非日記
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2004年02月23日(月) ふと思ったが。

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アラゴルンが「ガンダルフが自分にかけてくれた信頼も無駄だった。だめだったのはこのわたしだ」と激しく嘆いてるのは、フロドを一人にしてボロミアと二人きりにした事や、フロドを捜す場所を間違えたとか、ボロミアを助けにいくのが間に合わなかった等という単純な事ではなく、ガンダルフが死んだ後、ロスロリアンの森に皆を(特にボロミアを)つれて入ったことか。
確かに、あれが最大で致命的な判断ミスかもしれない。
…(名づけ)親バカ…?(笑)

「ホビットが指輪の誘惑に強い」というのは、自分が「『正しく』ありたい」とか「何かの為に命や人生を捧げたい」とか「何かを成し遂げたい」とか「良い事をしたい」とか、そういう欲求や欲望が殆どなく、自己肯定の理由をそれほど強く必要とせず、それでしかも生きること自体を(それだけで)楽しんでるからよな。
それでガラドリエルの光の前でもまだボロミアほどは激しい影響を受けなかったんかもしれない。それでも
そうよな。思えば、メリーもピピンも、ホビットとしては少し変わってしまうわけで、そしてサムも確か少し変わってしまうわけだし。
指輪の所持者となった上にナズグルの剣に刺されたあげくガラドリエルの光を浴び、ホビットとして生きることが僅かな間しかできなくなり、次第に欝欝と閉じこもりがちになり、ついには西方へ発つことを決意するに至るフロドほどではないとしても。

食べることが一大事の喜びで、やがて死ぬとしても家系図を非常に大事にしており、「自分がその命の連鎖の一部である、鎖の中の一つの輪となる」と言う事自体が既に命への誇りで肯定なわけだ。
それで命の連鎖にだけではなく、自分自身に成し遂げられること(旅だとか)や善なる価値(庭師のサムを友人のように扱う)を求めており、結婚して云々ということにもあまり興味が無いフロドはホビット庄では少し浮いていて、陰口も叩かれるが、だからこそ「ホビット庄を守る」という目的によって指輪の棄却に行け、それが達成できるわけで。

それでは、
ナズグルの剣に刺された傷が癒えず、「その傷は生涯彼を苦しめるだろう」というのは、「ただ生きる事、命自体には価値など無い(例:ホビットの家系図などゴミだ)」という思い、…ということか。
たとえば、サウロンの意に沿い、彼を信じ、彼に愛される(?)ように、サウロンの為に生き死ぬ事によってのみ、命には価値があるとか。

そして「正義の為に」あるいは「自身が何か大きな事でも、あるいは小さな事でも成し遂げたい。成し遂げる礎になりたい」という欲望によってナズグルは闇に下った存在なのだから、「パワーゲームに生きる男ではナズグルを倒す事はできないだろう」という予言になるわけだ。「自分と同じもの」だから、それを拒否し否定することはできないだろう、だ。
それが善なるものであろうが悪なるものであろうが構わず(そしてやがて必ず死ぬものであろうが構わず)、産み落とし愛し、ただ命を守り育む事ができる(母たる)イヴでなければ。自らが正しくあろうとするものは「正しさ」の前には無力だ、とそうなるわけか。


ということは、
アラゴルンがめちゃめちゃゴクリに嫌われているのは、ゴクリにも同じような事をやったんか?ガラドリエルほど一撃必殺ではなくても。
それで分裂しちゃったんか?それでしきりに「スメアゴルは良いスメアゴル〜」と言うんだな。

アラゴルンはゴクリを連れて来るのが大変だったみたいな事をブツブツ言ってたが、やはり、その裏で「あんまり大変だったから私が思わずプッツンしてしまったのもしょうがなかろう」と悪事を働いていて、「しかしちょっぴり悪かったかもしれん」と反省し、ゴクリがいかに面倒で嫌な奴だったかを熱く熱くとうとうと語りまくり、「あんたは悪くない。仕方無いよ」と言ってもらうのは我慢していたのか?(苦笑)

悪いところが見えるってのは良いところも見えるって事なんだろう、たぶん。片っぽずつだけ上手に使えば、ボロミアの自己嫌悪の由縁と理由を片目で見て理解し、ボロミアが見えてない自己肯定できる方面に目を向け気付かせるよう促せたわけで。しかし逆に使えば、つまり自信満々な奴を一気に鬱病にでき自殺に追い込める、というわけだ。
それで「折れた剣」一本で平気でフラフラしとったんじゃな。まずモルドールの者は近づくことも無いし、人間に対して最も危険で最強の武器は、他人の心を操り強姦し殺害できる脳にあるわけで。

ガラドリエル様にしたって、あれは現在ではなんと言うかというと、あのような視点の変更を悪意をもって強硬に強いる事を「モラル・ハラスメント」や「モラル・ハザード」と言い、「犯罪」として厳罰に処することは現行の法律ではまず不可能だが、個人の尊厳を破壊する「人としてやってはいけない事で、暴力よりも性質が悪い。何故ならこれに耐え、その相手に勝つことができるのは、その相手よりも更にモラルハザード的な人間であった場合だけだから」として草の根啓蒙活動が行われているよ。
だからガラドリエルは深い森に居り、たぶんエレンディルは国を分けたのだろうしな。

そういう失敗が山程あって反省と後悔を繰り返し、経験値を溜め、最後には「癒しの手」とやらになり、ボケて自制心が弱くなるのは嫌だーとゴネたんか(笑)わかるような気もするね。
たしか原作では目の色は「灰色」だったものな。エルロンドが非常に優れた癒し手であるのも、自身が「半人間で半エルフ」だからなんだろう。


では、アルウェンが「もしアラゴルンがここへ来たら、渡してくれ」と緑の石をガラドリエルに預けたのは、
「もしもロスロリアンの森へ入り、そして彼が自分の心をガラドリエルの光の下で見た時には渡してくれ(=貴方が見た自身の心がどのようなものであり、たとえ、貴方がただ自分の自尊心の為に私を支配し、人間と同じ何かに心を縛られた存在に引き摺り落とし、死に至らしめたいという冷たい憎悪ダケだったのだとしても、私の貴方への気持ちは変わらずこうであるとそう伝えてくれ)」
ということか。
それであげに感激したわけか。
大体は既に自分でもわかってた(こういうモノだと思ってるものを見たか、常々結構深くまで直視していた)んだろうから、長く見ていられたんだろうと思うが。それで「アラゴルンが手に取ると、ナズグルの剣は崩れ落ちた」という事になるんだろう。


しかし、よってそんなアルウェンの返事を知ってしまうと余計に躊躇い、最後の最後で「西へ渡れ」と咄嗟に口走り、「行かぬ」と言われて「もう何をどうやってどうなっても良い。私は、し・あ・わ・せ…☆」と
♪肩の向こうにあなた〜、山が〜燃える〜♪で、♪戻れなくても、もう良いの〜♪な、天城越えで六本木心中状態になったんだな(苦笑)


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