非日記
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指輪物語王の帰還>> ネタバレ(いつも書き忘れてるけど偶にはちゃんと書く) 最後にぎりぎり。最終日は割引サービスデーだったので、新しい眼鏡の調子を見る為にも。 これで結局オール二回ずつ見た事になる。 なんて情熱的な!(そのわりには毎回とことん渋っていたような気もする)
また色々と覚え違いがありまくった様。 見ていて数度は「あれ?この次はこんなシーンだっけ?」と思う事もしばしば。思い出していると、原作と混じるらしい。 えー、私の中にはクリアビジョンで記憶があるのに!また勝手に創作しちゃったのかしら!?(しちゃってるらしい。もしくは夢で見たのかも)
今回は、トイレはせっぱ詰まらなかった。代りに、ガンダルフの髪がいつのまに短くなったのかが気になって仕方なく、出てくるたびに最初から最後まで思い悩んでいた。だって二つの塔で最初に出てきた時は、確かに「白かったので皆がサルマンと見間違えた」というエピソードの為に髪も髭も長くてキューティクルがつやつやだったわよね!? その後で、どこから(いつから)髪が短くなったっけか?思い出せない。ガンダルフの時よりもさらに短くなってしまったきがする。
いえその、今迄黙っていたが、原作で、ガンダルフがデネ公に「おまえは執政だが、わしも執政なのだ」と言った瞬間 「エ!あなたは!?」 と、遺憾ながらはたと心がときめいてしまったのよ。 参謀とか軍師とか副【役職名】とかサブ【役職名】とか、私がそんなポジションを妙に大好きな事を知っての狼藉か。私にしてみれば、「おまえは受だが、わしも受なのだ」と名乗ったようなものだ。気が付いておくべきだったのかもしれないが、青天の霹靂気味。
うんにゃ、まだ私はガンサルですよ。 ガンダルフは「わたしはサルマンなんかどうでも良いと思っておる」と心の底から言い、サルマン先生のブロマイドを軽く踏絵にでき、似姿をダーツの的にできるまで拷問を受けて帰ってきたに違いありません。 「サルマン?そういえば、同僚にそんな者もおったかのう」と答え、「サルマンが邪魔になったらどうするのだ?」という設問には迷わず「排除します」と答えるようになったので、「では戻ってよし。汝が為すべき事を為すがよい」と釈放されたのでしょう。しぶとく粘ったので、あんなに全身真っ白になり、自分の名前や過去をド忘れするまでシバかれたのです。 原作では「思い出すのもおぞましい目にあった。何があったか思い出させんでくれ」と本人が証言していたじゃないの(笑) 黒い方では拷問の末醜く姿が変わるらしいが、白い方では拷問されると白くなるのです。
映画ではサルマン先生が出てこないので、唯一の萌えポイントはオルサンクに到着したところぐらいだ。 「殺っちまいましょう」と言われ、咄嗟に「いかん」と止めています。反射神経です。思い出したように「もう何もできないのだから」と理由は後付けです。 そんなになってもまだ、封印された遠い記憶の彼方に葬られし愛を薄らと覚えているのですね。おいたわしい事です。
「旅はここで終わりか」と死を覚悟するピピンとの会話にも現れております。 「それは悪くないですね」になんとも言い難い表情で「ああ、悪くない世界じゃ」と答えます。 彼の心の故郷には、きっとホビッツに嫉妬にあまり淋しくて虹色になる前の白かったサルマン先生がいて、そこでは自分も無理に白くなって戦ったりする事も無いのですよ。ホビッツに花火を見せたり、古い友人とパイプを燻らして語り合ったりし、家に帰ると白いサルマン先生がいて「おかえり」と言ってくれ、暖かい食卓ではガンダルフがいない間に自分がいかに研究を進め、どんなに頭がよくなったかを偉そうに熱く語り、「どうしておまえはやればできるのに真面目に働かないんだ」と愚痴っては罵るプリティな姿が待っているんですよ(夢) 「ま!?パイプの匂いがするわ!またホビッツのところに行ってたのね!?あんなチュルチュル巻毛どものどこが良いの!もう帰ってきても家にいれてあげないから!」と可愛らしくフテるんですな(夢) ガンダルフが留守のうちに、とことん怪しい通販商品(パランティア)に手を出して、巨額の借金をかまえていたりはせず、怪しい米屋(サウロン)と「私には主人が」等と睦みあっていたりなどしないのです。
<旅の仲間>で、怒りのあまり杖を突き出してガンダルフを弾き飛ばすサルマン先生は、ちょうど、箒を突き出し「おまえが遊び呆けている間にも、家にいたわしは、これで真面目に掃除洗濯をしとったん、ジャーッ!」という姿勢に思われます。「雑巾がけぐらいしろ!」と掃除道具入れのロッカーに叩き込んだかのようです。 二本の杖でガンダルフをぐるぐる回す手つきは、炒め物でもしているかのようでした。「苦手な炊事もこんなに頑張っておったん、じゃー!わしがどんなにスクランブルエッグが上手くなったか、その身で思い知るがよい!」状態です。 フライパンを振って高く放り上げ、チャーハンをひっくり返す際に、ちょっと高く上げすぎたようです。落ちてこなくなってしまいましたね。 そんな時のサルマン先生は、きっとフライパンをもったまま、落ちてくるはずのチャーハンんを待って高すぎる天井を直立不動で待っているんでしょう。一時間ぐらい。 そして、自分が投げ上げたフライパンの中身がどうなったのか、探求心旺盛なサルマン先生は天井まで上がって確認に行くのです。 ああ、そんな幸せな日々!
面影も思い出せなくなってしまった、それが誰で自分がどんな風に思っていたのか思い出そうとすると検閲削除されてしまう、どうしても誰だかわからない想い人を想って、「先に逝って待っておるぞ」か「あるいは、おまえが先に逝って待っているのかもしれない」状態です。 どおうしても思い出せない記憶の壁の彼方に、何かがあるのですよ。自分にとって大切であった何かが!
私にはそう見えました(頑張ってるね) ローハン勢が楽しく酒盛りをしている横で、フロドの事を思い出し、「御心の声はなんと?」と問われて、「生きておる」とニンマリ笑うエロいジジイなんて知りません。見えません。忘れました。
デネ公の性格は原作の抑制気味のカタカタ固い感じの方が好きなんだが、映画版の衣装はどう見ても女王様装束にしか見えない。初めっからヒステリー気味なのが、さらにクイーンっぽい。 「父は高潔な執政だったが、母になってしまい、民の信用を失った」という感じで、「戻ったら父に戻ってくれますか?」に「戻り方にもよる」という感じだ。
…何度見ても、あの距離を火だるまのまま走破するなんて、すごすぎるきがする。しかも丁度良い位置に飛び込み台が(?)。 原作とは別の意味で壮絶(笑)
原作の印象では、<吉原炎上>のラストのイメージだった(苦笑) 栄華を極めた吉原が囂々と燃え上がっているのを、なす術も無く呆然と見詰め、業火に包まれて燃え落ちていくのを背に、ふらふらと歩き出すような感じだったのよ。愛と憎悪、欲望と野望と夢と、喜びと悲嘆、栄光と挫折と絶望と。「おまえにはもう関係ない。戻るな」と言われても、掴みかけた新しい未来をうち捨てても駆け戻り、望んで来た場所ではなかったが「ここが私の戦場。ここで生き延び勝者になるのだ」と覚悟を決め、自分の全てをかけて戦った、その場所の最期を見ずには終われないような、激しくも「こう感じました」と簡潔に叙述できない複雑な気持ちのやつ。 ガンダルフとかピピンとかではなくて、生き残った他の連中が。
気持ちとしては、原作と完全にいっしょでなくても、せめて一棟ぐらい焼け落ちて欲しかったかもしれない。長く燃え続け、それが城郭の外からも見えるような。 終戦すれば、その廃虚を片すところから、新しい生活が始まるんだろうという感じが欲しかったかもしれない。戦乱の後に、何一つなくなった空虚な廃虚の中に入り、その虚無を踏みしめて、最初の一石を人の小さな手で掴み、遺恨の瓦礫を我が手で掻き分けるところから全てが始まるように。
私は戦争は知らない世代だが、例えばそれはちょうど、遺族が、死者が生きていた証を一つずつ片付けていく痛みに耐えるのに似ているように思ってみたのよ。 例えば、葬儀が終了してしまうまでは、バタバタとして忙しない。弔いが終わってしまうと、そこからがやっと遺族の生活だ。 同居していた場合は、生前暮らしていた時と同じままの形でそのまま遺すという事もするだろうが。そこを引き払う時や、死んだものの為に場所を確保できない時とか、金銭的な問題などで維持する事ができない時とか。
別に暮らしていれば、故人が暮らしていた家へ行き、故人が生きている間はけしてそんな事はしなかっただろうが、故人の鍵を使って招かれもせずに戸を開け、最後に食べた食器を流しで洗い、最後に着ていた服も含めて洗濯機に入れっぱなしの汚れ物を、故人は二度と着る事はないのに洗ったりする。 二度と暮らす事の無い部屋を掃除し、二度と触る事の無い故人の所有物を片付けていく。それは故人が好きで選び使ったもので、故人の物だ。それらを愛したのは自分達ではないが、それらを処分する。 どれほど愛着があったろうと思い、思い出す。だが、死後まで持っていけたものはない。棺桶に入れる事のできるものと、入れる事のできる量は限られているし、それは葬儀の前僅かな時間で他人が選別しなければならないしな。 自身の肉体すらも、この世で朽ち、塵にかえり、元素に戻っていくのだ。 残すものと捨てるものを他人が選り分けていく。故人が隠したかった秘密があれば、生きていたなら触れる事も無かったろう奥にまで許可なく入っていき、黙って処分していく。形見分けしたり。 捨てるところから始まるのよな。 多くの人が暮らしていた賑やかさを記憶に、居なくなった者達を思って、もう誰もいなくなった家屋の中を床を踏みしめて歩き、二度と故人に使われる事の無いものが散乱している部屋をながめたりしながら(片付ける者もいないそれらは、ただ処分される)、ミシミシ歩いていき、立ち去る前に床や柱に触ってみる時だとか。
昔日を偲ぶというか、なんというか。
あるいは、自分が暮らした家が他人の物になり、見知らぬ人々がそこで暮らしているのをひっそり眺める気持ちにも、少しは似てるかもしれない。 もしくは、誰も住む事の無くなった家がブルドーザーで壊されていくのを眺め、更地になってから入ってみる時とかも。 そうしてそこにやがては建つのだろう新しい家だとか、新しくやってくる人々がいて、その人々にとっては、そこが以前なんであって、どんな人が住んでいてどんな風に暮らしたのかなど、何の意味も無い事であり、あるいは知りたくも無い事である事を思ったり。 そういう感じだろうか?とか。
ともかく、 原作には、その手の雰囲気がジワジワ〜とある気がするんだが、映画ではイマイチ薄いようなきがする。 「おわった!おめでとう!万歳!」という感じが強くて、どうも後味が薄い。それでは、原作に染みとおった匂いが欠けてしまうような気もするんだが。 そういう事は考えないものなのかな。完全に別物として考えるべきなんだろうけれど。んー…ん? でもなんか勿体無いような(苦笑)
ま、私が勝手に感じただけかもしれないが。普段、小説(物語)といったら、ほっといたら、コバルッティでハーレクいーンなラブ全開でベタ甘でラストが必ずハッピーエンドである事を断固確認してからしか読もうとしないような駄目人間っぷりなので、どう感じるべきか、どうもこうも自信がないのよな。いや、どう感じる「べき」なんてのは、関係無いのか(苦笑)
ところで、<すたーとれっく・ねくすとジェネレーション・ネメシス>の冒頭は副長さんとカウンセラーの結婚式なんですって! したんか!?見なきゃッ! 私はあそこのバカップルが大好きなのよ。「だってあなたが脅えると思って」の、あそこのバカップルの為にDVD買っても良いぐらいだ。
某嬢の感想では、何故か「アタシ、ファラミアの顔がイマイチなのよね…」等とブイブイ言っていた。私もイマイチで、エオメルの顔と髪の方が結構好きだが、「わざわざ言及するなんて、そんなに気に入らなかったのかしら?」と思ったものよ。 某「私は…なんてゆうかのかしら?ああいう、ああいふー…」 私「キレイな顔は駄目なのよな?要するに」 某「そうなのよ!」 「ギムリは好きじゃろ?」と言えば、「あの顔は好きネ!」と力まれた。
エエ、某嬢の好み、私はよーくわかっているつもりだ。 「これが好きー」と言うのを横目で観察してきた結果、結果考察としては、「黒毛のもじゃもじゃ」か、「毛無しのツルツル」よ(といえば怒られるかもしれない)
私は基本として素麺のようにサラッサラのロング・ストレートか、緩やかなカーブをもった豊かなロン毛で、しかも髪色は白髪から金髪までの色素が薄い方が好きで、肌の色も薄い(白い)か濃い(黒い)かが好きで、性格はちょっと「頭がよくて偏り気味」の扱いの難しい癖がある奴で、動きは静かで優雅なのがジャストなんだが、姐さんは、顔が半分隠れるぐらい髭がもじゃもじゃで、髪ももじゃもじゃで、毛だからけのやつ(毛並は黒で縮れ気味)、性格は主に「ピュア過ぎ気味」の、例としてはギムリやハグリッド。もしくは毛が無い艦長(パトリック)が良いのよな!?
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