sasakiの日記
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2010年10月12日(火) それはありなのかもしれない

 突然、僕は役者になりました、というメールをもらった。
 いくつになったんだっけ?と思ったのがこのメールを読んだ最初の感想だった。久しぶりの音信が役者宣言で、へえ!面白いなあ!人はいろんなところでいろんな風に曲がりくねり、いろんな状況で思いがけないことに浸入するのだ。もともと、舞台が好きだったと言う話は以前から聞いていたんだけど、そう簡単にそこに参加する人はまあ、あまりいないと思う。
 本来はこっちからもメールで挨拶しようと思ったんだけど、どうせなら、直に声を聞いて、そのあたりの経緯を話してもらったほうが早いので、電話した。
 本人の了解を得ていないのであまり詳しいこと書けないんだけど、手っ取り早く言うとひょんなことで、が大筋だった。ね?要領を得ないでしょ?多分、そういった込み入らない話で、大雑把な状況で役者になったとのこと。彼にも言ったんだけど、無責任に面白いと思える状況に最近周りがならないので、僕としてはとても楽しいので是非、そのまま、今の環境を突き進んで行って欲しい、そして折があったら舞台に立っている姿を見たいのでそのつど近況を教えて欲しいと励まして電話を切った。
 それにしても変な文章を書いている。
 最近、短い文章ばかりしか書いていないので、長いセンテンスになると結構めちゃくちゃ。
 まあ、いいや。
 とにかく、とても楽しいそうだ。
 倒れる方向は決まっていなくても、どっちにしてもどこかに向かって倒れていくんだから、楽しかったなあという矢印に向かって倒れるのが正解なんじゃないかとこのところ思っている。彼は僕より少し若い。一種の若者なので、それでいいのだと思うし、それはありなのかもしれない。もう、人にとやかく言われる人生じゃないしね?
 なんだかこのところ、いろんな人が今までとは別のことをしょうとしているみたいでとても新鮮なのだ。何か60と関係があるんだろうか?と思ってみたけれど、さしあたって、そうではないみたいだ。

 大平元総理は話すとき「あーー、うーー」と唸ると言うのは有名なんだけど、そのあーー、うーーを取り外して原稿に起こすときれいな理路整然とした日本語を話す上手な話し手だったらしい。それもインテリジェンスのある。
 これからは出来るだけ考えて喋るようにしよう。
 そして、うーー、これはそれ以上何かを言おうと思って、あーーー、書き始めたわけじゃないんで、えーーー、ーーー、これはこれでお終い。
 
 一条さゆりの真実を買いに本屋に行ったけど品切れだった。
 糾弾を読むために週間ポストを買っている。
 寺山修二と大島渚に立て続けに当たる。
 グリニッジビレッジの青春をまだ読み終わらない。
 このままいくとヒッピーになるかもしれない。

 この間、9条通りを自転車に乗った男が「人は何故車に乗るのだーーー?どうして自分の足で歩こうとしないのだーーー」と叫びながら通り過ぎてった。
季節柄か?何がしかの問題意識があるのか、それともふと思い立ったのか、奇天烈だった。夜の夜中にそういった意見を述べながら道路を走るのはやめたほうがいいと思う。
 ただ、ただ、びっくりする。
 自転車と言えば、毛陽から無事帰って来た。60キロ。
 帰って来たというの言葉の中には「行って」と言うのは含まれていない。
 やっぱり行きの日は雨で、どう考えても無理。天気予報は次の日は「晴れ」。であれば伴の車に自転車積んで「帰り」だけでも乗ろうと決めた。もうすぐ寒くなるので、遠出は多分これが最後。
 それにしても伴は音を上げない奴だった。絶対に「休もう」と言い出さない。長い付き合いなのでそうなるだろうと思ってはいたものの、頑固な奴だ。もしかしたら全然参っていなかったのかもしれない。それにしても向かい風はきらいだ。辛かった。泣きたかった。
 いよいよ、来年はオホーツクか? 
 ピアノのいずみちゃんに、夕張のほうまで連休かけて行ってくるんだ、と言ったら「意味わかんない。」とメールでいただいた。その他大体そういった反応で、僕らは思いのいほかじじいだと思われているみたいだ。世間では。
 段々に慣れるようにしよう、そういった意見と言葉に。

 11月に遠軽でライブやらないか?
 やります。と返事をする。
 
 
 
 
 
 


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