非日記
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| 2005年08月28日(日) |
はやいのはあついからか。 |
あっという間に一週間ぐらい簡単に経ってしまう。 「ジルはすすんでるの?」と人様に尋ねてみたところ、「ビデオ見てるのにやってるわけないでしょ」という話。そりゃそうだ。私が見ろ見ろ言ってるんだったわね。そして毎日のように、「今何話目?」と小うるさいメールを送信してるんだったわ。 「そういうお姉さんはどうなのよ?」 ふ、やってたら聞くと思うわけ?
夏休みの終わりになって「ねえ、宿題やった?」と聞く人間が、宿題を済ませてると思うか?「そういうアンタはどうなのよ?」と問い返したら、「アタシはもう済んじゃったモン☆なあに、あんたまた終わってないの?遅れてるぅ!」と答えるようなタイプでは無いんだよ、私は。もしくは、「もう夏休み終わっちゃうわよ。ヤバイんじゃないの?済んで無いなら手伝おうか?」と言い出すような親切なタイプでも無いんだよ、私は。
ああ、どうして私はこんなにゲームをしないんだろうか!(また始まった)やりたい気持ちはあるんだよ。無いわけじゃない。とてもやりたい。 それはテレビを見たい気持ちに似ている。私はテレビを面白くないとは思って無いし、最近知り合った老女のように「色んな絵がクルクルパタパタ変わって、忙しなく騒々しく喧しく、何がなんだかサッパリ理解できなくて目が回る」というわけでもない。
ところが、こう、つい…。 思うに、ゲームというのは時間がかかるわけよ。始めたら、大して進んでもいないのに、三四時間は軽く経ってしまう。そのせいで、やるのを後に後に回してしまうのかな。いや、正直に言えば、ヤル気はあるんだけど、無いのかもしれない。つまり毎度「ゲームをプレイ」する事に熱中してないわけよ。だからよな。 でぃむろすは好き、ているずは好き。しかし「ゲームをプレイ」する事はそれほどでもない。キャラデザが好き。エピソードが好き。シナリオが好き。FF7は好き。しかし「ゲームをプレイ」するのはあんま好きでない。キャラが好き。ストーリーが好き。設定が好き。雰囲気が好き。WAは名作だと思う。しかし「ゲームをプレイ」するのは結構しんどい。 というわけだわ。
前に人と入浴の話をしていた。 「あたし、お風呂は好きなのよね…。清潔にしなきゃとか、入らないと不潔とかじゃなくて、お風呂に入るのが単純に好きなのよ」 「私もよ。気持ちいいじゃないの。すっきりして」 「そうなのよ。お風呂に入るのは大好きなの。…ただ、お風呂に入るのがめんどくさいダケなんだよ」 「そうなのよ!」 「おお、そうよね!?」 「そうよ!」 「そうなんだよ!そこのところを皆わかってくれないわよね!?」 「わかってくれないわ!」 あんなに「我が友」な気持ちになる事は滅多にありません。 基本的に、そういう事は沢山ありますよ。生徒時代に人は「勉強するの嫌い」とよく言ったものだが、私はそんなに嫌がるものでもないと思う。わからないのがつまらん原因で、わかれば結構楽しいんだよ、あれは。明確な正解が予め決まってて、技術と情報と知識を駆使して、決められたルートを通り、面をクリアするゲームみたいなものなんだから。参考書や授業は攻略本みたいなものよ。 私は勉強する事自体はそんなに嫌いでもなかったんだよ。成績はあんまよくなかったが。ただ、勉強するのは、やっぱりめんどくさかったねん。私みたいなんより、ゲーマーの方が勉強するのは向いてると思う。ハマれば熱中できると思う。行列の解法を探すのなんか、隠しキャラを探すような感じでよ。私は確率と並んで…というより確率よりもっと嫌いだったけど。私は微積分の方が好きだった。言うなれば、微積分は「ストーリーがしっかりしてる」というやつよ。 英文法の正解のテクニックはアレだ。公式設定に準じるコト。「キャラが立っている」というやつだわ。各英単語の「性格を捏造」してはいけないわけだ。「こんなの本当のthatじゃない!」というのがあるわけよ。「XXXと○○○がカップルになるわけないじゃないの!なんの接点も無いわ!」という。「私の記憶によれば、○△×と□○は付き合ってるのよ。だってこないだ手を握り合ってるのを見たわ!教科書の三十八ページの十六行目あたりで!辞書にも載ってるんだから公式カプよ!」というノリだ。気が多い浮気性の単語もあるが。
可愛げが無いのがたぶんいけないんだよね。 あの味も素っ気も無いアラビア数字なんかでなくて、ムチムチぷりんのキューティギャルやナイスミドルだったら皆熱中できるんじゃなかろうか。
なんの話をしてたんだ? ゲームをしたいが、したくないって話をしてたんだ。理由はめんどくさくて。 たぶん集中力が無いんだ。辛抱とかが足りないんだよ。そうかもしれない。
休み時間はあっという間だよ。 ビデオみたり本を読んでたらあっという間だが、寝てたらもっとあっという間だ。 四十ヘルツがお好き?四十ヘルツが意識の場だという話を読んでいた。悟りを開くと、脳波は四十ヘルツになるらしいよ?マジ?(笑)それは夢を見ながら寝てるレム睡眠時の脳波と同じらしい。昏睡状態やノンレム睡眠時は消える。つまり脳は何もして無い。四十ヘルツの時は、何かしてるが、特にしてないとも言える。ヴォル○ジンガーとチャ○ルズグレイによれば、脳の全体であちこちに同時に起こる、この四十ヘルツの振動が、バラバラの断片的な知覚を統合し、つまり「意識」と呼ばれるものであるという話だ。 つまりあらゆる物を知覚しながら、それに対して各々に反応しない時、場に残るのは四十ヘルツの脳波というわけだ。これが感情と理性を超越し、それらを統合する「意識」の基盤であると。直列型コンピューターは知性に長けており、並列型コンピューターは人間の情動を生み出すシステムの一部を利用応用しているが、人間には後一つ、この脳全体を覆う四十ヘルツがあると。んで、これがあるから「人はコンピューターと違う」という話のようだ。 色々面白いことが書いてある。 脳が流行のアルファ波を出しているのは、七歳から十四歳時の子供、もしくは大人らしい。「リラックスしている覚醒時」らしい。嘘!私、七歳から十四歳時は覚醒はしてても、その覚醒時に絶対にリラックスしてないぞ! リラックスすべきときにリラックスしそこなって、それで脈拍が速いんかな。
科学なのか哲学なのか宗教なのか微妙で不明だが、この書き手さんは、言い草がなかなか痛快だわ。
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