昔書いたきもするんですが……。 詩というと美しいイメージがあるのに なぜかポエムというと恥ずかしいイメージが専行します。
一言で言い切るなら偏見ですけどね。 いや、何が言いたいわけでもなかったのですが…… そうですね、思い立ったので偏見について少し。
例えば、俺は特に自己PRで言うことも無いので 人のことを客観的に見て、 評価することができる……とか言ったりします。
まぁ、まるっきり嘘って訳でもないし。 ただ、逆に正当に評価する故に劣等感で苛むこともありますが。
さてここで一つ。 偏見。 偏った見方。 ではここで言う偏りとは何でしょうか?
私は経験ではないかと思っています。 自分自身のしてきた経験。 それが見解に対して、偏りを生じさせているのではないか、と。
偏見=良くないもの として認識されることがほとんどですが 経験に基づいて正しい評価をしない、というのは 本当に責められるべきものなのでしょうか?
まぁ…胸を張って良いことです、ともいえないとは思いますが。 ただ、それが良いものであっても悪いものであっても 認識するのは自分であるわけです。
自分の気分によって、物事の価値が上下するのは 決して珍しいことではありません。
例えば料理を食べる時だって 上機嫌で食べるものと不機嫌で食べるもの。 明らかに美味しさが違うでしょう。 一人で食べても美味しくない、っていうのは 日常的に使われる言葉だと思いますし。 (これは寂しさという感情がそうさせているのだと思いますが)
要するに、例え正当な評価を下せたとしても それを自分が受け入れたとき 結局経験や感情から、 それを正当に受け入れることが出来ないのではないかと。 良くも悪くも、ね。
評価を他人に聞かせるときには 偏見は有害かもしれませんが 自分なりの評価を下すとき 偏見かもしれない……なんて気にする必要あるんでしょうか?
気にしなければはじめからこの話は意味の無いものですが。 ……もともと意味があるのかどうかも謎ですけどね(笑)
|