非日記
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またもや何の気なしに要らん事を口走ってしまい(心の御近所では「口から先に生まれた」とか「口先だけの女」と言われている)、心清らかな聖女の如き上司に「自分が言われたら嫌な事を人に言ったらダメ!」と涙ぐみながら掴みかかられた今日この頃ですが、皆様いかがお過ごしでしょうか。なんともいえない心持ちになりますね。それまでは通常気分でいたのに(まあタイムリミットが近づいていたのでイラついてはいた)、この一言でつい敵対意識がムラムラと。
「自分が言われたら傷つくような事ならまだ一言も言ってねえよ!」とぶりぶり言ったら、愚痴ったお友達は「確かに」と納得してくれたが、では例えば何を言われたら私は傷つくと思っているのだろうかとちょっと不思議な気持ちになった。私は人の予測があまりうまくないので、うっかり口走りかけては(あるいは口走ってしまってから)相手の顔色を伺い、「おっと、ここは危険水域のようだ」とダッシュで引き返す感じだ。 一応予想はするけれど、予想は沢山できて、「いっそもう一言も口をきかない方が話が早いのでは」と思ってしまうんだもの。だからメールや手紙やらは余計に苦手やねん。普通にしゃべるより神経を使う。しかし普通に喋るにも神経を使う。 ただ虚空に向かって一方的に予測を立てながら喋って、というか書いてると、見て聞いてこのぐらいは大丈夫なようだという安心が無い為に、この程度気を使えば大体いいだろうというリミッターが働かないのよな。気を使うほどに「もっとか?」「まだ足りないか?」と際限が無くなって倒れそうになる。「どれだけ頑張れば良い?死ぬほど頑張れば、もう良いと許してくれるのか?」と悲劇的な心地になってしまう。その悲劇的な心地が悲劇のヒロインぶってるんじゃねえよくだらねー!といっそうムカつく。永遠の思春期。いっそ気を失った方が楽だ。
あと、あれもあるよな。親しき仲にも必要とされる礼儀と、慇懃無礼の境界に悩む。昔、オール丁寧語だったせいで、親や友達にシバかれて私も努力し、口調や態度を崩しまくったんだけど、求められてるレベルの判断が適切にできない。やりすぎるとガラが悪いと叱られるが、抑え目にすると余計苛立たせる。盤面が真っ暗で見えない碁盤に向かって対戦者の顔色だけを手がかりに打っていくようなものだ。もう局地的には負けても仕方ない。負けるが当然だ。全体で良い勝負になれば上等だ。どのへんに打った時にどんな反応だったか、記憶を頼りに盤面と試合の流れを推し量る。
延々とそんな調子で戦々恐々やってきたものだから、「自分が傷つく事を言ったらダメ」という言い草についカッとなり、「そいつは随分と気楽で良いね!」という嘲りと、「ハッ!テメーが倫理道徳の指針かよ!?自己中心性もそこまで発揮できれば爽快だな!」という憤りが巻き起こったわけだ。自分がマナーや道徳に関するセンスに関してマイナーかもしれない、きっとそうだ、何もかも私が間違っているという負け犬根性によって「こいつが俺の敵、メジャー派の極右か?!」と、心のバルカン半島に煙草をポイ捨てされた気分にもなった。 「私はそういう人間だと言ってるんだな?」が「なら遠慮はいらないな。なんだか知らんがもう宣戦布告はしてしまったらしい。謝罪が認められないならば攻撃あるのみ。私は敵を甘く見るのも、情けをかけたが為に背中から撃たれる愚かさも嫌いだ。二度と立ち上がれないように草一本残さず焼き払え。敵に背を向けることは許さん。全弾打ちつくすまでは死んでも引き金から指を離すな」という気分に突き進みかける。
しかし相手は涙目です。 こいつ… ムッカー 私は頻繁に直ぐギャアギャア泣く子で、泣くと必ず「泣けば許されると思うな」と余計に叱られていたので、相手が泣いたり泣きかけると頭に血が上って目茶苦茶頭に来て殴り飛ばして踏みにじって細切れにしたくなるのと同時に、「もう止めて!だって泣いてるじゃないの!好きで泣いてるわけじゃないわ!」という気分にもなり、葛藤でギリギリするのです。金色夜叉みたいになります。 貫一&お宮の熱海シーン。 心の貫一の言分はこうです。 「その通り。そうそう好きで泣いてるわけではないだろう。時に、涙は堪えても自動的に勝手に出てくるものだ。俺はJ子とは違う。精神力が足りない、気合で引っ込めろなんて無茶は言わない。あれは人の努力や意図や意思とは無関係なものだ。つまり、あれはただの水だ。なんの意味も価値も無い。勝手に流させておけば良いだろう。高が水が出たぐらいでギャアギャア騒ぐな。感受性の強さは弱さと同義ではない。そんな事で手加減したり退いては相手にもド失礼だ。それが礼儀だ。後で水分補給しておけば問題ない。宣戦布告はなされた。立会人もいる。問題ない。行くぜ、俺のターン!」 お宮「ちょい待ち!私が言いたいのはそんな事じゃないわよ!」
相手の非難に血が上った原因は「たとえ自分にとってはなんでもない事でも相手にとっては大事な事もある」ですよ。この自分の道理を相手の道理に従って袈裟切りに斬り捨て、「これがおまえの理想だ」と返す刀で串刺しにしてやりたい。が、心のお宮が「それじゃモラルハザードよ!」と足にすがり付いて煩いのです。
そういう具合で、心の貫一はいつものようにお宮を蹴飛ばしました。
「性格も口も悪い私は人がどうしたら傷つくのかなんてサッパリわかりませんから、すみませんが自分が傷つく言葉を書き出して一覧を壁に貼っておいてください。それを見て頑張って気をつけます。私は頭が悪いからたぶん無理だと思いますが」 またついぽろっと。 もー、本当にシバキ倒したい、自分。 考える前にこういう事をつらつら口走ってる時に気分が高揚して「さあ来い!撃って来いよ!」な感じになんだか楽しいのもなんとかしたい。 もっと頑張れ、お宮!いや、個人的にはお宮は頑張ったと思います。
お友達が「おねーさんって嫌なやつよね」としみじみ正直に言ってくれ、「えー?かなり頑張ってるのに!」と反論したが、「何かを好きになって夢中になってる時は見てて幸せそうでとても良いと思うのよ?でもね、それ以外はねぇ」ととことん正直に言われ(この諭すような口調がとても心に残りました)、「むむむ…それもそうか?冷静に鑑みればそうかも」と先ごろから反省してたのに、というか反省しようと試みていたのに、どうもうまくいかない。
「…と、言っちゃったわけですよ」と同僚に告白したら、呆れたように「そんな事よく言えますねえ」と言われた。 褒められちゃった☆ 何、褒められてなどいないと?いや、私も皮肉かどっちか悩んだんだけど、まあ続きを聞いて頂戴まし。
「それで昨日和解したんです。まあ私もちょっとは言い過ぎたかなと」 「和解したんですか?アハハ!」 「それで向こうが言うには、私は素直で正直だというんですよ。つい目をそらして『いやそれほど正直というわけでは』とぼそぼそ反論したんです。だって!『俺はおまえが大嫌いだ』とは言えないでいる!」 「それを言えばいいんですよ!私は『あんたが嫌いなんです』とはっきり言いましたよ。そしたら何も言ってこなくなるどころか、挨拶もしてこなくなりますからハハハ!(←それは社会人としてどうなんだ)」 …な? さっきのはやっぱり褒められたのだろうか?という気になってくるだろう。私の腐りきった人間性に呆れたのか、当意即妙のマイルド風味のイヤミの技術に感心したのか微妙だわ。
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ところで、 世の中では夏コミも終ったが、人様は皆オンリーに向けて頑張っているもようだ。 私もオンリーに行きたい!!!! 行きたいよう!!!!ジタバタ
しかしオンリーというのは色々と恥ずかしいのです。大体夏コミや冬コミでも一般参加で一人で行くとなれば、遠方でもあり、なかなか寂しく心細いものがありますが、オンリーは尚の事心細いものです。おっきなコミケなら「それらしき人間・それらしき集団」と同じ方角へ何気なく流されていけば辿りつけますが、オンリーではそうはいきません。遥か昔に初めて東京に行った際、見事自動改札で切符を食われた人間の、見た事も聞いた事も無いどこにあるとも知れぬ会場へ一人向かう心細さ、行ってみて入ってみたら例えば新興宗教のあやしい集会が行われていたらどうしよう的不安は、上手く言葉にできないものです。たとえ心細い者同士であっても、一人ぼっちと二人ぼっちはエライ違いです。
それで色々考えた。 例えば、当日は仕事である。仕事ではあるが、有休が残っていない事もない。できれば有休は体調を崩した際やなんらかの事故、危急の為に可能な限り残しておきたいところだが、広く物事を顧みれば、愉しみによって自らを満足せしめ、何の為に働くのか、何の為に生きるのかの問題意識に肯定的な案件をプラスし、十分な心身の調和を小まめに試みるのも大切な事であり、しかも現代そうした配慮は自己責任の名のもとに自己の裁量に求められるところであるのだ。すなわち、有休とって同人誌即売会に行くのは社会人として肯定されこそすれ、否定されるべからざる良き行いである。その点についてはなんら問題無い。
例えば問題は精神的なものなのである。 夏コミや冬コミの大きなものになれば、色々なジャンルが溢れ狂っているので何を欲しているのかについて自分を誤魔化すことができるが、オンリーではそうはいかない。そこにはそれしかないのであるから、もう会場の前に立っただけで自分が何を望ましく欲してるかについて突きつけられてしまうであろう。「ち、違うもん!なんでもいいんだから!」とダッシュで逃げたい。 まさにお友達とコミケに行った際の、「アンタちょっと何買ったのよ。見せてごらんなさいよ」と提出を求められ、「これは?何なの?」「そ、それは××というジャンルの○○というカップリング…、でございます」「ふーん…。で、これが楽しいんだ?」「た、楽しいです。すみません」な、これ絶対羞恥プレイだろ?という感じに似ている。
またあるいは問題は経済的なものも大きい。 たとえ一日有休で頑張ったとしても翌日は仕事である。片道六時間以上かかる上は、とうてい閉会まで悠長にいられるはずもなく、めぼしいもの(とりあえず一番好きなCPとか)だけチェックして台風のように巻き上げて買いあさった後即座に帰るとしても、翌日の事を鑑みればいっそ飛行機での移動が望ましい。しかし空路ともなれば、片道三万は下らない。往復の交通費だけで六万を超える。これは痛い。そこで次に、片道だけ空路で帰り、行きは陸路を取ることを考えてみた。少しでも安くあがるに越した事はない。しかし陸路は遠すぎる。 そうだ、前日は元々休みであるのだから、途中まで進んでおいてはどうだろうか。一番気安く泊めてくれるうち、というか今までに何度も泊めてもらっていてこっちの気分が気安いうちは…、しかし彼女はその日も仕事であろう。泊めてくれるだけなら泊めてくれるだろうが、しかし。彼女が自分も行きたいって言ってくれれば最高なんだが、ンなわけないしな。何しろオンリーだ。 …確か、あのあたりにもう一人いたな。今年の年賀状で「お近くにお寄りの際は」とか書いてあったのだから、素直にお近くに寄ったらどうだろう。新居も見てみたいしな。いや、待て。あそこは新婚だ。相手が気にしなくても私は気にする。新婚の新築の新居に、コミケに行く為に泊めてもらうなんて、個人的センスとしてちょっと「オイ」って感じだ。しかも私は旦那に会った事が無いが、旦那はあってみたいものだと言っていたらしい。それなのに恥ずかし過ぎる。「ほう、これが妻のン十年来の親友で今からホモ本を買いにコミケに行く途中の往年の腐女子というものか」と観察されるのかと思うと、フルメイクにパーティドレスでサングラス装備で行くしかない気分になる。それにネタが割れている友人の旦那である、しかもパンピーの男性と和やかに談笑する話題が思い浮かばない。兵装や軍備には詳しいらしいが、駆逐艦雪風の話ぐらいしか振れん。やはり「大和」ぐらいは見ていくべきか。緊張で死んじまう。 やはりあそこは避けよう。 あの人はあそこだし、あっちはあそこだし、あそこは?でもあそこは旦那とも知り合いなのが余計に辛いのだ。まさにこれから何をしに行くところなのかはっきりしてる状態なのが辛い。「マニアの間で有名なSMクラブがあるんだが、ちょっと自家用車で送ってくれ」みたいなマネはできない。それだけで既に凄い羞恥プレイだ。
ああんあんあん、やっぱり空か?空路で、こっそり一人で、数時間でトンボ帰りか?往復幾らかかると思う。それで買い物に行くんだぞ。薄給なのに、月の給料がぶっとぶわ。 しかも「どこに何しに行ってたんですか?」とか聞かれたら笑顔が硬直する。どんだけ疲れていようとも、うっかり「日帰りで東京はきついわー」等と口走る事すらできない。 だが仮に朝一の飛行機で関東に飛んだとしよう。空港に着く時間がこの辺だとすれば、会場は○×区であるのだから、まず××駅まで出るのに大体これぐらいの時間。乗り換えのタイミングは東京だからあまり心配する事は無いと思うが、一応調べておいた方が良いだろうな。…で、…で、…となる。やってやれない事は無い。 …だが、もし、万が一、地震や台風でも来たらどうする。帰路の途中で足止めを食ったら?翌日は仕事だ。無断欠勤するわけにはいかない。職場に電話しなければならない。「すみませんが、東京から帰りきれません」おまえ突然何しにそこにいるんだ?いやなんでも、いえちょっとそのなんですか。皆様にご迷惑をおかけしたお詫びに東京バナナでも…、て、嗚呼、ただでさえ金を使っているのに! ああこんな時に、「ちょっとお友達と観光に行ってました」と気安く言えたなら!オタクの馬鹿!
プルルルル…ガチャ
「もしもし?(中略)、それであのねえ、ちょっとお姐さんにつかぬ事を聞くけれど、某月某日あたりに東京の○○区に旅行に行きたいなーとか思わない?」 「お姉さんがオンリーに行きたがって悶えてるの楽しいわー」
鬼だ
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