1日雑記

2006年03月20日(月)


なんというのか、道を歩いていて
自分の思考が危険だなぁって思う事が時々あります。

『私って考えるだけなら結構ヤバイ事かんがえているんですよ。
 表には出してないし、実行はしないけどね』
って人は結構いるでしょうが……
(いると信じてますが)
それと実行する事と考えるだけの境界線って
どこにあるのかな、と。

そういう思考が占める割合が増えれば
キケンが徐々に増えていく、という事なんでしょうかね。


で、そんなこと考えながら散歩(昼食買いに)
行っていたんですが……。

なんか、中学校だがで卒業式っぽいことやってました。

とりとめもない事なんですが
私も中学校卒業して
○○中学校っていう学校卒業してるわけです。
で、今日卒業していた彼らは
私が少し見たことのある中学校を母校として
そこでの3年間を記憶として持ちながら生きるわけですよね。

同じような通過点を通過しているのに
決定的に違う。
そんなこと考えてたらなんか変な気持ちになりました。
当事者でない寂しさっていうのかなぁ……。


んで、過去とか思考とかの事に思いをめぐらせていて
また、ふと思いつくわけです。
人間の脳がもっと解析されて
過去を自由に書き換えることのできる技術ができたら
それはすばらしい事だといえるのか、と。

結局記憶である以上、
偽物だろうと本物だろうと結局認識の違いであって
本物だと信じていればそれは本物になってしまうんですよね。

自分好みの過去を得ることができるならば
きっとその人の人生はいろいろとすばらしい物になるでしょう。
死にそうになる直前に
幸せな人生だったと認知する事ができれば
誰もが幸せな死に顔で逝けるわけですから。

でも、なんか怖いんですよね。
作り物を本物だと認識してしまう事って。

ま、今でも珍しい話じゃないですけどね、これは。
記憶とか脳はともかくとして。


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