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何かを教わろうとするとき、その技術的な面にしか目を向けず、 周辺を見ようとしないでいると、本当は大事なことだったよね、 ってことを見逃したりする、なんてことがあるもので。
添削指導の合間に交わされる「よもやま話」は 話し合ううちに本質を突く内容にまで深まることが多い。
今日も、そうだった。 自分ができることで逞しく生きるとか、自分を信じるとか、 齢60、もうはっきり好き嫌い言っていいんじゃね? とか。
パソコンみたいに、AとタイプしたらAの文字が打てました、 ってなふうには、人のすることは簡単にゆかない。
心になんぞ引っかかりがあるのなら、 そのトゲやささくれに、ちゃんと目を向けて、 抜くことはできないにしても、「ほぅ、これか」と その存在が自分に何してくれちゃってるのか、 こんちくしょーめ、と一旦口にしてみてもよいのではないか。
などなど、文章の内容にも少しリンクしそうな、 「どう生きるか問題」が、たいてい話題になるという、 白熱教室なのである。
南昌荘へは、明日も行くことになっている。

小規模の朗唱伴奏イベント。 明日の演目は「蛙の消滅」、CDで何度も聴いた。 読みの浅い私は、蛙たちが杭の穴に落ちて死んでしまうのが、 想像するに忍びなくて苦手だなあと思っていた。 しかし、生々流転、自然の摂理。 大きな宇宙からしてみたら、蛙の命は一瞬の光だ。 それは人に置き換えても言えること。 表面だけから、「キビシー」とか言ってたよなあ、と 今はもうちょっと視点を高くして聴けると思う。 CDとは違う、ナマの演奏と朗読が楽しみ。
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サバイバーのモンステラは、きれいに葉を広げた。

鉢より大きい葉っぱ・・・ 絶対、バランス悪いよね・・・ 10号鉢とかいうんじゃないと、早晩、倒れちゃうね。 根が動き出さないうちに、ちゃちゃっと植え替えようっと。
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