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■ スパシーバ!PAUL!!

今月18日に世界で初めて一度だけ放送された番組【Paul McCartney in Red Square】がケーブルテレビで再放送された。その時は見逃していたので、今夜は何としてでも観ようと、夜の予定を全てキャンセル。
そこまでして観た甲斐があった。映像は5月にモスクワの【赤の広場】で行われたポール・マッカートニーのライブ+ドキュメント映像。ビートルズ時代を含めてポールがモスクワに足を踏み入れるのは初めてで、「長年の夢がかなって嬉しい」というポールとロシアの民衆の待ちわびた表情が重なる。
圧巻だったのは「Hey Jude」で、ポールの第一声♪Hey〜..の所でドドドーッ!!と、群集のざわめきが凄まじい勢いで連鎖する。それは足を踏み鳴らす音であり、手を叩く、叫ぶ、人々がぶつかる音であり、魂が高揚の絶頂にあるときに生まれる音圧でもある。
一種、神がかり的とも言えるポールのパフォーマンスに観客は魂を解放された信者となり、あのような現象が起きたのではないか。そこに圧倒的な音楽のパワーを見せ付けられた思いがした。こんなにも人の心を掴む芸術は他には無いと、ある意味で俺がやってるアートなんて何てちっぽけな一人芝居なんだと脱力した。
もちろん、アートと音楽を同一線上で語ることは出来ないが、もしも“人に必要とされる”ものが芸術だとしたら、音楽はアートの非じゃないくらい強力なエネルギーをもっている。
そのポールだって、やがては老いて、この世から去っていく。作家が死後も美術館に展示され続けるアートとは違って、今この時、同じ時代に生きてる者しか触れることのできない特別な存在だ。ポールの死後には、もう二度と誰も彼の芸術には触れることが出来なくなるのだから。
ポールの前で人は歌い、喜び、そして涙を流す。普段僕らの周りでは、気軽にコンサートが観れ、CDが聴け、ポールのコンサートだってすぐに観ることが出来る自由がある。特別のことが当たり前になっている世界と、モスクワの民衆の間には大きな違いがあった。
それは心の底からの渇望であり、喜びである。それらに応え、与えることが出来る人間はポール以外に誰がいたというのか。本当に素晴らしいよ、ポール。
2003年09月27日(土)
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