう昔の話を掘り起こすな。今更だろう。私は過ぎた事をぐだぐだ言いたくない。まあ色々あって「人生の最後の最期まで残る喜び、どん底まで行っても残る喜びは睡眠と飯と排泄だ!この三つは最重要だ!この三つを疎かにして人類に幸福などありえない!」という確信を持って、「じきに砕けるぞ」等と言われていた私は歯の事は割りと気にしてたのだ。
…実のところ毎食磨いたりしてなくて(職場では磨く。対人職なので気にする)、時々うっかり丸一日ぐらい歯磨きを忘れてたりするので(主に外出時に歯磨きする習性のため。どっちかというと、食べる前に磨く方が多い。定期的にするというより、たまに物凄く歯磨きしたい衝動にかられてする。鏡を見ながらハブラシを駆使して、普通に十分ぐらいやってたりする)、いつ虫歯になってもおかしくない気持ちでいた。
しかし虫歯になった事が無い。そこで虫歯の自覚症状ってどんな感じかわからない。すごーく痛いらしい。腫れたりするらしい。私の虫歯の自覚症状の知識は漫画とみんなの歌のそれだけだ。職場で人に聞きまくって、実際に虫歯の部分はマンガの如く本当に黒くなるらしいという知識を得てみた。しかし禁煙しなくても健康オタクの○型をなめちゃいけない(○型関係ない)。歯周病は不治の病なのであまりなりたくないのだが、虫歯ならなってみたい、皆もなるのに仲間はずれヤダとかいう間違った好奇心があった。間違った好奇心はちょっとあったが、「おまえは食べ物が噛めなくなーるー」の呪いのため、つい「あなた(歯)がいなくなったら、アタシ耐えられない!」一生懸命歯を磨いてしまったのだ。

知覚過敏、かみ合わせに問題ありと言われ、ごまかしごまかし来てたのだが「あー…ついに来てしまったか、この時が」って感じ。「あなたの場合、将来歯周病になって歯が欠損した場合(←老人になっても全くならない人はいないらしい。どう頑張っても少しはなるらしい)、義歯を入れるのは不可能でしょう。歯茎に掛かる負荷が大きすぎます。もう一つの手段もあなたの場合は難しい。残された手段はただ一つ、最終的に全ての歯をインプラントに入れ替える事になる。しかしそれには、かなりの費用がかかるでしょう」と予言され、告知されてみた。その予定高齢でその気力とその費用は無いかもしれないな。技術の進歩とか物価上昇率とか社会情勢とか考えても、格段に安くなってる事は期待できない気がする。
私は半ば、もう高齢者まで間違って生きちゃったら毎日流動食だよ、飴を舐めるのだけが楽しみの毎日だという投げやりな気分だったのだが、処置法を幾つか提示され金額を提示され色々考えてみた。時々もう首取り外してーとか思う、全身の骨格の軋みも原因があらかた顎にある事は推測していたのだ。費用と方法、治療方針を幾つか提示してもらって、銀行残高預金とか定期の満期年とか年収とか親の年齢(←親も結構トシ食ってきたので、突然大病を患うとか突然死ぬとか突然実家に戻らねばならなくなる確率は年々あがっていくのだ)とか考えてみた。……やってる最中に交通事故とか大震災で死ぬかもしれないが、だがなんか、うっかり生き残ってしまうような気もする。だって冷静に考えたらよ、今治療せずに金を抱え込んで使わずに死ぬのと、治療中に使って死ぬのとあまり変わらん気がするだろう。やるか。生きる為の戦いを!なんか盛り上がってきた!

私、ちょっぴり大事を一人勝手に決断して一人こっそりやるのとか昔からなんか大好きやねん。ウキウキする。誰にも言わずに一人旅行して帰ってくるとか、ある日突然引っ越してるとか、ある日突然離職とか、ある日突然就職してるとか、いかに内密に事を運ぶかに燃え、全てが終ってから「実は此間さ」と告白して「えー」ってビックリさせるのが無性に楽しい。好きなのよ。昔から知らんふりして悪い事するのが好きだったろ。「帰ったら作ってやるから危ない事すんな」と言われて「ハイ!」って言っておいて、親が戻ってきそうに無いのをスナイパーのように窓から確認し、速攻で湯を沸かして読める字を拾って内容を推理しながらゼリエ○スを作った五歳の記憶とか楽しくて忘れられん。「制作に○時間、固まるのに約○時間らしい。帰宅までの予想時間は×時間だ。作って、食べて、器具を洗浄し、証拠を隠滅…、×時間もあれば充分に可能だ!」って燃え上がった。「ガキにすらできる事をやっていかないオカンが悪い。おまえがやらないならオレがやるまでよ」とナチュラルに責任転嫁。「絶対に事故や火災を起こすわけにはいかない、それは最大の証拠になる。落ち着いて、冷静に、着実にやるのだ。私は見ていた。全て覚えている。できる。私はやれる!」というあの緊張感と興奮。いつも内緒だ。なんでも内緒でやって、「誰がこんな事したのかしら?」に「さあ…、知らないわ」って『殺人よ、こんにちは』最終回風に締めるのが凄い好きだったんだよ。
それで親の言う事聞けって言われたって子供が聞くわけねえだろ感がある。ボコボコに叱られたって嘘をつくのがさらに巧みになっていくだけだ。
で、日常の決断のスリル。
ちょっと楽しかった。

こう明瞭な正解がある時は、間違っちゃいけないと思うから緊張してダメなんだけど、主に自分にだけ関わる事で、どうしてもいい、どれやってもいい、しなくてもいい、どうすべきかはなんとも言えないという時に、やるかやらざるかみたいなので「私はこの馬に一点掛けだ!やーッ!」って決める時は楽しい。

定期健診にも憧れていて、せっかくなので、歯科衛生士さんにも診てもらった。気になってた事も色々聞いてみる。
「歯磨きは完璧です。後は時々歯科医で歯石をとるようにしたらいいと思います。知識も、とてもよく知ってらっしゃるので特に注意もありません」
えへん無駄知識ー☆
こう暫く歯磨きしないでちょっと時間経ってきたり、歯磨きを丁寧にしなかったりすると、歯の隙間とかなんかフワフワ白いものがつくでしょ。私はあれはなんとなく食べかすのような気分でいて、気持ち悪いから一生懸命磨いていたんだが、衛生士さんが顕微鏡?で見せてくれて、あれは虫歯菌とか歯周病菌とかのコロニーだったのね!虫歯菌って本当にいたんだと実感。あの、みんなの歌とかでガガガ…って工事して歯を破壊してる、昔は比喩だと思ってたよ。形は違うがホントにいたんだな。感動した。あれを現に見ただけで、治療説明が欲しいと要求して医学管理料払った価値がある。いい一日だった。


ところで私は相変わらずです。
いまだにちょこちょこ書いています。楽しいんだもん。一人でこっそりやってるから余計楽しいのかもしれん。こんなん面白いんだろうかとか人の心を気にしないでしょ。私だけが楽しければ充分だからな。原作と微妙な齟齬が出たり、原作に勝手な解釈を盛り込んでも、自分で「これは作者の意図とは絶対違うと思われるが、まあいいか。私が楽しければ!私の心の中だけで展開してるの!原作とは関係ありませんパラレルワールドですから!」とか全然気にしないでスルーでやっていけるしな。人の目に触れると思うと、どうしても原作のあるキャラを拝借してるっていう引け目があるのよな。でもドリームワールドだから!しかも原作でちょびちょびっとしか出てこないもんだから、どうしても話を膨らませるために色々微妙に捏造しなきゃいけなくなる。が、その辺の齟齬も「まあいいか。この人はこの世界ではこういう人なの!他所は他所、うちはうち!」感で突き放せる。
例えばよ、
好きな相手の前に座るのが好きか、横に座るのが好きかとかだって、きっと原作にはちゃんとした設定があるんだろうケド(無いよ、きっと)、でも原作には現れてくれないので勝手に「たぶんこう」とか「こうだったら都合がいい」でやるしか仕方ないじゃない。何が一番好きか、二番は何か、三番目は何か、その幅はどれくらいか、どこまでなら我慢でき、何は我慢できないかとか、事細かくはわからないじゃないの。私はファン白書を睨みつけて考えたんだけど、単にホニャララが好きとか言ったって、それ以外は食べたくないのか、それとも一番好きなだけなのか、たまに食べるのを楽しみにしてるレベルなのかとか色々考えられるんだ。そんな事もわからないのよ。捏造するしかない。インターネットと図書館を駆使して、己が食ったことも無いものに対して熱く語らせる感じ。でもそういう事してるときが一番楽しい。

ちなみに記憶喪失ネタは素晴らしいと思った。だって別れさせたりとかさ、また告白させたりとかできるんだよ?あの時、流れ上やれなかった事、やり残した事を今こそ!と燃える。内省でこうしたらよかったと考えさせたりしてたんだよ。あれを伏線にして展開できる。書いたら書いた分だけ引っ張れる。既に書いた分が全て過去となって、何故こう言うのか、何故こうするのかという伏線になっていく快感がたまらない。さらに、話を進めたいがために書き飛ばしてた分を後から足せるので、何故あの時ああだったのかとか後から辻褄があっていくのが楽しくてたまらない。今書いてるジャンルのは、何故か書けば書くほど面白いほど辻褄があっていくので楽しい。展開のために思考や内省を捻じ曲げる必要が無いのが。いつもはちょっと無理するんだよ。一方からだけの視点ではかけても、もう一方からの視点にした時に自分で納得できる説明にならなくて、今一歩理由が弱いと思わされたんだけど、これはいいね。明らかに誤解させているんだが、逆視点から書いたらそうなるしかないのがナチュラルで。私の中で納得できてるので、説明的なセリフを吐かせる必要が無い。お互いに誤解をして間違った納得をしたまま、どんどん仲良く展開していき、時々ボロが出て大騒ぎになり常に事件が起こる。ああ私はそうなの、人間の付き合いはこうだと思ってるねん。これが楽しいと思ってるのよ。毎回もめて喧嘩させて仲直りさせて、でも内実は理解したつもりで勘違いしあったままの仲直りで、しかし二人とも幸せ。完成度の高いバカップルだ。楽しい。
視点を別にして同じ話を書いたりするじゃろ。すると一方は物凄く悲劇的でシリアスで、もう一方は楽観的でコメディ調だったりするわけよ。全く同じセリフ書いてて全く同じ行動を書いてるんだけど、視点が逆になると受け取りと解釈が違うの。そう、こういう風に私は書きたかった。誤解させるつもりはなくて誤解させていく。すれ違わないように努力するほどすれ違っていく。理由だけがガッチリ噛みあっているのに結果がすれ違う。理由はてんで逆の方向を向いてるのに結果だけ偶然に噛みあう。言葉を尽くして語り合っても、重点的に聞いてる部分が違う。同じ言葉を聞いて、聞き落とす部分がある。言われて思い出せない事がある。でも正面切って対決しなければだめなの。自分の要求を表現しなければならない。理解を求めなければならない。自分の理解を求めるだけじゃなくて、相手の心情を汲み、理解しようと努めなければならない。「わかった!相手はこう思ったんだ!」という喜びがあるの。でもそれも間違ってたりするの。
妙味だ。楽しい。

くっついていって、喧嘩になって、仲直りして、えろす。
あの手この手のバカバカしい理由で毎度同じ事を繰り返す。すれ違いに事欠かない。えろの最中も毎回言い合いになってしょっちゅう中断。どんだけ我慢強くなっていくのか。官能小説というより落語の艶話でも書いてる気になる。私は基本的にギャーギャー騒いでる笑えるえろしーんが好きなんだよ。男でも「今日は生理なんで」と断らせて「あんた男やないの!」とツッコミ入れさせたりするのが好きなんだよ。
えろを翳り無く笑うのは古来より良き伝統だ!という情熱がある。乃木○典が初夜で「子孫のためである。許せ」と臨んだなんてのは、ある意味凄いギャグ。こんな笑える話は無い。下ネタ大好き。今年一番のヒットは、高齢で病気で寝たきりっぽくなった明治○皇だったかが、寝所で便器をあてて排便するのは嫌だ、朕は便所ですると言い張って、頼むから寝ててくださいと何とか止めようとしたどこぞの子爵と揉み合いになり、ついに寝所で粗相しました…という伝説の行状録。さすが陛下、かっこよすぎる。いとやんごとなき陛下ですら率先してそうであっては、高齢者がトイレを失敗するのも何ら恥ずかしいことではなく、一人でトイレに行けない体になってもなんとかトイレでしたい、どうしても人の世話になりたくない気持ちも至極当然のものという気がするだろ。一番笑ったのは、「子爵と揉み合い」のところ。日本の貴族、何やってんだ?いや、「身分が違いすぎて私どもでは止められません」って傍に仕えて世話してた人に応援を求められたのかもしれんなーと思ったけど、それもまたおかしい。這ってでも便所に行こうとする○皇にパニックになる宮中。これ本当かどうか知らんけど、実にいい話だ。
花とか飛ぶの萌えないねん。


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