非日記
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2005年06月16日(木) お家に帰りたい。

休日なのに何故職場に行かねばならんのか!
もうお家に帰りたいよう!!!うわーん!!!
まだ出かけてないのに、もう何時間もあとの気分。もったいない。

大体、その時が来るまでが嫌なんだよ、なんでも。来たら来たで、私は大抵怒りのあまり諦めがつくんだが。「月夜ばかりではないぞ」という気分で、殺意を抱きながら諦める。ちょっと器用かもしれん。

他所の職種の人の話を横っちょで聞いていたら、「もうンヶ月休みが一日も無い」などという話をしていた。いくら代わりの人がいないったって、そんな事になったら私は血管キレてしまう。

それにしても暑くなってきたわ。蒸し暑い。
あー、なんか痩せそう。
人は「この仕事についてから痩せました」などと皆言うんだが、私は着々と太ってるよ。なんでじゃ。だって「体調を崩すわけにはいかん」と思うものだから、メシメシをバリバリ食ってしまうのよ。肉体労働だと「使ってるんだから良いだろう」余計に食ってしまうのよ。


ゴキ>>
また先ごろゴキを発見しました。
窓を開け放していると直ぐ入ってくるのもあるんだが、やはり一匹見つけたら三十匹と思うべきか。という事は、(死体3+生者1)×30で120匹いるということか。家が軋んだりするのも、ひそかに120匹がうごめいて重量で家が軋んでるのかもしれない。
てゆうか、ここはもう腐海だ。「ゴキとともに生き、ゴキとともに暮らすべき?」と一瞬悩んだ。私はゴキよりもムカデの方が嫌いなので、ムカデが出たらもっとオオゴトなんだけど。

ゴキの何がいけないのかというと、壁を走り、宙を飛ぶところ。
蟻は壁や天井を歩けるが、縦(厚みというか高さというか)の世界はなさそうだ。私は蟻が墜落死した話を聞いたことはないし、蟻がジャンプするところなんて見たことがない。たぶん何千メートル上から落ちても死なないと思うし、私が思うに、蟻には空中という感覚は無いと思う。たぶん天井や壁から落ちても、落ちたと思わず、「なんだかわからんが、突然ワープした」と感じると思う。(「思う」ほど脳はないし、「感じる・思う」ような意識は無いと思うが)

よく映画やアニメなんかの「なんとかの迷宮」みたいなもので、歩いてるうちにいつの間にか天井や壁を歩いていたりするのがあるが、蟻の世界はああいう世界だと思う。それで、その迷宮に慣れしたんだ主みたいなのが、天井から離れて宙を回転してスタっと降りたりして、重力を無視して自在に移動してるだろう。ゴキはああいうのだと思う。やつら二次元と三次元を自在に移動してるのだ。
天井を走ることもできるが、同時に天井、壁、床等という「足元」から、いつでも自由に飛び立つことができるのだ。恐ろしいやつらだよ。
蟻を三次元につなぎとめられた人間とすれば、ゴキは四次元を自在に移動する天使である。翼をもつもの。しかしその翼は黒い。てゆうか、茶色いな。

今ふと思ったが、
絵画なんかを見ると、常に天使はフワフワ浮いて移動しているようだが、地上を全力疾走したりせんのだろうか?あの足は飾りなの?着地用?飛行機の車輪みたいな?
聖母の前なんかに出現しようと降りてくる時に、あのひらひらしてる服の中から足が「ゴーッ!」て出てきて、聖闘士☆矢みたいに溝を彫りながら着地する。あのサンダル(?)は、その着地時の衝撃を和らげるために履いてる。裸足のやつは足の裏の皮が厚いんだな。
それで偶に足(タイヤ)がパンクしてて、「ゴー!ベキ!」ってこけたあまり、ひざまずいて着地したりする。

現実逃避してみたが、要するに私は、虫で好きなのは殆どおらんのよ。


ところで>
もう二週間ぐらい前から<その森で天使はバスを降りた>の感想を書こうとしながら、達成されてない。ほっといたら書かない気がしてきたので、さくっと書いておこう。

面白かったよ。(←さくっ)

…いかん、終わったわ。

「姉さんがすすめてくれたやつ」と言ったら、「別にすすめてはないよ」と言われたが、「こういうのを見た」という話を聞いたら、私的には勧められたようなものだ。
私は、人サマの感想を詳細に聞くほど自分でも見たくなるんだ。
だからネタバレ大好きなんだよ。他人の感想とか、日記とか見て、何か好きなものに対する記述があって、語り入ってたりすると楽しい。こうね、評価とかレビューとかだと面白くないんだ。私情を交えながら、感情的に熱く(しかも好意的に)語られてる方が良い。
好きな俳優が出てるとか、好きなシーンがあるとかでも良くて、ただひたすらその好き箇所について熱烈に詳細に緻密に書かれてるほど良い。

ネタバレて、ストーリーなどで知らん箇所が無くなるほど興味津々になる。知識として得ても感情的に直接感じないものだから、同じ感想でも違う感想でも何でも良いから、とにかく自分も何か「感じ」たくなるわけよ。
もう人がものすごく「感じ」てるほど、「アタイも!アタイも!ちょーだい!ちょーだい!」という気持ちになる。私は萌えてる時以外は、いつも餓えてるんだよ。萌えてる時は光合成(自分で栄養素を作って自分で消費)を起こしてるが。

次は(いつになるかわからんが)、人様が「面白くなかった」と言った<桜桃の実>だか<〜味>だかなんかを見たい。話を聞くだに、確かに面白く無さそうだったんだが、しかしどのように面白くないかを実際に体験したいわけよ。もし面白かったら、それはそれで良いし。

しかし見ようと借りてきたものの
「だって最後はかわいそうな感じなんでしょ?」
と渋っていたら、
「うーん?まあそうかな」
と言葉を濁していたが、わかりました。なるほど、これは「かわいそう」かもしれないが、後味は良い。強いて言えば、後味が良いところが、後味の良くないところだ。無理に後味を良くしてるわけではなく、ナチュラルに後味が良いところが、また後味がよくない要素ね。
何かの映画祭で上映された時には、会場は涙に包まれたらしいが、黙ってみてたら泣きそこなった。良い話ではあるが、これといって泣く箇所がないような気がする。

人様は泣いたかどうだか知らないが。しかし人様は、私が本編を見ても泣かなかった<海の上のピアニスト>の荒筋を話しただけで、涙がジワジワしてたほどの感激屋さんなので、参考にならないんだけど。指輪王で何回も泣くし、びっくりだろう。
私もたまには号泣したいんだが、最近一番号泣したのがン年前の立ち読みの絵本という駄目っぷりなので。いや、半年内ぐらいのどこかで、目が覚めたら自分が号泣してて、とりあえず休日だったので思う存分そのまま号泣してみた事もあるが、何故号泣してたのか(どんな夢を見たのか)目が覚めた瞬間に忘れたんだ。ただ残り香のような「絶望的な身をよじるような悲しい気分」に浸ってみた。
たまにしか泣かないので、ストレス解消。

そらものすごい失敗をして、とてつもなく怒られたりしたら泣くかもしれないが、そういう「ものすごい失敗」をやたらしてはいけないでしょう?つまり普段は自分が泣かないような選択を故意にしなければいけないわけで、ところが、泣いて問題ない映画や小説などでは、一体どんなものを見たり読んだりしたら泣くかがわからんから難しいわけよ。

ああいう時に万が一発見され、「何故そんなに泣いてるの?」と聞かれたら、ものすごく困るだろうね。「…なんとなく?」としか言いようが無い。「理由ぐらいあるだろう」と問いつめられたら、「馬鹿にするな!もちろんあるに決まってるだろう!ただ忘れたのだ!」だもの。バカにされちゃうわ。

…うう、そろそろ出かける準備をしなければ。
畜生。私の休日を返せ。


やぐちまさき |MAIL