非日記
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2007年05月11日(金) 無法の楽園。

だるいだるいと人様と言い合っているが、思うに気温や湿度のせいじゃなかろうかと思ったりする。
昨年から今に至るまで、はっきりとした四季の変化があったような無かったような。歯切れ悪し。
確か昨年の夏はずっと秋まで雨が降り続き、かんかん照りの日が極少だったような思いがある。じりじり焼け付くように暑い、じっとしていてもじわっと汗が浮き上がってきてダラダラ流れていくような猛暑でなく、夏にしてはどこか冷え冷えとしていた。それは勿論冬に比べれば暑いのは確かだが、「こんなものだったか?」という。気がつけば秋だったが、メリハリが無かったせいか、心なしか山々の紅葉も地味だった。うろ覚えだが、紅葉は夏の暑さが厳しく、秋の冷え込みが急速できついほど色鮮やかに化けるらしい。

冬に入っても、それほど寒さが厳しくて辛かったという記憶が無い。
だいたい水道が凍りそうな日は夜の初めから「(グラフにしたら)この急勾配で一気に気温が下がっていくと、明日の朝あたりヤバそうな」という気配が体感でしてくるんだが(後は目がよければ小さい星までブレずに見えそうな突き抜けるような夜空の晴れあがりっぷり。明け方に一気に放射冷却が来る!あの大宇宙へ向かって地球の熱は飛び去る!という気配)、今年はそういう雰囲気が全く無く、ずるずるのんべんだらりと寒いだけだった。それどころか、「今は冬だよね」と疑いを抱いた日も多かったほどだ。今自分が住んでる地域は冬は二月から三月が一番冷え込むし、三月の後半から四月に入っても花冷えのような急な冷え込みが来るのが例年だったものだから、「今に寒くなるはず。まだ寒くなるはず」と思いながら気がつけば五月に入っていた。異常気象とか温暖化とか誰に言われずとも(そういう事はもっと長いスパンで見るべきなのだろうから一年程度で言うこっちゃなかろうが、そういう言葉が現実味を帯びて何度も脳裏を過ぎるほど)微妙に気持ち悪かった。
今年はとうとう水道も凍らず、路面がろくに凍らなかったが、ここ数年では久しぶりではなかろうか。数年前だかに全国的に不作になった冷夏などよりも気分的にはずっと嫌な感じだったな。気持ち悪い雰囲気を引きずり続けたというか。夏の長雨のせいかもしれない。

私の皮膚感触では、桜も地味に咲いた。「(桜が咲いて)綺麗だね」と婆さん達は言っていたが、私としては今年の桜は尻が重く、「比較してクールに考えれば今が春って事になるんじゃねえの?だらだらしててもしょうがないだろう。考えすぎて時期を逃すのはまずい。どうも気が乗らないがボチボチ咲くか」という雰囲気でどうも思い切りが悪かった。「来た!いまだ!」という気迫を感じられなかった。

個人的には、植物にも結構気迫があると思う。「ここが正念場だ!」とか、「今がチャンスだ!」とか、「これが最期の!」とか、「一世一代の!」とかの。「やるっきゃないんだ!」とかね。ついでに「あれ?なんかおかしいな…しかしなぁ」という足踏みしつつ世間(環境とか)にズルズル引きずられていく戸惑いや、「あ、やっちまったよ?いや、これは別にその…」という言い訳がましい失敗なんかもあるように感じる。
やっぱり、環境とか気温変化とか湿度だとか、バッチリ決まってる時は傍目に見た感じもビシッ!と行ってる気がするよ。のびのびしてるというか。博徒のような生き方でも自信に溢れて迷いが無く、アカギシゲルのような植物があると思う。「さすがはチキンレースを生き延びた男」みたいな。

チキンレースと言えば、無職だった時に飲み会で「チキンレースしませんか?」と、同じく無職に声をかけられたことがある。
「チキンレース?何するんですか?」
「先に就職した方が負け☆」
慰謝料で食っていた無職の有意義な時間をパチンコ屋で潰していた人だが、さすがは博徒。飲み屋で初めて会った人だったが、言う事が世間一般とは一味も二味も違った。そのただひたすらに度胸のみを競う勝負はチキンの私の心を振るわせたが(「才能も技能も何もいらない。それならこの私でも勝てる」と)、本気で彼女とタイマン勝負したら一生無職のような危険を感じたので(「こいつ…、本気で勝ちに行くなら腹を括るしかないぞ、私!冷静になれ!勝って、勝ってそれで良いのか!?」という感じがした)、受けて立つのは踏みとどまった。私は面白みの無いチキンで良いです。弱虫毛虫で構いません。
しかしこの誘いは、私に「チキンレースとは何か?」という事を直裁に教えてくれ、大変印象深い。

命知らずの度胸なんぞは、幼少期に自分の耳から頭の中に耳かきを突き刺してみようとして血塗れになった時に捨てました。
体重かけただけあって、すげー痛かった。死ぬかもしれんとは思っても、こんなに痛いとは思わなかった…というのが正直な気持ちだった。すげぇ痛くても、その日は出かける予定があり、自分が予定を変える原因になるのが嫌で限界まで我慢した。あまりの痛さに耳に指を入れてみて、ぐっちょり音がして引き抜いたら真っ赤に濡れていた時に、隠し通すことはちょっと無理だと思った。
が、
「何があったのか。心当たりは」と問われても、とてもではないが「自分の頭に耳かきを突き刺してみたくなったのでやってみたが、どうも角度に失敗した。しかしあまりの痛さにもう一度やってみる勇気は出なかった。物凄く痛くても即座に訴え、問われるまま正直に告白したら怒られる事は火を見るより明らかだったのに加え(やってみるべきではない事をやったという客観性はあった)、万が一思ったよりオオゴトで病院沙汰になったりしたら本日の予定が狂うのが嫌で、できれば何も無かった事にしたくて我慢し続けた。しかし流血の濡れ濡れの赤さを目の当たりにしたらビビってしまい、何がなんでも隠し通す事に不安を覚えた結果、現在の申告に至ります」とは最後まで馬鹿正直には言えなかった。

時々、犯人が黙秘を貫く気持ちがわかる気がする時があるよ。法廷でのかけひきではなくて、ロジカルな言葉にする事ができないってのもあると思わんでもない。

新聞読んでた同僚に「何かニュースはある?」と尋ねて「原因不明で幼児が突然死んでたニュースがある」と言われ、相手は子持ちなので「子供は何があるかわからん」「子供は何をするかわからん」と話しあっているうちに、我が身の所業の一つを思い出したわけだが、「子供は何をするかわからん」というのは大人としての視点で自分以外の子供を見てというより、自分はどうだったか、何をやってきたか、どのように思っていたか、どう解釈していたか…ETC.を思い出してこそ、スーパーリアルに切実に思う。
「脳みそに耳かきを突き刺してみよう事件」は子供の無法ぶりを示す端的な事例だと思われる。こんなものは後になってみれば世間話で人に話せるレベルに過ぎないという事が真の子供の恐ろしさだ。ただ「私はもう大人になったので絶対にそんな事はしない」と言い切れないのが人間の恐ろしさだと思う。

小さい頃の事はよく覚えてないって人が多いよね。
私も覚えてなかったのよ、中学ぐらいまでは。思春期あたりで、殆どある日突然、失われた五六歳の頃の記憶を続々と思い出した。色々な事を。ある意味で恐るべき過去っていうか。自分の脳を自分で突き刺してみようなんて、好奇心は猫をも殺すというが、人間を殺すよ。

記憶って恐ろしい。何が怖いって、忘れてたということが怖い。


やぐちまさき |MAIL