さて、思い返して欲しいことが一つ。 人類の進化について。
人は猿から進化した、と ほとんどそう解釈してかまわないだろうし これは周知の事実であると思う。
猿の行動を考えてみると手を使い木から木へと移動する。 それは昨今騒がれる、都会に現れる猿についても例外ではなく 手が主な移動に使われる部位であることは否定できないであろう。
また、猿だけではなくオラウータンを考えてみても 行動の基本は手である。 動物園などで、手で移動する猿やオラウータンを 何度目撃したであろうか。
つまり、人は移動手段としてかつて手を利用していたと考えられる。
その後人は道具を使うようになり 細かな作業を手の指でこなすようになった。 一方で足は掴むものでなく、体を支えるものとして 活用されてきたため、掴むというような進化ではなく 支えるものとしての進化をするようになった。
これらの事を踏まえながら、人の体の構造を考えて欲しい。
頭があり、手があり、足がある。 それぞれの長さ、つまり頭からの距離を考えると 手の指先の方が足の指先よりも脳に近いことが分かる。
指令を出す場所に、近ければ近いほど すばやい反応ができる……とは 感覚的に理解できるのではないだろうか?
伝達、という概念を考えた時 距離が開くとその精度は落ちる。 障害の要因は距離によって発生する可能性が増えるし また、当然伝わるまでの時間は距離が長いほうがかかる。 さてここで、私は一つ考えたのであるが 脳により指令が伝達される以上 細かな作業を行う手は、足よりもリニアに動くのではないか?
この仮定は脳からの距離を考えると 証明されるのではないかと考える。 脳から手に、あるいは指に指令をだし その指令に従って動いた指は、触覚により 再び脳に情報を送り、その情報を元に再び指令を修正する。
この一連作業は双方向性の情報交換であるといえる。 そして、情報交換は距離が短いに越したことは無いのである。
つまり、本来足よりも手の方が情報を的確に実行できるのだ。
さて、我々は文明の利器を持つ。 ここで考えたいのは車やスクーターというものである。 文明の利器とはいわば道具であり、 上記のように、人は道具を使い進化してきた。
そしてその道具を使うのは、足よりもリニアに動く手であるべきだし そうやって人は進化できたのである。 その結果、元々移動に使っていた手は 足に取って代わられたのであるが……。
ここで考えて欲しい。 車は道具である。 ならば、本来手で扱うべきではないか? もちろんハンドルは手であるが 移動の手段として、道具を用いる以上 手でアクセルやブレーキを使うべきではないか? そう考えると、現在の車の多くは アクセルブレーキと、不適当な配置になっていることが分かる。
一方スクーターを考えてみると 足はオマケであり、スロットルやブレーキは手で行う。 コレは道具を手で利用するという事であり 進化の流れに即しているわけである。
また、他の交通の道具を考えてもらうと 例えば電車であっても飛行機であっても 基本的に重要な操作は手が行うことがわかると思う。
これからも車のアクセル・ブレーキが 不適当であることが判明すると思う。 我々は、不適当な道具を与えられているのである。
つまり、車の運転において アクセルとブレーキを間違えることは自然なのだ!
以上、先日アクセルとブレーキを間違えた男のいい訳でした。
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