非日記
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年をとると幸せだった過去をよく思い出すようになります。 耳で聞くといかにも年寄り臭く言いたくないが、昔は良かった。 あんなに幸せだったのに、その時の私は不意に投げ与えられた幸福の重さを量ろうとも噛んで味わいすらもせず、時期がくれば勝手にやってくるお中元を積み上げては礼状の文句を考えて眉をひそめるように間隙からほど遠く放り出して腐るに任せてしまったのでした。 それが直ぐに過ぎ去ってしまう束の間の夢に過ぎないのだと、ちゃんとわかっていたんです。それでも私は与えられた幸福を大切にする事ができなかった。私はいつもそう。幸せなときに、幸せだとわかっていて、なのにそれを心から喜ぶ事ができないまま、指の隙間からぽろぽろと取りこぼしてしまうのです。
あの、幸せだった、先週のニ連休…。 今はもう、遠い遠い昔話。
あの時の私は久しぶりのに連休だと言うのに、食っちゃ寝食っちゃ寝しては何らのはかばかしい行いもせずにだらだらと過ごしてしてまったのです。しかもあろう事か、暑くて寝苦しかったせいもあるが、たぶんきっと昼寝のしすぎで、まとまった夜間の睡眠を十分にとるにいたらなかったのであります。おかげで、毎度の事ではあるが、連休明けだというのにボケッと草臥れていた。正々堂々とした赤信号であるのに、目の錯覚で青信号だと信じてはふらふらと歩み出、中身冷房効いてるか知れないが活力に溢れて突っ込んできたトラックにブーブー鳴らされたほどです。冷静に考えてみると危ないところであった。 嗚呼、今あのニ連休がこの私に下されたならば、私は朝から晩まで食っちゃ寝食っちゃ寝してゴロゴロと怠惰に過ごし、幸せいっぱい夢いっぱいでバラ色の幸福を味わえたであろうのに!何故に私はあのだらだらと過ごした休日の真っ只中に感激をかき抱いて倒れこまなかったのか。怠惰な休日と腕を組んでしずしずとバージンロードを進まなかったのか。どんなに身を揉みしだいて後悔しても、あのニ連休は帰ってこないのです。
うん、何故ふさわしい感激と幸福感とともに過ごさなかったかと言えば、そんな風に過ごしてたら疲れるからだわね。
何故連休が欲しいかといえば、休日が一日こっきりでは私の心は状況の変化に追いつけないからですよ。休みの一日目は疲労をとるためにゴロゴロして使い果たし、二日目は遊ぶ為の心の準備の為に使い、「よっしゃ!さあそろそろ遊ぶか!?」と気分がノリかけたところ、曲線で言うならカーブが曲がった直ぐそこで毎度休日は終了し、出勤日がやってきてしまいます。ちなみに、鋭意遊ぶ為には、さらに遊ぶ日と、遊んだ事を反芻して喜ぶ日と、仕事に行くために遊んだ事による疲労をとり体の準備をする日と「心ゆくまで遊んだからもう満足したわ。これからバリバリ…てゆうかそれなりに働くわよ!」という心の準備をする日が本来は必要です。しかしそんなに自分に合った人生は当然ながら送れません。 そこで、いつも遊んでるのか働いてるのか休んでるのか寝てるだけなのかグダグダになるのですな。
今月はまとまった休みが激少だったために在りし日の幸をぐじぐじ思っていたら来月のシフトが出ましてね、あー、来月は(気分的に)遥かにマシだった。今月より休みが少しばかり多い。幸せ。夢も膨らむわ。来月は沢山寝よう。きっと気温も少しは落ち着いて、段々と涼しくなって、今月よりずっと幸せに寝やすくなるに違いないわ。
そう、ちょっぴり幸せな気持ちになっていたんですよ、私は。 だからそろそろ寝ようかなという時に、少し草臥れてトイレに言った自分が戻ってきた時に気をつけるべき事に気をつけきれなかったのは、そういう気持ちのゆるみがあったかも知れない。と、人間として起こしうる当然の過ちに無理やりに原因と理由をこじつけて、ちょうど人々が不慮の事故を努力や誠意や熱意さえあれば完全制御できたかのようなつもりになり、しかもそれが真実であるに違いないという思い込みに至る過程をシュミレーションしてみるのでした。
要するに、眼鏡を踏んで眼鏡が足の裏に刺さった。
すごい痛さでした。 何を踏んだのかと思って足をあげたら、足の裏から真っ直ぐに生えてました。眼鏡が。 私は眼鏡が「刺さる」事があるなんて、露とも思った事ありませんでしたよ。一体眼鏡なんかのどこが肉に突き刺さるというんですか。昔、何かの折に床に置いてたら走ってきた人に蹴っ飛ばされてレンズが飛んでフレームが曲がった事があり、通りすがりの人が直してくれて以来、床に眼鏡を置いてはいかんと心に刻んでいたのに、眠かったのか何故かうっかりしました。 こういうのをミスと言います。
眼鏡なんかのどこが刺さると思います?どこが刺さるんだと思います?言ってみろよ。
答えは蝶番でしたー。
真面目に刺さった。 足の裏から突き出た眼鏡(だったもの)にどうすればいいのか動揺し、「アタシの眼鏡が壊れた!明日の仕事どうすればいいの?」とショックを受け、しかしもう一つ滅多に使わない少し度の強い眼鏡がある事を思い出し、ついでに私は眼鏡が無くてもそれほど困らないレベルの近視である事を確認し(全体的に少しぼやけ、どうにもこうにもビシっと焦点が合わない事に苛苛するだけ。その苛苛して猛々しくなり荒々しくなって無闇に人を殴りたくなる事が問題)、少し落ち着いて、他に致し方なく引き抜きました。 おかげで前の週に洗濯したばかりの夏布団が転々と血に染まったよ。
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