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2006年07月13日(木) くぁび / じん肺訴訟

今の住処を購入する時、「春先に引渡しされる新築の集合住宅は、冬の湿気をたっぷり吸っているので、油断するとカビが発生しやすい」と言う話しを聞かされました。解決策としては「最初の数ヶ月は、兎に角エアコン(又は除湿機)を稼動させて湿気をコントロールすること」だと言うことで、私のところではエアコンを除湿目的でかなり稼動させていたのでカビに悩まされることはありませんでした。そしてそのような対策を採らなかった数件のお宅では見事壁に黒かびが発生したそうです。

「他のところでは発生したのだけれど、うちでは発生を抑えることができた」
と言うのが慢心だったかはなんとも言えませんが、少なくともこの集合住宅を買った頃、私は「冷房と言うものは、18度設定のことを言う」と言うのが信念でした。スイスの友人も「それは世界の常識」と豪語するのですが、夏の暑い日は冷房は18度に設定します。もし、それで寒いのならカーディガンなりセーターなりを着れば良いのです。兎に角夏の暑い盛りには冷房はこの温度からびた一文たりとて譲りません…と言うスタイルだったのですが、2年ほど前から「汗をかくことはエネルギーを消費していることだ」とスポーツジムのインストラクタに言われ冷房を極力我慢する方向に変えました。それまでの私の家の「寒さ」を知っている友人たちが「あの家に行くと寒いから行きたくない」「(体が冷えすぎるので)行くのが怖い」というほどだったのに、いつの間にかそれら友人が「お願いだから冷房入れようよ」といっても「まだまだ、こんな程度で冷房を入れるのはもったいない」なんて言う位になってしまった訳です。
ここに引っ越してきた頃は「これでもか!」と思うくらいエアコンで除湿作業をしました。しかし、ここ数年暑さを我慢して汗をかくようにしたため、極端にエアコンを動かすことが減ってしまいました。そんな訳で室内の湿度も上がり放題になっていたのでしょうね。
気がついたら物置部屋のクローゼットの中は湿気でむんむんしていました。ネクタイや背広、更には皮ジャンなどにもカビがついていました。みんな湿気がすごいんですよ。はぁ失敗です。ブラシでこすってみたら結構きれいはなりましたけれど、でもかなりの数のものをクリーニングに出さなければならないようです。「冷房を我慢すれば費用が浮く…ウヒヒ」なんて思っていたのに、それより多くの費用がクリーニング代で消えて行きそう。ああ、安物買いの銭失いを地で行っている気持ちです。でも、「背広がカビで全滅」なんて事になっていなくて良かったです。もし、大切な客先に行く日だった昨日、着ていく背広が無いなんて状態だったら泣いても泣き切れませんでしたから…


じん肺訴訟

国が発注したトンネル工事でじん肺になったと、国の責任を求める訴訟があり、国に責任があると認められたのですけれど、私はこれに少し疑問を感じます。

果たして、この訴訟で国は責任を取る必要があるのでしょうか。
トンネル工事は年々新しい技術なども導入されていますが、古くから行われているものです。トンネルの中の塵がすごくて環境が劣悪というのは果たしていつの頃から明らかになったものでしょう。多分、江戸時代の頃でも、金山や銅山で働くのは体に悪いと判っていたからこそ罪人に強制労働させていたのだと思いますし、科学的ではなくても体に悪いと言うことは判っていたことなのでしょうね。そういう環境の中にそれら労働者はなぜ入っていったのでしょう。「それしか仕事がなかった」のだとしても、環境が劣悪だと言うことが判っているのに、そこに強制徴用されて放り込まれた訳ではなく自分の意思で入ったのではないでしょうか。
「体に悪いことだと判っていたのに、国が何の規制もしてくれなかった」と言うのは「家に強盗が入って、妻や子供がナイフで刺されているのに、警察はすぐに来てくれなかった。自分は見ているだけで何にもしなかったけど、警察はそれを察知してすぐに飛んでくるべきだった」と言うようなものでしょうか。自分の健康に関わることです。被害者は「命まで売ったつもりはない」と叫んでいるようですが、果たして本当にそうでしょうか。そこが健康に悪いと判っていたのではないですか。電子レンジにぬれた猫を入れて乾かそうとして、猫が死んだのは電子レンジの説明書に猫をいれてはいけないと書いていなかったからだという難癖と同類に私には思えます。
例えば、環境に悪いからという理由でエアコンなどにフロンを使うことが禁止されました。しかし、その規制が始まる前に私は何度も業者が「自分は慣れているから」とぞんざいな扱いをしてフロンガスを周囲に撒き散らしつつ、自分も吸い込んでいる姿を見ましたし、例えば建設業でセメントを扱う業者さんが本来なら防塵マスクをつければ良いのに(規則ではつけることになっている)「暑いから」「面倒だから」「慣れているから」とその粉塵まみれの部屋の中でマスクもつけずに作業をしたり、もっと言えば何年か前茨城県の原子力施設で発生した放射線被爆事故も慣れから、規則があるにもかかわらず目に見えない放射線物質をぞんざいに扱った結果ではないでしょうか。規則があったとしても、結局それを本当に役立てるかどうかは作業当事者本人の自覚によるものです。今回の訴訟の場合は、その規則すらなかったのが問題だと言っているのだと思うのですが、規則があろうとなかろうと、自分の命が掛かっていることなら、自分でマスクを買うなどの自己防衛もできたでしょうし、本当に危険だと思うなら仕事をやめると言う手段もあったはずです。
この訴訟の対象となったトンネル工事の時代は粉塵は健康によくないとわかっている時代ですから、確かに国に規制をする責任があったかどうかと言われたら「無くはなかったでしょう」と思います。しかし、それは国が規制しなかったからではなく、自分たちに自覚が足りなさ過ぎて、自分の命とお金を秤にかけてお金を取った結果と言われても仕方がないのではないと私には思えます。ひどい言葉のようにも思いますが、それが素直な私の感想です。


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