非日記
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2008年07月18日(金) わかるものなのか。

「男にはわからないが、どんなに若く見える女でも同性なら化粧の仕方で年代がわかる」とどこぞのコラムに書いてあった事がある。その理由は、該当者の世代で流行った化粧の仕方が抜けないからだそうだ。ナチュラルメイクとかああいうの。「世代で流行った」と言われても、その指摘が流行った年代に何歳ぐらいだった時の事を指すのかよくわからん。なんとなく十代半ばから後半なのかな。化粧の仕方は個人の美意識と癖の方が強いように思うが、「男には女の年齢はわからない」ってのは真面目に本当だと思う。でも女にもわからないと思う。

日々会ってる人間には聞かれればホイホイ年齢を言うのに(反応を見るのが楽しい。何歳ぐらいだと思ってたか、人によって二十年ぐらい幅があるので面白い)、何故かこういうところで明言するのはためらい、憚られるのは何故だろうか。個人情報と言えば個人情報なんだけど、職業や住所や本名でもなく、年齢だけわかったってナンテ事無いのは確かだ。幅とって言えば私は要するにロスジェネにあたるんだろうが、ただ自分自身は真剣に懸命に真面目に就職しようとした事が一度もない上、お友達は皆割りとすんなり決まっていったような覚えがあるので、あまり就業の厳しさを感じた覚えがない。
だって私、「やっぱ就職しなきゃいかんよねえ」とぶつりと言ったら、家族全員から「無理だよオマエには」と散々言われ、常に時代の最先端を走り抜けてきた女として別居ニートしてた時には「いいかげん働かなくっちゃねえ」に「働かなくていい」と袈裟切りされてみた。永遠の反抗期なので少しやる気が出たが、私は三度の飯より自分を売り込むのと人を褒めるのが苦手で、人の迷惑にならない仕事ならどんな内容の仕事でも働く事自体は別に構わないが就職活動したくない思いが胸いっぱいだった。

「貴社の素晴らしい業績に」とか言うの無理。
「自分はこれこれが得意でそれそれに活かせると思います」なんて言うの無理。
「こういう仕事に興味があって」とか「こういう事をしてみたい」とか言うの無理。

そんな就職活動すんごくしたくない症候群の私が薄給でも仮にも福利厚生有の正社員の今の地位にいかにして着いたかと言うと、家でゴロゴロしてたら会った事もない今の上司から唐突に電話がかかってきて、「今度新しい部門を作るんでそこで働きませんか?」と言われ、永遠の反抗期中だったために「やります」と言ってしまったからだ。だからやっぱり就職活動をした事が無いままなので、「人が皆乗り越えた苦労を俺は乗り越えてない」と世間に対して引け目がある。「アタシだってすっごく努力してめっちゃ苦労したんだから!落とされても落とされても負けないで頑張ったのよ!」と胸を張って言えない。

うっかり「世代」から横に流れてすぎて大河の流れに巻き込まれかけたが年齢の話だ。

最初は確かお友達が「アンタが何歳かわかったら自分が何歳かわかるではないか」みたいな事を言ったので、「それはわかったらイカン事だったんか!まあ大変知らなかったわ!気をつけなくっちゃ!」と思ったのが発端だったような気もする。以来、深く考えずに「ネット上では実年齢を明らかにしてはいけない」と心に刻まれた。「実年齢を大きく出したほうが自虐ネタや差別ネタが冴え渡るんだが」と残念に思う。ルール重視のため「あーんこれ年齢をはっきりさせなきゃ落としどころがないじゃないの!」と捨てた人生小ネタは数知れない。

職場の同僚と話してたらウッカリな衝撃を受けたりする。「ええー!?おまえら花の子るんるんを知らないのかよ!?OPでるるるんるんるんるるるんるんるん♪って歌うだろ。ルンルン気分の語源だぞ!」みたいな。向こうも「エエー!?そんなにトシ違うんですか!?」である。悪かったな無邪気なオバンで。魔女っ子モノと言ったら私はぺるしゃとかももとかえみとか色々思い描くんだが、向こうさんは断然全会一致でせーらーむーんらしい。あー、せーらーむーんね。アタシ原稿描いたよ。

でもね!

実年齢的に、「花の子るんるんとかごーるどらいたんとか昭和009とかやまととか初代がんだむとか、テレビで見てたと覚えてるのって何かオカシクねえか!?」と自分で思うんだすよ。放映された年を確認して、その時の自分の年齢を計算したら、記憶にあるというのがおかしい。幾らなんでも覚えてるわけがねえ感じのが混じってるんだが、それは再放送されていたという可能性もあるんだが。まあたぶんアレだろう。生まれた時からオタクだったんだろう。後、たぶん無駄なところの記憶力が良い。人の名前と顔は毎日三年会ってても忘れるが、オタク心をドキュンしたものは永久保存版として常に編集を欠かさず記憶の上書きをしている。

てゆうか年食うほどに物忘れが激しくなった。ちっさい頃の方がよく覚えてることがある。

教育書とか発達教育史を読んでると、「あーそういう事やったよそういえば!」ってのが沢山出てくる。「親に同じ本ばかり何度も読ませる」「親に同じ話ばかり何度も強請る」とかな。私の心を一世風靡しロングヒットしたその話もうっすら覚えてる。「見合い結婚したなんだか薄暗い性格の嫁さんの取る深夜の怪しい行動に、こっそり後を付けて行ったら墓を掘り起こして人骨をボリボリガリガリ食べている姿を発見してしまう」という日本昔話だ。

無闇矢鱈と好きで、しつこく何度も読ませようとしていたが、すぐに本を出して読むのが面倒になったらしく記憶を頼りに適当に話し始めた。最初はちゃんと本出して読めと文句をつけたが、まあ物凄〜く面倒くさい気持ちもわからんでもなく申し訳ない気持ちも無きにしもあらずだったので、超絶適当なダイジェスト版で満足する事にした。しかしじきにそれすら面倒になったらしく(何しろこっちは全編細かく記憶してしまっているので「そこはそうじゃなかっただろう!」と文句をつける。「覚えてしまってるならもういいじゃないの!」とママンは言ったが、発達史観の示す通り、そういう問題ではない。中毒患者の如くわかっちゃいるが止められない、已むに已まれぬ欲求があるんだ)、「あの話をして!」と要求するとやる気な〜く「ぼりぼりぼり〜…がりがりがり〜…」と骨を齧るシーン(しかも擬音のみ)だけになった事まで覚えている。激しい不満もないでもないが親に対する思いやりをもって一応満足した。

その擬音だけでブワァと全編のイメージが怒涛のように膨らんだものよ。もうオタク一直線って感じだ。そういう事は皆あったんだろうが、いまだに覚えてるあたりがオタクの才能に満ちていたんかもしれん。

さて問題です。
こっそり後をつけた夫ですが、驚愕と恐怖のあまり嫁さんに見つかってしまいます。夫を発見した嫁さんはニヤリと笑い、自分が墓から掘り起こして齧っていた人骨を「食べる?」と差し出してきました。夫はどうしたでしょう。てこてこぴんてこてこぴん

ちなみに最後はハッピーエンドだ。二人は末永く幸せに暮らしました。


やぐちまさき |MAIL