非日記
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さっき突然思い出したが、明治一桁はさすがに生きてないのではないだろうか。そんな書いた気がすると思ってみたら、本当に書いていた。 明治末から昭和一桁ってあたりです。 きっと明治一桁も激動を生きて、ゴキを素手で叩き潰していただろう気がするので、そのまま放置でも別にいいような気もするが、私の中では指していた個人が一応いたので書き直す事とする。
私、喋る時と書くときはあんまモノを考えて無いんよな。いかんだろ。 いや、一応考えてるが考えてないような気もする。 大体喋るのちょっと遅いし。本日も
人「×△は○○ですか?」 私「はい、それは○×しました。それの×が××なので、○△が××になっていて…」 人、立ち去る。しかし虚空に喋り続ける私 私「…(略)…だったので、○×しておきました。」説明終了 人、戻ってくる 人「ごめんねー最後まで聞かなくて」 私「いえ、かまいません」はんなり うん、やっぱ結論を先に言うべしという英語は賢いな。「人は人の話なぞ聞かないであろう」という人間に対する覚悟が見受けられる。 たまには早いんだよ。
アメリカ大陸にナイル河が流れてるとか素で言うような人間の娘やねん。「よく考えてみると確かに流れてないな」という。ではいつ何かを考えてるかと言うと、あんまり考えてる感じはしないんだが、それでも一番考えてるのは自分はどうするのかという行動の選択を決める時、とかかな? というか、「本当は、自分はどうしたいのか」を考えるのが一番頭を使うように思う。いかにもバカっぽいが、「本当は」のところを強調したい。
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