非日記
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こないだ日記につらっと書こうとした際に度忘れし、中絶という語がどうにも思い出せなくて堕胎と打ってしまったのだが、考えてみると昨今では使わないのだった。ひょっとすると使うに憚られる言葉なのかもしれないと恐々としてしまった。例えば「インパクトが強すぎる」とか、「やらない方が良い悪い事のようなイメージを持っている」とかでアカン言葉なのかも! …と。 特に「堕」という字があやしい。この字は妙に退廃的な匂いがするし。「胎」という字もあやしい。何についてなのか直接的でリアリティがある。中絶ならば「物事を途中でやめること」みたいな漠然とした意味をもともともっており、語自体の含む意味のうちで対象物を限定し指定してはいないので、無機的で事務的な感じがする。この言葉には、その事を行う人、その事を行われるもの、その行為や選択に対する価値観など、人が乗せる寄せる思いの気配が無い。より中立的な感じがする。だからこっちが良いのかもしれないなあと思ったわけよ。 後でまたちょっと調べてみたら、堕胎の方には「生きている胎児を〜」なんて説明があったりする。…「生きている」。ううん、ヤバげだ。人の心に引っかかりそうな気配がある。
大体「胎児になってから(それをおろす)」って感じがするものな。中絶はもっと前の段階だろう。何ヶ月目までだったか忘れたけど。法律で禁止されてる段階まで行った後の事を言うんだろうか。だから使われないのか?
ところで、新聞とか社会関係の本を読んでるとナチュラルに「中絶クリニック」と出てくるんだが、中絶クリニックというのは産婦人科とは違うのだろうか?私は産科と婦人科は一緒だと思っていたような女の風上にもおけないアホでよくわかってないんだ。 婦人科はあって紳士科???は無いってのもおもしろいけど。元々は要はメインの対象思考が男性で(男性中心社会で)、後から別個に女性について考え始めた(研究し始めた)んだろうかと思うが、そのうち女性についてだけ専門家がいて男性にないのは男性軽視だという事になったりせんのだろうかと可笑しく思う。前立腺の病気だって泌尿器科にまとめられちゃってるのよ?妙だと思わんか。女性性器の病気は婦人科に行くっぽいのに。 あと、小児科はあるのに老人科は無いのよな。老人科にすると嫌がられそうだけど。
また脱線したが、そういう具合で、話題が外れる前の元の日記自体大した事を書いていたわけではないので、ばっさり消してみた。 大体それを書いていてそこへ派生するのがオカシイと自分でも思ってはいた。「〜について、いかがわしく思う。イカと言えば大王イカは〜」といった具合の話題の飛びっぷり。
いや、此間本読んでウニョウニョ考えて、その後新聞記事とかで見かけてからなんかウニョウニョ考えていたのが滲み出てしまったのよな。自分が興味関心がある言いたい事があると、こじつけとしか思えない強引な話題の転換をしてしまうのは同人女ゆえか(同人のせいにしない)。すごくそれについて話したいんだけど(自分も話したいし、人の話も聞きたい)「いきなり話しだすのもどうか」と常識的に考えて、さりげない誘導を試みるんだが、自分でも「いきなり話し出すのはどうか?」と思うような類の話題なので「さりげなく」が上手くいかないわけよ。
昔からよくスルーされるのでスルーされる事にはなれっこだが(幼稚園児の頃は不満だった)、常に微妙に欲求不満だったりもする。人と会話するという事は、言ってみればラブホテルまで行きながら三秒ほどベッドに座っだけで携帯が鳴って帰る事になってしまうような「なんなんだよ!」的欲求不満が大前提になるので、つい敬遠してしまったりする。覚悟めいたものがいるわけよ。 だからこういうところで一人でブチブチ言ってUPする前に我に返って削除したりするんだわよ。
たぶんそう。言いたいことが沢山あるんじゃないかと思う。実は。 「さあ言え」って言われてもなかなか言えないんだけど、実はあるんじゃなかろうか。
「今時間ありますか?」と電話で上司を呼び出して、一時間半以上ああだこうだ言ったら、翌日さらに上の上司から呼び出しを受け、クビになるのかと思ったら、上司に三人ぐらいで囲まれて「一時間時間を取りましたから思ってる事をなんでも言ってください」と言われて「昨日殆どしゃべってしまったんでもう特にありませんよ」と言いながら、一時間を遥かに超過して喋り捲り、「はよ仕事に戻ってこんかい。まだ終わらんのか」と職場に呼び戻されてタイムアップ。「今日はこのあたりで」とお開きになったりするんだよ。 つーかアレはなんだったんでしょうね。
「あれはなんだったんですか?」と尋ねてもチーフあたりは忘れてそうですよ。記憶力も落ちてるようだが(もともとかもしれん)、忙しさにまぎれて。 此間件のチーフが会議(?)だというのに休みましてね。インフルエンザに罹ったというんです。昼食時にそういう話をしておりました。 人「まだ休んでるわけ?」 私「チーフだって大分トシなんですし(←本当)体調崩してまで無理したらいかんでしょう。それでなくてもインフルエンザにかかったら出てこれんでしょうし」 人「まあそうよね。休んでまだ数日か」 私「今夜あたり峠かもしれませんよ」 人「………………」 私「………………」←飯食ってる 人「……今なんか、しらっと変な事言わなかった?」 私「…ん?何か変な事を言ったんですか?何の話です?」 人「いや、あんた今変な事言ったでしょ」 私「私?何か言いました?」 人「峠がどうとか」 私「ああ、今夜が峠かもという話?」 人「冗談よね?冗談なんでしょ?」 私「いや何が?」
よく冗談かどうか確認をとられるんだけど、冗談か冗談じゃないかなんて前もって意識して喋ってないのであらためて確認されると困る。
そういえば、また人と、自分や家人が突然病気して入院なんて事になったら心理的なもの以前に物理的にも色々と準備がなくて慌てるだろうという話をしていたのよ。知り合いが倒れて救急車で運ばれ、家族は病衣を二着と入院に入用の物を買ったが結局直ぐに亡くなり、一着は結局着ないままになった。という話をした。長く患う事になれば必要なものも大量になるが、直ぐに亡くなるのなら買っても全部無駄になり、日常では使わないので勿体無い事になるとおっしゃった。 そこで私は 私「私も無いですが、親も無いんですよね。実家帰ってもあの人らはタオルも少ないしバスタオルなんか一枚も持ってないんですよ。寝巻きも一着持ってるかどうか怪しいもんですし、病衣なんかあるわけがないですよ。今入院になったら全部一から揃えなきゃいけません」 人「うちはタオルはいっぱいあるんだけどねえ。引き出物のが売るほどあるわ」 私「私は一人分でギリギリ回る分しか持ってないんですよ。実家も余分なものはあんまり無いですね。親もトシですし、もういっそここらあたりから買う服は全部病衣で揃えてもらっといたら無駄は無いだろうと思ったりもしますよ」 人「……………え?」 私「ん?」 人「冗談よね?冗談で言ってるのよね?」 私「何がです?」
なんでそんなやたら確認するの(苦笑) 私が凄く本気に見えるとでも? …あのな、本気というのなら本気に決まってるだろうが。それが問題か。 峠の話で言うのなら、私は別段年をとった人間でなくても「いつもと何も違わない気分で過ごしていたが、その頃ちょうど人は死に掛けていた(死んでいた)」なんて悲劇は十分にありうるどころか多発しているだろうから、これもまた「まだ休んでんのかよー」等とブチブチ言っていたら相手はそのまま死んでしまったなんて事にならんとも限らん。それは若くてピチピチしてるのと年取った人間を比べれば確率は高くなるだろうと思うし、後の話で言うならば、仮に物質的に合理性を追求して極限まで無駄(とされそうな事)を省く事を第一義とすれば至極真っ当な選択だろうと思うよ。 だからこそ「そんな馬鹿な」とサラリと笑って流して欲しいのに、あらためて突っ込まれると、さも私が人の想像もしない冷徹な事を当然のように思う冷酷無比の権化みたいじゃないの。違うとは言わんけど、そんなぎょっとした顔をされたら…(苦笑)。
そうした考え方や感覚は合理的で効率的で現実的だと思ってるわよ。ただ自分であんまり好きじゃあない。 私が間抜けで遠まわしな事をうだうだやってたりすると、人によく「効率的じゃない」とか「どうしてそんな無駄なやり方をするのか」と注意され、それは勿論単に私の頭が悪くて上手いやりかたを思いつかなかったり、能力不足でできないってのもあるが、「できない」からという理由だけで「私はこれで良いんじゃ!ほっといてくれ!」と正面切って、あるいは内心反抗するわけでもなく、一部「無駄の何が悪いんじゃあ!効率効率煩いんじゃあ!効率がナンボのもんじゃい!」という憤りもあるのよ。 この非効率的な私の人生(主に履歴書)をごらんなさいよ。「無駄上等!」という信念を貫こうとしている野心をヒシヒシと感じるよ。
人には可愛げのある思考と価値観の方を応援して欲しいが、底意地の悪い方の肩もアハハと笑ってナチュラルに受け入れて欲しいわけよ。気に入らないからって苛めたらいけません。
うんにゃ、しかし私も駄目なのとかあるのよな。冗談に関わらず、なんか同じ事を同じように言ってても駄目な時とかもあるのよ。何が違うのかわからんけど、ムカっとするとかギョっとするとかじゃなく、長さ三センチぐらいの導火線に火がつくときが。よく気が長いといわれるが、べらぼうに短いそういうのがある。職員室に怒鳴り込んだ時とか、「今ちょっといいかしら?」でいきなり電話する時とか、「これだけ言わせて」でいきなりメールする時とか、「そんな事言ったんですか?…ちょっと行って来ます」で事務所に突っ込む時とかはたぶんその導火線に火がついた時なんだ。そして後で一思いに首を括りたくなるのよ。
厳密には底意地が悪いとは思ってない。…実は自分が性格悪いとは全然思ってないのよ、アハハ。まあ他人にも思わんのだけど。いや子供の頃はオカンは性格が物凄く悪いんじゃないかと思ってた☆
てゆうか、だからなんでそう逐一驚いて確認するのよと言いたい。びくびくしちゃうだろ。そういう時には、「矢口さん、そういう事は冗談でも言っては駄目なのよ」とこう言えばいいのよ。そしたら私もそうかと納得して、「思った事は今以上になるべく言うまい」と……なんの問題解決にもならんわね。 あーあー、こういう人を傷つけたりギョっとさせないためには生涯口を縫い閉じていなければならないような人間を一般的に「性格が悪い」って言うんだよ、たぶんね。いやどうかな。
なんつか、「なんて事言うんだ」と思ったなら「こんな人間だったんだ」と思い、「死んじゃえ!」とか適当に思ってればそれでいいじゃないの。なんで私がおまえの中のイメージの自分に見目を合わせなければならないんだとちょっと苛っとするというか。 …あ、アレかも。どこか心を人質に取られて脅迫されてるように思うのかも。「これを本気だというのなら私はアナタを軽蔑しますけど良いんですか?」みたいな。…あー、そうね、まさにそうなのかも。それで「わざわざ了承を取る必要は無い。したければ勝手にすればいいだろう」とキレそうになるのかも。 「私を好きなら××するはずだ」とか「□を助けたかったら○○しろ」とかが全然駄目なんだから。これだけは駄目なのよ。それをやられた瞬間に嵐の中の木の葉の如く引きちぎれて吹き飛んでいくものがあるのよな。「おまえを好きだったことなど一度も無い」とか「□など死んで欲しい」と、そういう方向に走って行くんだよ。もうどうにもとまらない♪って感じで。きっとああいうのを逆鱗と言うんですわね。逆さまに生えているんだな何故か。
久しぶりにムーランルージュのEL TANGO DE ROXANNEを聞いてたせいで一人激情になりかけてみた(笑)。 いやいつ聞いてもコレ、本当にカッコイイ。最高にカッコイイ。惚れ惚れする。特に一度静かになってからの最後の盛り上がりのところなんか倒れそう。笑顔が全開に。こういうの凄く好き。鼓膜が破れそうになる大音量でわんわん聞きたいわ。耳が悪くなるからせんが。
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