あおい世界
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| 2020年03月21日(土) |
叔母様の通夜と葬儀。 |
18日の早朝、叔母様が召されたとのこと。 叔母様とは、市内に住んでいる父のすぐ下の妹。 昨年の12月に叔父様(父の弟)が亡くなったばかりで、 父の兄弟は北海道の伯父さんと、 那須の叔父さんだけになってしまいました。
昨日の通夜には母を乗せて行きました。 ホントに昨年会ったばかりの面々と、 またこのような形で再会するとは…。
浄土真宗系のみんなの寺の住職の法話はとても良かったです。 青色青光 黄色黄光 赤色赤光 白色白光 (しょうしきしょうこう おうしきおうこう しゃくしきしゃっこう びゃくしきびゃっこう) 私たち一人ひとりが、すでに、それぞれの色を持ち、光り輝いていることを語っています。 それは、私たちの本来の姿でもありますし、生きる喜びの姿であると言っていいでしょう。 それは、また、どのような他とも対立することのないものの姿でもあります。 お互いに傷つけ合うのではなく、助け合って生きることだけが、 自分らしく光り輝いて生きることを実現する道なのだと教えているのです。
通夜振る舞いを頂いてからおいとましたので、 家に着いたのは夜10時を回っていました。
そして今日は10時の葬儀に間に合うよう、 母を迎えに行き、一緒に行きました。 葬儀の後、百か日の法要まで終わらせた後、出棺。 火葬場までそれぞれの車で移動し、火葬。
亡くなったクニコ叔母にはずいぶん可愛がってもらいましたが、 あたしはクニコ叔母に何も返せていません。 桜と桃が小さい頃はよく寄らせてもらったし、 下着の仕事をしている時もずいぶん買ってもらった。 子供たちが大きくなり、休日に余裕が無くなり、 全然顔を見せに行けなくなった頃から、 叔母さんがどんどん体調を崩していったようです。 母からはそんな話を聞いてはいたものの、 あまりピンと来ず、12月に車椅子に座っている、 痩せ細った叔母さんを目にしてショックを受けました。
今度こそ、また小まめに顔を出そうと思い、 そう叔母さんにも話したのに、 結局、亡くなるまで一度も行けなくて…。 何やってんだろ、あたし。 可愛がってもらったのに、叔母さんが大変な時に、 お見舞いもままならなかったことが後悔。 気管支系の病だったので、始終、苦しかったろうに。 本当にごめんなさい。 安らかに眠ってくださいと手を合わせました。
今回、北海道の伯父伯母の代わりに、長男のカズオ兄が来ました。 前回、一人で来た那須の叔父は、奥様が闘病中とのことでしたが、 今回は二人でいらっしゃいました。 まだまだ闘病は続いていますが、とりあえずは元気そうで良かったです。 母とお見舞いも渡せて良かったと話しました。
全部終わって解散し、家に着いたのが午後3時。 何気に気疲れ。 親戚やいとこたちとは気さくに話しているつもりでも、 建て前の笑顔をしている自分がいました。 日々、みんな雑多な毎日に流されて、 これからも葬祭をきっかけに会うことが多くなるのだろうなと思います。 でも、そうじゃない。 会いたい人には積極的に会わないとってしみじみ思いました。
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