あおい世界
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2009年06月03日(水) 父の病−再入院。

朝、実家へ行くと、
カーテンが開いているのに玄関の鍵が掛かったままだったので、
勝手口から中に入り、両親の寝室へ行きました。
寝室のドア越しには目隠し用にレースのカーテンがあり、
いつも父に気付かれないように寝顔を見られるので、そっと覗いて見ました。
その時、母は父のオムツ交換の最中でした。
一人でトイレへ行っている時から、ちょっとした失敗をすることもあったので、
それ用のパンツを履いたりしていたのですが、
数日前からはオムツを付けるようにしたそうです。
が、それでも昨日はできるだけトイレでしたいと歩いていき、
自分でオムツが外せないでいるうちに、あっちもこっちも汚してしまったようです。
昨夜も尿意は頻繁にあったらしいのですが、出るのはほんの少し。

母が、そのままオムツにしていいんだよ、と声を掛けることによって、
何度かオムツに用を足すことができたそうです。
そのおかげで、前夜よりは眠れたという母。

あたしは父のオムツ交換を手伝うことができませんでした。
あたし自身もそうですが、父も嫌だろうと思ったのです。
でも交換し終えた母から、
腰を上げるの、手伝ってくれたら良かったのに。
と言われ、
あたしはまだ綺麗ごとにしておきたいのだなぁと実感したのと同時に、
母に悪いことをしたなぁと反省しました。
父の意識はというと、少し朦朧としているようで、
水を飲みたいとは言ったものの、
交換してもらっている最中は目を瞑ったままでいましたから、
どこまで朦朧としていて、どこまで意識があるのか分かりません。

次、交換する機会があったら、母を手伝わなくてはと思います。
そして、一人で交換してあげられるくらいにならなくてはとも思います。

それにしても、痩せ細った太ももやふくらはぎ。
胸を詰まらせながらの出勤でした。




昼前、母から届いたメール。

粥3口、ヤクルト1本、 茶おかわりの朝食。
自力で歩き、歯を磨き、顔洗い、髪の手入れする。
オシッコだけは、オムツにする事を覚えたみたい。
私は、いつもはらはらのし過ぎなのかしら? ね。
今日の病院、点滴は行かないと言う。
皐月の見えるソファーで休んでいます。
看取りの形や病状の姿を実感して学んでもいる訳だから、
気を楽に持たなくては体が持たない事もわかった。
対人関係のストレスや、またそのための話合いの精神的な気遣いや、
それに削く時間、すごーく嫌だったし、すごーく疲れた。
昨日でそれらが解消された。
無理しないで頑張るからネ。
心配させてごめんネ。
また明るく行こう。


最初、極々親しい人にしか父のことを話さなかった母ですが、
携っているいろいろな会(集い)に関わる人たちへ話さなくてはならなくなってきた中で、
心の底から分かり合える人と、
逆撫でされるような言動をする人などがいたため、
母がいつも以上にナイーブになってしまっていたようです。
それが昨夕、2件ほど解決したという内容を含んだものです。

母ぐらいの年齢になると、
同じように旦那さまを介護中の人もあれば、介護したことのある人、
同居している義母に対して冷たい態度を取ったまま看取った人、
同じ経験をしているが故に母以上に感情的になってしまった人など、
いろいろな人がいるものですね。
母は一つ一つあたしに話してくれるので、あたしも勉強になります。

とりあえず、まだまだ介護は続くでしょうし、
母の体力と気力が気になりつつ、そこに頼るしかない自分が歯痒いのですが、
どう足掻いても、あたしにできることしかできないわけなので、
できることを探して、少しでも役に立てるようにしたいと思います。

母のメールに対してあたしが送った返事と、それに対しての母からの返信。

母は心身ともにいっぱいいっぱいなのだから、
ナイーブになってしまってても仕方ないことだと思います。
だけど寝不足による疲労が心配。
最初にホスピスを決める時点で、
どうしても母の負担が大きくなることは分かっていたので、
できるだけ力にならなくてはと思っているのですが、
なかなか役に立てなくてごめんね。
気楽にと言ったら軽々しく聞こえてしまうだろうけど、
あくまでも共倒れにならないよう無理しないで欲しい。
対人関係一応の解決、良かったね。
明朝また顔出すね。
自分の薬ちゃんと飲んでね。


あなたの優しさが心潤うわ。
ありがとさん





そして夕方、母からのメール。

入院になりました。
状態が心配なので担当医に連絡。
毎日点滴500の加療にお願いしました。
2週間の目安。
良くしてお花の家に退院しましょうと言ってくれました。



入院するということは、何かしらの加療を強いられるので、
点滴と痛み止めのみということになるそうですが、
夕方、病院帰りの母を夕食に誘い、入院に至った状況を聞きました。

日中も朦朧として幻覚をみているようで、母との会話が成り立たなくなってきたり、
食事の量がどんどん減ってきたりしている様子から、
母が担当医にどういうタイミングで往診をお願いできるのかと電話したら、
連れてこられるなら、外来に来てみてくださいと言われ、
ヨタヨタしている父をやっとやっと連れて行き、そのまま入院になったそうです。
病院に行く前の両親のやりとりを母が泣きながら言い、
あたしも泣きながら聞きました。

午前中、点滴に行かなかったけど午後からでも行ってみよう。

そのまま入院になるかなぁ。
その方がお母さんもラクできるもんね。


入院になったら、こうしてお庭のお花を見ていられないんだよ。

花どころじゃないさ。

言葉が少なく、あまり感情を表に出さない父。
でも先日、あたしにお礼を言ってくれたように、時々きちんと伝えてくれる父。
母に対しても毎度毎度言わなくても、母のしんどさが分かっていた父。
あんなに大切で、あんなに大好きな植木のことを、
花どころじゃないって言った父の心境を思うと、辛い。

夜、なかなか眠れませんでした。
父が、病院で一人かと思うと、
そして母が自宅で一人かと思うと、
どうしようもない切なさがこみあげてきます。


検索WORD = 父の病−





♪♭♯♪♯♭  余談  ♪♭♯♪♯♭

ぴーちゃんの命日でした。
午後になってから気付きました。
朝、お線香あげれば良かった。


あおい雪  DiaryINDEX|past|will |MAIL

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