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毎日こんなに楽しいと感じることばかりで、 ほんとうに恵まれた生活をしているなあと思う。 知的好奇心がピリピリと刺激されることは、 私にとって「楽しい!」と思える条件みたい。
金銭的にはギリだし、隠れ肥満を宣告されてはいるが、 精神的にこうして豊かでいられるのは、 決して自分のチカラだけではない、と 今日もまた、しみじみと身に染みた。
そして、そういう贅沢な空間の写真を撮ってこなかった自分に、 「あほーあほーあほー」 と、最大のエコーをかけて罵ってやりたい気分だよもうっ!
ままま、とにかく。 宮沢賢治読書会「クラムボン」(於:南昌荘)の初日だった。 朗唱伴奏と、その後のフリートーク、 さらに、プロのベーシストによる、音楽ミニ講座。
窓を開け放った、広々とした板の間。 自然に聞こえてくる草木のザワザワや雨の音、 ときおり聞こえてくる鳥の声をも伴奏の一部にしてしまう、 プロの巧みの技。 読み手は一人なのに、ベースの伴奏が入ったことで、 まるで蛙どもも自分たちも同じサイズ感でそこにいて、 彼らが目の前で演じているかのように聞こえてくる。 伴奏が決して「添えもの」や「影の存在」ではなく、 朗読者と対等に、雄弁に語っているように感じた。
どうよ。 これを、ごく少ない人数で堪能できるなんて、 他にこんなの、ある? ないよ!
今日の朗唱伴奏は、テンポ感もよかった。 蛙どもの表情や気持ちを想像するのを、 じっくりと待ってもらえた。 最後、蛙たちが死んでしまうのがいたたまれないと、 自分でそう思っていたことが実は違うこともわかった。 私は、カン蛙がベン蛙とブン蛙に2対1で虐められることに なんともいえない既視感があって辛かったのだ。 (私はいじめられっ子でしたもんで)
しかし、カン蛙にも、悪意を抱かせる原因はあった。 きっと私にも、「やなやつ」と思わせる何かがあったんでしょうね。 先生ですら「素直じゃないから」って言ってたくらいだし。
などなどなど、いっぱい考える「間」があって、 私の気持ちのテンポにぴったりの、いい朗読だったなあ。
ウチにあるのは、「蛙のゴム靴」、これは手直ししたものだという。

初稿は「蛙の消滅」で、蛙どもが墓穴を掘って死んでしまうお話。 「ゴム靴」のほうは、ハッピーエンドになってはいるが、 ゴム靴を見せびらかすとか、見た目だけで結婚相手を選ぶとか、 なかなかえげつない虐めシーンはそのままである。 逆に、改心しちゃうのが不自然に思えるほど(個人の感想です)
次回のお話は「毒蛾」 ドクガに触ってしまって10日間というもの、 痒みと腫れに悩まされた身としては、 しっかり予習もしておかなくてはと思っている。
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再生サンスベリアは順調に伸びている。

その2も、上を向くぞと決めた模様。

「水の戯れ」の、最後のシャラ〜ン、にたどり着いた。

なにしろ譜読みをしたというだけで、 「そうか、そうなっていたのか、はいはいわかった」 で、終わりかなーという気がしている。 1周目だし。 一応、もう少し練習もどきは続けるが、 ショパンの舟歌とか(フォーレはどうした?)、 解凍したら意外に暗譜できていた、ラ・カンパネラとか、 3周目のショパン幻想曲とか、 時間のかかる曲をいっぱい譜面台に載せているもので。 あと、自分にしてはちゃんと練習しているゴルトベルクが、 まもなくまる1年になるのが感慨深い。 今は、たまーに全曲通すことにしつつも、 2〜3曲を丁寧に見直しているところ。
こんだけメニューが豊富で2時間って、ないわー 3時間は欲しいわー
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