2006年09月25日(月)
感情の保存
1999〜2003年まで使っていたノートパソコンのOEに残っているメールのデータが必要になったので立ち上げたついでに当時送ったメールのいくつかを読み直す。
iモードが250文字受信/500文字送信しか出来なかった頃なので、長文メールはパソコンを立ち上げて打ってたなぁと懐かしくなる。
ニチョ関連のことを書いているメールを見たら、数年後
“それが何か?(←「百式2004・学生漫才」より)”
状態で舞台を見る日が来るとは思えないほどに毎回テンションが高く、当時これを読まされていた特にニチョケナーじゃない友人達には済まないことをした、としばし反省。
「“修ちゃ〜ん”と声を掛けられたら“ハーイと返事をしてくれる修ちゃんでいつまでもいて欲しいよ」とか
「シロートに足を踏まれてるのに、何故か謝ってしまう修ちゃんがかわいかった」だのと、当時の私はそういえば修ちゃん派だったということも思い出す。
「23歳になって初めて見た芸人が小堀さんだったよ〜」
という報告メールもあり、
(ハテ?「フィーバーマン」が開演した時、舞台に最初からいたのが小堀さんだった、ってことか?いや、違うわな)
と、自分でもしばらく思い出せないこともあったが、記憶中枢を必死に刺激したら、そういえばフィーバーマンの日に楽屋だかトイレだかに行く小堀さんをちらっと見たことがあった、と思い出した。
あの頃は自分が東京に住むなんて思いもしてなかったし、テレビに出ている人を舞台でも見ることが出来るなんて有り得ないと思い込んでいたんだった。
さんまさんや鶴瓶さんが舞台をしていると聞いても自分がそれを見に行くなんてことは考えもしなかった。
だから、ちょっとしたことでも個人的には凄い衝撃で忘れられない思い出になった。
6、7、8、9月と4ヶ月連続で偶々2丁拳銃を生で見る機会があった頃のメールを見たら、“何の縁もゆかりも無い福岡にしょっちゅう来てくれて本当にありがたいよ〜”と毎回感激していた。
見れることだけでも確かに幸せだ。
やる気はあるのに仕事が片付く気配が無くてげんなり。
山は遥かに高くて険しい…。