非日記
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2004年07月28日(水) 人間なんてららら。

私にはわかっているのです。自分の悪癖がね。
頭にカーッ!と血が上るわけよ。萌えで。
私はアタマがおかしくなってしまった!
前からおかしいですか?そうですか。良いって事よ!(よくないよ)

追加が来ないので、そのうち落ち着くよ。たぶん。
相変わらず、脳内で映像の再生をうまうま繰り返しているのですが、摩滅してきましたからね。いっそ私は犬を捜した方が良いんじゃないだろうか。
ふん、あんな犬がこの世に他にいるもんか!あんな、あんな!

「後一回ぐらい見にいっても良いんじゃないの」
という御言葉に従うかどうか考え中です。え、だって犬、ちょっとしかうつらないのよ。でも大画面で見れるんは今だけなんよな。

苦しいのは今だけやねん。私にはわかっている。もう人間と喋っていても犬の事を喋りたくて仕方ないのも、犬の事を喋れなくて苦しいのも、人が犬について喋ってくれなくて気が狂いそうなのも今だけの事なのよ。人間と喋ってる暇があったら、犬を堪能していたいのも今だけやねん。てゆうか、犬について喋りたいわけではなく、犬を堪能していたいのよな。気が済むまで。

私は自分の性分がわかっているのですよ。だから私は自分が女で良かったとしみじみ思います。興奮が下半身に直結していたら、きっと犯罪者になっていた。
自分に正直だった幼少期など、「好き!」という感情の昂ぶりのままにビンタしてましたからね。別に殴りたかったわけじゃないのですよ。ただ他に思いのたけを表現する手段がなかったわけで。この興奮をどう表現すれば良いのか。

「おんどれぁ、死にさらせ!」で鳩尾に出刃包丁を突き上げたい気持ちに良く似ているのに。我が身を抑えるのに精一杯で、気も狂わんばかりになっているというのに。
そこで前頭葉の登場です。
これが必死に自分に問い掛けます。
「愛ってなんですか?」

ああ、してきな(=ステキな)犬がきます。してきな犬が。
犬がまいりまーす。
ホームでお待ちのお客様は、危険ですから、黄色い線までお下がりくださーい。

こないだ読んだ絵本を思い出します。

ある少年熊が怪我をした鳥を拾ったのです。大事に連れてかえってお世話をしてあげるのですが、鳥を好きになってしまい、怪我が治っても鳥籠から出す事ができません。熊親が「鳥は空を飛ぶものなのだから逃がしてあげなさい」というのに、熊は逃がす事ができないのです。
「だって好きだから」
鳥はどんどん弱っていきます。ちっとも鳴かなくなりました。でも逃がす事ができません。
「だって好きだから」
おじいちゃん熊が小熊を野原に連れて行きます。おじいちゃは「逃がしてあげなさい」とは言いません。ただ野原で自由に遊ばせてやるだけです。しかし小熊は家に帰ると鳥籠をもって山に出掛けました。
鳥籠をあけて、鳥を逃がしてあげました。鳥は嬉しそうに空を飛んでいきます。
「だって、好きだから」
小熊は泣きながら、いつまでもいつまでも空を見上げていました。
おしまい。

私もいっしょに泣いてしまいましたね。
「だって好きなんだ」
その一言が、切ないー!

「熊!」とか思いました。アタイ「よく我慢できました」なんて撫でないよ!「正しい事をしたのですよ」なんて褒めないからね!
鳥を逃がさなくても殴りますが、逃がしても殴りますから!どうせ殴りますから!
「熊!」とか思って、ヘッドロックかまして、いっしょに号泣しますから。

ああ、どうしていっしょにいられないんでしょうか!
どうしていっしょにいられないんでしょう!
「鳥が弱って死んでしまってもかまわない」とまで思ったのに!
おお、どうしていっしょにいられない事を、わかってしまったのでしょう!
どうしてわかってしまったのでしょう!

神よ、天国はもうここにしかない。
私の瞳の中にしか。(そんなマンガがあったような)
私は目を閉じて、そこに永遠を見る。目を開けたら未来が見える。目を開けていたら現実が見える。けれど目を閉じれば、必ず私はそこに永遠を見つけるだろう。
私が死んだら、心もいっしょに焼いてくれ。悲しみのない自由な空に、私がなれるように。

ガ○デーム!


飛べ飛べー白いはとよー私のこの胸の空をー♪
(みんなの歌より。鳩は死んでます)
ひーとりぼっちのボクとープルーが会ったのはー♪
(みんなの歌より。プルー:犬の名前。プルーは死にました)


今壊れています。
思い出したけど、プルー死んでなかったわ。行方不明なのだった。


やぐちまさき |MAIL