非日記
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2004年05月14日(金) 友達?

「また猫がいた」という話をしていたら、「すっかり友達ね」と言われる。
友達ですって?
ノン、違うわね。おそらく私は移動する「自動飯出し機」なのよ。

さんさんと照る日中、日陰を求めてさまよった私は、初めて、晴れた日に奴に会った。
…そろそろ名前をつけてやろう。仮に猫と呼ぼう。
先日は雨だのに居なかったというのに、晴れた日に、いつもの場所に黒い塊が寝ているのを発見したのだ。「雨じゃないから居らんだろう」思い、肉がない。「しまった」と思ったが、私を発見した途端(いつも同じ格好だからだろう)遠視でも即座にわかったらしく、突如飛び起きて鳴きながら走ってくる。
まるで、休日にゴロ寝しているところに待っていた焼きイモ屋の声がしてきて、「やあ!来た!来た!」と起き上がり、傍らに置いていたサイフだけをむし掴んでサンダルを引っ掻け、路上へ颯爽と踊り出すお姉ちゃんのようだ。ほうら、私は友達ではなく、イモ屋なのよ。

なに寄ってきとるんじゃ。君がいたとこへ、これから私は行くのよ。
そして猫はUターン。ニャーニャーうるさい。
もはや迷わず真横を陣取り、ツブラな瞳で私を攻撃。
何故私を見詰める。
私に残された選択肢は、その持ちやすそうな頭をわし掴んで遠くへ放り投げるか、ニャーニャー煩いのを根性で無視して一人涼しい顔で飯を食うか、さもばくば昼食を分けてやるかだ。
良心のゆとりと根性の無さの為に、昼食を分けてやるしかない。最初から、もしも居たなら飯をやるんだろうと、それ以外の選択肢が私にはないんだろうと私にはわかっていたのよ。ただ晴天だから居ないだろうと思っていただけで。

私の夢は、いつかあの握りやすそうなジャストサイズの頭をこうやって(←?)後ろから持って、指の間に三角形の耳を立ててみ、それがクリクリと例の不可思議な動きをするのをじっくり眺める事よ。きっと面白いだろうと思うわ。
…昔「私は猫が大好きなのよ。もー、すッごくネ!可愛いわネ!」と言っていたら、「その、何かを左手で握り、その先を丸くワシ掴んでグリグリ捻っているような手つきは?一体何をしているので?」と突っ込まれたのだった。おっと、夢想が迸っただけよ。
現実の前に私は無力なんだわ。

飯をやると鳴かなくなり、煙草を吸い出すと、こっちを気にしなくなる。私が煙草を吸い始めると、それは食後の一服であり、もう食べ物を持たない事を知っているのだ。

晴天で暖かかったので、微風に吹かれながら、周囲をフラフラしていた。
やがて草葉を掻き分けて歩き去っていき、私はそれを眺めた。

もしも私達が友達であるとすれば、私どもの友情の発露はこの、食事を終えてから猫が去るまでの間、猫が目的不明に私の半径約1m以内を点々と移動しつつ偶に鳴いてみたり毛繕いしたり背伸びしたりし、私の二本の足の間をくるくる回ったりし、それを私が足で挟んだりしていた、その十五分ほどの意味不明な時間にあるんかもしれないわね。
あるいは、それはイモ屋への代金かもしれない。


ところで、また上映回数が変わってる!(のを発見したわけよ)この野郎!
なんで増えてるんじゃ!

王の帰還感想2>
またネタバレと書くのを延々忘れてる。原作も映画もいつもネタバレ。

前の自分の感想(英国人の道徳観が云々)を見て思ったんだけど、そう言えば、それで、アラゴルンの母親は「自分の為には使わなかった」で、アラゴルンは出会った当初「折れた剣」を「あまり役に立たない」と自分で言いながら持ってきており、御宣託は「折れた剣を探すように」になるのか。
「自分の為に使わなかった」は、「母親が当然我が子のしあわせを願う気持ち」を前提とした詩?(発言)という事になる。
仮に万が一もしも自分に子供が居たら(できたら)、どんな風に育てたいとか、どんな風に育って欲しい的なのが、絶賛空白で欠片も思い浮かばないので、そんな風に書かれても、それをどう思えば良いのかよくわからないんだけど。


ところで(先日の)あんな夢を見たのは、きっと、原作をちゃんと一読した結果、原作のアルウェンのどこが控えめで大人しい「お姫さま」なのかわからなかった所為だろう。人の話を聞いていたところでは、大体常に、芯は強いが控えめでじっと我慢の奥ゆかしい、王道をいく「お姫さま」という印象だったんだけど、しかし実際に最後まで読んだ結果は、えらく極道の女という印象だった所為だろう。

なにしろ、<王の帰還上>P.82は、私にはこう↓聞こえた(読めた)んだもの。

「姫君はあなたに伝言もよこされました。『丁か、半か!?恙無く振りたまえ、石を!』」
「それであんたの持っている物がわかった」

つまり、サイコロじゃろう。
それで極道になったんだ。博徒に。


やぐちまさき |MAIL