想
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人生の表面の大部分において、 上辺、少なくとも平均より上を歩いてきたという自己認識のお陰で、 「まだまだ下がいる」という言葉が慰めにも発奮材料にもならない。 嫌な女だ。
****** 西新井大師へ牡丹を鑑賞しに出かけた。母親をバイクの後ろに乗せて。 敢えて訊くことはしなかったが、父が昔は大型に乗っていたから、母も後ろに乗ったことくらいあったはずだ。 「どこにつかまればいいかしら」とか言っていた。初・親子乗り。
当初の目的だった牡丹は、全体としては既に満開を少し過ぎていて、 それでも株によってはつぼみが残っているものもあった。 牡丹と一口に言っても、花の色も大きさも花全体の持つ雰囲気も、品種によって全然違う。 大人の両手でも覆いきれないような大きさの花がいくつもあって、大迫力だった。 花の中心部の濃い色から外側に向かって色が薄くなっていく種類のものは 多くが上品さを湛えており、言うまでもない美しさ。 その上、たとえば「白」にしてもいろいろな白があり、 さらに花弁の薄さや光の当たり方で全く違う色が現れて、素晴らしかった。 花弁の重なり方や葉の形にも様々な特徴がある。 たくさんの牡丹の間を歩いていると、牡丹はそれほど香りが強くないはずなのに、風の香りがずいぶん違う。 それぞれの品種につけられた名前も、見る楽しみのひとつになっていた。 と言うように、牡丹はとても見ごたえがあったのだが、その横で負けず劣らず美しかったのが見事な藤棚だった。 藤も、その色と同じくらいに香りが華やかで、上を向いたままの体勢でしばし佇んでしまうほどだった。
無料なのが信じられないくらいの規模だ。毎年の恒例行事になりそうな予感。 帰りに参道でちゃっかり団子などを買い、大変満足して帰ってきた。
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