非日記
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2005年08月16日(火) 生まれて初めて。

私は生まれて初めて、バスが道を間違えたのをこの目に見ました。「あるだろうたぶん、そういう事も」と思ったことはあれど、実際に目にしたのは初めて!正確には「あるだろう」と思っていたというより、「運ちゃんは入れ替わり立ち代りで違う人で、つまり乗ってる私達にとってはいつも同じ道順でも運転手にとってはそうではないのに、何故道に迷ったり間違えたりしないのだろう?初めての経路の時は、やっぱりドキドキしてるのかな?運転手になる前はどうやって道を覚えるんだろう?私なら道路地図だけでは絶対にわからないが、やはり普通の車で何度か走ってみたりするんだろうか?」等と、迷子女王の我が身に照らし合わせて、よく不思議に思っていた…というのが正しい。

録音の声の「次は○○(停留所)に〜」に、何を思ったか突如運転手が反旗を翻し、マイクで「申し訳ありません。このバスは○△経由○×行きでございます。次の停車駅は○○○になります」と宣言。バスジャック?

「…ナゼに?今物凄く珍しい事態が起きたような気がする」と寝かけてた私は我に返る。わくわく期待が膨らんで眠気も吹っ飛ぶね(悪)。
私の気分は「シャッターチャンス!」

「コレの次のバスは確かに○△経由で、殆どがソレ経由だが、このバスは数少ない■■経由だろう。たぶん、うっかり何かを勘違いしてるのでは?」と思いつつ。しかし既に車線も変更し、曲がるべき道も無視して直進し始めていたので、とりあえず私はそっとしておいてあげることにした。
しかしながら、「しかし私が思うには、このまま行ってしまったら…乗客は何も言わないので私と同じく、別に経由はどうでも良い目的地なんだろう。別に怒らんと思う。ついでに、この経由で途中で人が乗ってきたタメシは無いので、たぶん客も待ってないだろうから、利用者的には今回に限ってならそれほど重大ではないと思う。ただし、彼は激烈激しく会社に怒られるだろうな。これはこのまま気づかずに最後まで行ってしまったら会社的には相当オオゴトじゃないのかなあ。人として『…あの?その理由を尋ねても構わないでしょうか?』と声をかけてみるべき?」と、ちょっぴり人としての道を悩む。

流暢に喋ってるテープを自信満々に遮ってまでの事なので、万が一にも、我々パンピーの乗客の預かり知らぬところで、会社の方から指示があったのかもしれない(例えば、何かしらの事故で道路が塞がってるとか。それなら普通はそういう理由を言うんだろうけれど)。それに、実際に派手に間違えていて、うっかり声をかけて「エエッ!」と仰天させ、うっかりハンドル操作を誤るとか、慌てて方向転換しようとして交通法を無視なんて事をされたらタイヘン困る。一瞬、ニュースで見たバス事故なんかの映像が頭を過ぎってみて、「まさかここで死ぬんじゃなかろうな、私?現実的にはそういうのも勿論アリだよな」とも思ってしまい、とりあえず「目的地も経路も到着時間も間違っても許す。そんなのは当面どうでも良いから、安全運転だけをせよ。たとえば私達が時間に遅れることなどは気にしなくても良いぞ。『ありえないと疑われるかもしれませんが、バスが道を間違えたのです』とハッキリ全部おまえの所為にするから、私は全然気にしないゾ!」と確信してみる。
何しろ自分に実害が無いので(悪)、とりあえず観察を続行してみる。ここで迷わず「おっちゃん間違ってるで!」と声をあげないで、とりあえず観察してみるのが私の良いところであり、悪いところだ。

…おっちゃんがしきりに電気仕掛けの料金表をチラチラ眺めてるね。自分が口にした停留所名でない事がそんなに不思議なのだろうか。一体何をいまさら?「録音テープの言う事は嘘である」とマイクで聴衆に呼びかけたのに、私は不思議に思わないぞ。もしおじさんが正しいなら、「テープの音声も間違い、電光掲示板も間違い、料金表も間違い」が正しいんだ。…私の推測では、他の全部が正しくて、間違ってるのはおじさんなんだが、とりあえず次のバス停までよそ見せずに行っておくれなまし。

しかしおじさんは、こっそり秘密メモをチラ見し始めました(運転席脇に吊ってある、通過するバス停の並びと各々の到着予定時刻が書いてある簡素なやつ)。自分が疑わしくなってきたのか?今なら、パンピーの乗客の一言「あの、運転手さん、たぶんこの時間のバスは■■経由ではなかったのでしょうか?昨日まではそうでした。」が彼の心を激しく動かすだろう。が、とりあえず動揺せずに運転して欲しい私はさらに見守っとく。
私にとっては問題は無いが、おいちゃんにとっては大問題かもしれないからね。

あ、どうしたの運転手さん!青信号なのに止まるなんて!次の停留所は目の前よ!なに、何を迷ってるの!?

運「…このバスは、これよりUターンいたします」

「「「あ、やっぱり」」」
小波のように声が漏れ、唱和しましたね。
「すみません。経路を間違えました。このバスは〜(正しい経路の説明)。約X分の遅れとなっております。皆様にはタイヘンご迷惑をおかけし〜」
運転手さんったら、そんな事さらりと言うなんて、大人なんだから!

全員が温かく見守っていたっぽいよ。大丈夫、皆「迷惑かけられた」ってより、「何の代わり映えも無いはずの平凡な日常のはずが、今日は人に話せるような出来事があった」気分でいるっぽい。乗っていたのは皆暢気な人々だったのか、お叱りの声も罵りも無く、なんとなくホノボノとした空気が。あの明瞭な了承の言葉は一言も無いのに、どことなく「良いよ良いよ」としか感じられない空気は、どのような酸素や窒素で作られていたんだろうね。
いや、今日の夕飯の話題はコレに尽きるだろ。皆、「僅かに微笑みながら」下車していったのは私の見間違いだろうか?
運ちゃんが「Uターンします」と断言した瞬間、私の口角は確かにニヤリと引き上がり、その後は微妙に御機嫌で満遍なく無駄に笑顔だったと思うが、その所為で見た幻覚でなかったとは言いがたいね。


私的、今までで一番のベストショットは、
「ある春の日、列車の小窓から首を出して外を見、乗降の確認をしていた新人さんっぽい若い車掌さんが、小窓から出していた首を引っ込める際に後頭部を思いっきり窓枠に強打し(凄い勢いでぶつけた。音が聞こえるぐらい)、ガクリと膝が落ちた後、しばし人形のように凝固し、硬直していた。直ぐに後ろの車掌さん用の小部屋みたいなところに撤収したが、その後もかなり長いこと半腰で無言で頭をかかえ、相当の痛みに耐えている様子が伺われた。彼は車掌を経験せねば、けして知る事も無かっただろう事をついに知ってしまったのだ。小窓から乗降する乗客の存在、安全を確認した後は、車内に首を引っ込める際にも気を緩めてはならない。自分の後頭部にもはなはだしい注意が必要であるという事を!その身をもって噛み締め、誰よりも深く理解したのだ。」
だったんだが。
そしてそのことに車内の誰も気づいて無い様子。誰一人気付いてもい無い中で(私はずっと見てたんだけど)、静かで激しい孤独な戦いが続けられている…そのギャップに、なんとも言えない味があった。なんか、「今私は、けして個人的に知り合うことも無いだろう、通り過ぎていく沢山の人々の中で、ある車掌人生の中の、ある衝撃の1ページだけをモロに見た。なんとなく開いたら、イキナリそういうページだった」という感じ。


やぐちまさき |MAIL