非日記
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2004年01月23日(金) 捏造(2)

本当に、ロスロリアンでボロミアに話しかけるアラゴルンはそんな感じ(私が思い出した感じ)で、ああいうセリフだったかどうか、病床の身をおして確認を試みた(下らん事には情熱を燃やすねんな)

よし、イケそう。
そのまま手前勝手な「白い巨塔」風にしてみた。
(本当は、財前教授が浪速大学に残り、里見助教授は大学を去るらしい)
すると、ボロミアは里見助教授の息子さんで。
↓↓↓
ア「私の患者は私が治す」
ボ「私の患者…私の患者と言ってくれるか…」

ア「安らかに眠れ、浪速大学のドクターよ」

どうよ。駄目か。私がアホか。
でもしかし、アラゴルンが名前を隠してゴンドールに行っていた頃のソロンギルという男が、実際は財前吾朗みたいなタイプだったってのには自信があるんだー。

皆が奴を弁護する。あまりにもアヤシイ。怪しすぎるぐらい怪しい。
…ウ、しかし怪しすぎるぐらいアヤシイと、かえって怪しくないかもしれないな(混乱・泥沼化)


アラゴルンがフロドにあった時に、「おかしな風に笑って」言う
「だがこれだけは認めざるをえないだろうが、わたしは、あなた方が私自身の為にも、私を好きになってくれることを望んだのだ」によっても。
追補編を見てから戻ると、ソロンギル時代を、思い返して自嘲してる気がしないでもないんだが。おかしな風に笑うって要するに自嘲だろ?
最初は単純に、その直前までのゴクリとの道中を思い返して、「あれは最悪だった」と思ってるのかとも思ったが。どうだろね。

「白い巨塔」は舞台がアレだからアレだが、要するに、病院の伝説の創設者の息子か孫が名前を隠してやってきて独力と自力で空席の病院長に伸し上がろうとする感じだろう。
たぶん、割りと良いところまでは行ったんじゃないかと思う。王位にはつけなくても、執政の跡継ぎのデネソールとタメを張るぐらいの名声と地位を、一介の無名のどこから来たかもわからん男が高高二三十年で手に入れるんだからな。残ってる記述だけ見ると。
だが、何世代も戻らない者をただひたすらに待ち続けられるような存在にはなれなかった。だから去ったんだろうと思ったんだが。ならなかったんじゃなく、なれなかったんだろう。
直でゴンドールに行ってないのは、なんだろうな?
ゴンドールの王になる気ではなく、世界征服を目指していた?なんか違うな。
気持ち的には、「エレンディルの子孫だから」では王になりたくなかったし、どうもイマイチ自信が無かったので、名前を伏せて、しかもゴンドールではなく周辺からスタートしたんじゃないかってきがする。
個人的には、自分がエレンディルの子孫だってのは考えたくなかったんじゃないか。「名前がでかすぎるだろ」とは思うが。エルフにとってはどうでも、人間にとっては、名前だけが勝手に一人歩きししそうよな。

その辺は、後になって言ってしまえば、若さに任せた安いプライドなのかもしれない。
アラゴルンは結局最後は、その個人を押しつぶすほどの名前と血筋さえもサウロンへの計略や民衆の人心の統一の為に、策略に組み込んで利用する判断を下すのだし。
年の功ってやつか。
自分の血筋と名前も使えるならどうにでも利用しようという決心が固まるのは、「ミナスティリスを守る」とボロミアに約束した時ではないかってきがする。それまでは、まだ「個人」で居たいという私欲の方が、ミナスティリスがどうとかゴンドールがどうとかいうより強くて。


面白いのは、ゴンドールを「去ってから」、アルウェンと婚約し、その後は何十年も一度もゴンドールに戻った痕跡が無い点かもしれない(ちゃんと読んでないので、ひょっとして、ちょっと順番間違えてるかもしれないが)

もしもアラゴルンが誠実だとするのなら、それはアルウェンにではなく、アルウェンを好きだという自分の気持ちに対してだろう。
だから奴は、「人間の友人としてエルフの代表として残る」などというアルウェンの生涯最高クラスだったろう、アラゴルンに対しての嘘を許したんじゃないんか。・・・私は嘘だと思ったんだけど?
だってアラゴルンが死んだ途端にそこらへんをさ迷ったんだろ?
人間の友人のエルフとして残ったのなら、不死だったんじゃないんか。
このへんがよくわからない。
私は、彼は察していて、だからそれに何も言わなかったんじゃないかと思うが。それで臨終の際に、「悲しむな」と言いおかずにおれなかったんじゃないかと。アルウェンはもうエルフではなく、命のなんたるかを知っている人間なんだからな。

アルウェンのタメなどと思い、アルウェンの事だけを考えるのなら、アルウェンをは断固諦めるべきだろ。そしてドゥネダインの首領として義務を果たすのなら、事故や戦闘などでウッカリ早くに死んだりする前に、即適当なのと結婚して神速で子供をつくっておくべきじゃないんか。
なのに、アラゴルンはいつ死んでいてもおかしくないのに、八十幾つまで独身で、指輪戦争中にエオウィンと結婚もできたかもしれず、しかも生きて帰ったものはいないという道に行く直前だのに断っている。
この状態を、二十代でアルウェンに逢った時からだから、六十年近く、ドゥネダインたちはどう思っていたんだろうな。
激しくモメとったんじゃないんか?
そんで何かあったら即、副頭領が頭領になるという前提で、野伏としては働くが、首領として野伏にたいするそういう義務は初めから考える気が無いと表明してあり、そういう意味では死んだものと思え状態だったんじゃないんか。
旅の仲間になった時点から完全に個人で動いてるっぽいものな。「フロドについてモルドールに行く」となった時には、「もう戻らんだろうと思って、以後は全て副首領を頭として従いなさい。サヨナラ」だったはずだ。
会議の前や後には裏でバタバタ引継ぎなんかをしてたんじゃないか。
だから来た時に、「来なくても全然おかしくない」から、あげに感激して喜んだとか。

ともかく、
ソロンギル時代には、ものすごく結婚したくて、ほぼソレしか頭に無かったんだろうと思うけど。その時はまだアルウェンの気持ちは掴んでないんじゃないかな。そんな記述を見た覚えはないが(しかし私、全部読んでないしな)。
「二人でいっしょに」って言うんじゃなくて、「アルウェンを手に入れる」式で。♪もうすぐわたしきっと〜あなたを振り向かせ〜る♪な。
だから財前吾朗で、ソロンギルが最後に見ていたのはモルドールだったんじゃないかと思うんだが。


追補編を見たところでは、奴はアルウェンに逢う前には、野伏の王である事に誇りがあり、満足もしていた。だがアルウェンの前では、それは無意味だった。おそらくは、アルウェンにとっては、彼が端からゴンドールの王であっても意味が無かったろう。だから彼はアルウェンの前で、自分の自尊心の在処を恥じるわけで。
カルチャーショックだね。これが恋!?
奴が黙って一人で口数少なく考え込んでいたってのは、その辺じゃないかと思う。自分が彼女を好きかどうかというよりも、彼女を好きだと認めれば自分の精神的支柱が揺らぐからだ。
普通に考えれば、周囲が殆どエルフの中で育った人間として、人間でありながら、少なくとも初めは、人間であるよりも、エルフの感覚に適応しおうとしていたはずだ。このへんは他の人間が人間であることに初めから自然に肯定感を持ち得る状況と違う。奴は初めから周囲から隔絶された違和感の中で育ったはずだ。だから長く一人でも、孤立していても、一般よりかなり平気なんだろうと思うね。
そして自分が人間であることを知った時には、違和感の原因がわかり、そして自分の出自を知った時には、それを肯定感に変えるんだ。
だが紛う事無きエルフそのもののようなアルウェンを恋うことは、彼がやっと確立しはじめているアイデンティティの危機に相当したはずだ。だから自分と同じ人間であり、人間として生きてきた母親に自己の肯定を求めるわけで。そして拒絶され、破壊されつくした(苦笑)

アルウェンは自身に価値を見出している。それは、何かの為でも、何かによってでもない。その天性の美しさによってでもない。何故なら彼女には、自身の美貌にすら、特に意味がないからだ。

たぶん、「死にゆくものの事は我々にとっては皆同じで興味が無い」というエルフというのは芸術家的なんだろうな。死から逃れられないが為に、死への恐怖があり、自分が生まれて来て今現に生きている事に価値や意味を考えざるをえない人間と、その点で決定的に違うんだろう。
ドワーフは所謂専門馬鹿で後は気にならないエンジニア気質で、イスタリは坊主や司祭などの宗教関係者かな。
現代的に考えるなら、人間からすればエルフは断固「チャラチャラして見える」んじゃなかろうか。余暇的な事に生きる価値や楽しみを見出すような。
毎朝新聞やニュースに目を通し、家族を養い仕事に誇りを持って〜で、自分が何をしてきたのか、何をなしえたのか…などと言う事を気にするのは人間に分類されるきがする。エルフにとってみれば、それは消えゆく些末な下らん事なわけで。
「大した関心はないが、新聞やニュースにも一応目を通してみる」のが半エルフのエルロンドで、「夢中で実験室に篭ってて久しぶりにテレビをつけたら、どうやら戦争が起きて終ってた」調で、関心があるのは専門紙の最新情報のみ…などというのがドワーフだろう。
天才的芸術家でありながら社会奉仕活動なども積極的にしているタイプがガラドリエルとかで。
ホビットは下町の庶民みたいな感じがする。ビルボはご隠居さんで。フロドは、行って、庄屋の息子クラスな。


とにかくそのようなアルウェンに対して、アラゴルンには自身に価値がない。彼の自尊心は、野伏の王であること、野伏を率い中つ国を影ながら守ってきた事などにある。彼の誇りは彼自身にはないのだ。
それはちょうど、ソロンギルとデネソールは顔が似ていたという、そのデネソールがミナス・ティリスをもはや守れないと覚悟した瞬間に自死を選んだ事に象徴的だ。もしもデネソールがゴンドールの執政という存在とは別に、自身に価値をもっていたらならば、たとえミナスティリスが陥落し、仮に自分一人になろうとも、彼は生きる事を拒絶し、諦めはしなかっただろう。

要するに、アラゴルンていうのは、エルフの価値感に馴染めず「へー、そうなんだー」で特に意味が無く、その意味が無いことが異常である事が自分でわかっていたタイプなんじゃないか。そして自分の出自を知った時、やっと「これが自分の生き方だったんだ。エルフに馴染めなくても道理!自分は人間だ!」とやっと確立しかけたアイデンティティを、アルウェンと母親に見事にビシっと無に帰されるんだ。
その時、彼には何も残らなかった。だからこそアルウェンに固執するわけで。
「なるはずであった自分になる事に失敗した瞬間」に執着しているんだ。アルウェンと母親を憎んでも良かったんだろうと思うがな。

アルウェンへの恋情が引鉄になり、一介の野伏で終るはずだった彼の人生は二転三転する事になるわけよな。「絶対無理、無駄、無謀」と言い切られたことへの意地で、「そんな事があってたまるか」があった気もするが。

アラゴルンの母親が、「私はドゥネダイン達に希望を残した。自分の為には使わなかった」というのは、たぶん、そういうことなんだろう。彼女は、母である自分や父親の血筋や生き方に誇りを持ち価値を見出している彼に向って、その連綿と誇りをもって続いてきた自分達の生き方と尊厳を(ある意味)否定することで、「今のままでは駄目なのだ。変わらねばならない」という初動機をアラゴルンに与えたわけで。
どれほどの誠意をもって職務に望もうと、けして感謝をされる事無く、眉を顰められ石打たれる存在。しかもその、自分達を嘲り罵り石を投げてくる者を守らねばならないなら、それはどんなにか遣り甲斐の無いことだろうか。いつか理解してもらえるとでも思っていていなければ、そうそう誰も彼もが平気でやれることじゃないだろう。
確か、最後に、アラゴルンはその王朝名を自身が野伏出会った時の仇名からとる。国政のトップが勅命によって、差別用語や差別名称を国名にするようなものだ。それによって、蔑視の対象であった野伏である、あったという事は、誇りに変わる。国王が、「私は野伏だ!」と子々孫々にまで向って延々と残るよう公的に宣言したんだからな。これがアラゴルンの母親が言った「ドゥネダインに残した希望」の果てなんだろう。蔑視され膿み疲れ、ひたすら数を減少させてきたドゥネダインへの。
言うなれば、誰かがせねばならない必要で重要な仕事であるにもかかわらず、「汚い」と言われ、触るとバッチイ等と隔離され、見ざる言わざる聞かざる的に対処されていた同○問題みたいなものを連想するんだが。
アラゴルンは結局、最初から最後まで、自身が野伏である、あったことに、誇りはあれども恥はないんだ。
これ、もしもデネソールかボロミアが生きていたら、大モメにモメたと思うじゃろ?言うなれば、強い父親と兄の下で目立たないことに馴れていたファラミアが執政だったからこそ、「それはようござんすね」とすっと通ったわけで。

これに対して、公式記録としてソロンギルがアラゴルンであったという事は残っていない事になっている(たぶんそうだったのだろうと思われるだけで)。それはつまり、けして奥ゆかしく謙遜して黙っていたわけではなく(アラゴルンというのは、自分を弁護したり、すごく頑張ったんだぞ!というのを理由も無く隠したりはしていない)、単純に、自分的に、できれば人には知られたくない汚点で恥だったからじゃないか。


だけど、もしもアルウェンと結婚する為だけに王位を望むならば、そして結婚してしまえば、彼にとってゴンドールとは一体何なのだろう。野伏の王であることには誇りがあった。彼等を理解し、そのように生きていたから。だが、千年も遥かに待ち続けられ、空席を頂かれてきた玉座に座るべき人間は、一体どんな人間であるべきなのだろう?

ソロンギルはゴンドールを利用したし、利用できた。だがゴンドールを愛してはいなかった。ゴンドールを守り続け、そして守れた時にも、ゴンドール為にゴンドールの事を考えて治め続けるような動機が自分の中には無い。その事に気付いたんじゃなかろうか。
もしもそうならば、ゴンドールの王位につき、アルウェンと結婚した瞬間に、ゴンドールの王であることは無意味になり、無価値になってしまう。
ゴンドールを守る事は、アルウェンの為になるだろう。それならば、アルウェンの為になら彼は躊躇いも無くゴンドールを滅ぼすだろう。そしてエルフであるアルウェンにとっては、ゴンドールには初めから何の意味も価値も無い。
ゴンドールは利用すべき物、それでは王にはなれない。

原作でブリー村を出る際に、馬が盗まれ調達せねばならないとなった時、「これじゃまるで角笛を吹き鳴らして出発を告げ知らせるようなものだ」等と言ってるのだ。ホビットにはわからんと思って口が緩み、なんちゅー事を口走ってるのか!恐ろしい男だろ?!
読み返すとその恐ろしさがわかるのだ。この場にボロミアがいたら、辛辣なイヤミを感じ取ってムカっとしてる事は間違いないだろ。しかしこれが王統だと思えば、「ムカ」で済むんか?という大問題にもなりかねない。「倒せボロミア」と皆応援するだろ。

喩えるならば、
「試合の前にリングで向かい合って礼をし、我々はスポーツマンシップにのっとり正々堂々と〜」というのが執政以下ゴンドールなら、アラゴルンは「試合前に闇討ちするか、控え室に忍び込んで弁当に下剤でも仕込んでおこうかな」なタイプだって事だろう、これは?
大体、王家の旗は「真っ黒な中に一本の白い木」で、タイヘン意味深長なんだ。
サウロンが「奴が王になったらマズイ…」とちょっぴり思うのもしかりだ。それまでは試合の事だけ考えていれば良かった。だがアラゴルンが王になってしまったら、いつ闇討ちされるかと休日も心休まる時はなく、控え室の弁当の心配までせねばならないのだぞ。
弁護するならば、「サウロンには理解できないほど高潔」というのは、その闇討ちと弁当へ下剤混入までして勝とうとする「目的と理由」がサウロンにはわからないだろうってところぐらいか。そこが漆黒の中の「白い木」の白抜きの部分であって。だから、「純白」の執政家が王家に仕え、「我々は王にはなれぬ。王の帰還まで代行すべし」と言ったのだろうと思うんだが。


ともかく、つまり、奴は何年も何十年もゴンドールに仕官しながら、ついに、「ゴンドールの常識やその誇りの何たるか」が「イマイチ理解できず、今だに理解できない」という事じゃないのか。
これがこのままゴンドールの王になったら、あなた、オオゴトだろ。
普通に考えてもオオゴトだろ。

このアラゴルンに対して、ボロミアはそれが危険だと誰が考えても解りそうなものだのに、裂け谷を出る際にやってみせ、しかも恥じないんだ。つまり、ボロミアは「ゴンドールの民の何たるか」を理解しており、その代表者としての振る舞いをした。
単純に、「すごいアホだ、ボロミア」と思うべきところではないんだろう。

そこが、「ボロミアは常識的だ」と思われるところ。ただ、その常識は「ゴンドールの常識」なわけで。
これをアホと思っては、ジャングルの少数民族などが森に狩りに入る前にドンドコ祭りをしたり、神に祈って詫びを入れているのや、キリスト教徒が毎日曜にミサを行ったり、イスラム教徒が日に何度も座り込んでお祈りし、仏教徒が仏壇に手を合せるのを各々が違いに「アホじゃないか?なんの意味も無いだろ」と馬鹿にするのと同じだ。意味はあるんだろう。
ボロミアは現実的な処理よりも、民族の誇りを選んだわけで。少なくとも、それを認めることができ、「人からは壮絶にアホく見えるだろうが、おまえは間違っちゃいない」と思え、その気持ちを理解できなければ、ゴンドールの王冠を頂いてその玉座に座るべきではないと思われる。

つまりそういうわけで、アラゴルンはゴンドールを去って、何十年も戻らず、指輪戦争当初までも「ゴンドールの王位を継承してアルウェンと結婚するのが夢だ」調なのに、どうもあまり積極的に見えないんじゃなかろうか。どっちかというと、「いつどこで死んでも私は構わん」調のきがするんだが、気の所為か。
「エレンディル」を連呼するのも、言わば必死で、ゴンドールの王に「なる」事ではなく、王で「ある」ことへの意味と価値を自分に見出そうとしているのじゃないかって気もする。アラゴルン個人としては、野伏の王であることにしか価値が無く、その生き方にしか意味を未だに見出せないでいるので。

最初の方で「故郷というのなら、この地だ」と言っていて、つまり南方王国のゴンドールだとは全く感じていない事は、はっきり言っているし。


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