リュカの日記

2013年12月22日(日)

現在午前0時20分。
まだ家にも帰れていないのに、日をまたいでしまった・・・
今は終電の発車を待っている状態なのだが、この電車、俺の家の途中までしか止まらないみたいだ・・・
どうしよう。
始発が出るまで、駅構内で時間を潰そうか・・・

現在午前1時27分。
母親に電話して相談した。
「タクシーに乗って帰りなさい」と言われた。
幸い、今日は俺は現金を結構持っていたので、タクシーに乗って帰るだけの金額は持っていた。
終電が最後に止まった駅の改札口を出て、駅の出口でタクシー乗り場みたいなところで並び、自分の番が来たのでそれからタクシーに乗って帰ってきた。
タクシーに乗るなんて、弟の結婚式以来だな。
一人でタクシーに乗るのは、15歳の時以来だ。
大阪の高校に通っていた頃、電車の中で寝過ごして、終電も逃し、母親の指示で大阪駅から神戸までタクシーで帰ってきた、という事があった。
その時は自腹で払ったけど。
今回、俺が終電にしか乗れなかったのは母親の落ち度でもあるので、今回のタクシー代は明日母親に払ってもらえる事になった。
家に帰宅後母親に電話した。
タクシーで家に帰れた、という事を報告。
母親は「お父さんも心配しとった。お父さん、今寝たとこ。じゃあ、おやすみ」と。
そんな感じ。

昨日、母親と弟と叔父夫婦で話したい事があるとかで、4人で叔父夫婦の泊まる大阪のホテルに行って話し合っていたみたいだ。
俺だけ一人親父の病室に残された。
「お父さんの事見といて」と。
社会人経験の無い俺だけ除け者。
その間、母親に言われた通りに親父の闘病日記に逐一あった出来事を書き綴ってたけど。
午後23時過ぎになって母親が病院に戻ってきて、「○○(俺の名前)、自動ドア守衛さんに開けてもらう時に私が入りたいから、そのタイミングで降りてきて」と言われた。
あと「××(弟の名前)が部屋に置いてる荷物も取ってきてほしい」と。
俺はその通りにした。
俺と入れ違いになる形で母親が病院に入る。
ここまで弟、母親、叔父夫婦の話し合いが長引いたせいで、俺は目的駅の途中までしか止まらない終電にしか乗れなかったのだ。
完全に母親の落ち度。
そして、ホテルで一体何を話し合っていたのか、という事を、弟と一緒に駅に向かう途中、弟に尋ねた。
主に親父の会社の事について話し合っていた、との事。
親父の会社を閉めるのは、借金だけが残ってしまう。
なので、次の社長を立てて、会社を継続していくのがベターだ、という話になったらしい。
親父の会社のNo.2のTさんという人が居て、何度もお見舞いに来てくれたのだが、その人は一級建築士の免許を持っていない。
なので、Tさんに社長は無理かなと俺が言うと、弟は「でもTさん、やる気満々やで」と。
なので、次の社長候補としてTさんを立てようか、という話になったそうだ。
会社を継続していくのだが、これまでの負債の責任をどうするか、という話らしい。
Tさんは負債は負いたくないけど、社長はやりたい、というスタンスらしい。
でも、俺は「そんな、権限だけ持って責任だけ俺ら家族に擦り付けるなんて、そんな虫のいい話あるか?」と言い、弟は「そうやねん。そこが問題やねん」と。
続けて弟は「うちとしては、社長をやるなら負債もTさんに負ってほしいって感じやねんけど、Tさんはちょっとそれには腰が引けてる」と。
もしうちら家族が負債を負って、Tさんに全権限を与えた場合、人間の性悪説について考えた場合、簡単に説明するとTさんが俺ら家族を裏切って好き放題やる可能性があるのだと言う。
今はTさん自身に権限が無いから好き放題は出来ないだけで、もしも権限を与えてしまった場合、俺ら家族を裏切ってくる可能性がある、と。
それで、弟はTさんの立てた弁護士とちょっと話したらしいのだが「その弁護士さんも、Tさんのツテで出てきた弁護士やからな。この先、Tさんの都合の良いように動いてくる可能性もある」と。
俺は「じゃあ、うちも弁護士立てたら?」と。
弟は「でも、弁護士費用って高いしな」と。
俺は「でも、親父の会社の負債を全部押し付けられる事を考えたら、弁護士費用なんて安いと思う。後々になって『あの時弁護士を立ててたら良かった・・・』ってならへんとも限らへん。こっちも弁護士立てて、Tさんの弁護士と話し合わせて、何とか折衷案を見つけてもらったらどうやろう?社会人経験も無い、社会の事なんて何も分からへん、素人考えで悪いけど」と言い、弟は「いやいや、お兄ちゃんのその考えは『マスト』やで」と。
俺は「こっちまで弁護士立てたらTさんとしては気い悪いやろうけど、これも社会の事やねんから、口約束、信用約束だけで事を進めたらあかん。おかんに借金が降りかかるような事になったら絶対にあかんから」と言った。
そんな感じのやり取りをした。
あと、弟、母親、叔父夫婦が話し合っている間、俺は母親の書いている親父の闘病日記に、その間起こった出来事を色々書き込んでいたのだが、母親は「分かりやすい。大助かりや」と言っていた。
じゃあ、俺が親父を見てて、闘病日記を書いてて良かったんだな。

Googleのトップで「冬至」と出ていた。
今日は冬至らしい。
つまり、今日から冬なんだ。
俺の誕生日があった秋も終わってしまったな・・・
少し寂しい。

弟は100均で買ったクリスマスグッズみたいなのを袋に入れてた。
俺が「それ、会社で使うん?」と聞くと「そうやねん。忘年会で。(親父の)この状況下でクリスマスのテンションでやらなあかんってのがきついな。でも、会社の人たちからしたら、そんなの関係無いからな」と苦笑いしていた。
俺は「社会人って大変やな・・・」と。
余命いくばくも無い親父の事があるのに、この状況下でテンション上げてクリスマス、忘年会で騒がないといけないなんて。
弟も辛いと思う。

まあ、俺の趣味が「映画鑑賞」なのは間違いなく親父の影響だろうな。
よく10分100円の肩もみをしながら、親父と一緒に映画を観ていた。
レンタルビデオだったり、「金曜ロードショー」みたいなのだったり。
親父は洋画は必ず吹き替えで観るので、中学生の頃くらいまでの俺は吹き替え物を好んでた。
10代半ばくらいから映画は字幕派になったけど。

現在午前2時55分。
今日はそろそろ寝ようと思う。

最近よく家族と関わってリアルで喋る機会が多いので、この日記の半分以上が関西弁になってしまっているな。
俺は基本、ネットじゃ標準語、リアルじゃ関西弁なんで。

昨日の朝、母方の柏原の祖父母も叔父夫婦と一緒に来たらしい。
「おじいちゃん、殆ど喋らへんかった」と母親は言っていた。
前妻の癌による死去がトラウマになってるんだろうな、おじいちゃん。
可哀相に。

今日は午後12時半頃に目が醒めた。
一応、午前9時半に目覚ましをかけていて、一瞬起きたのだが、すぐにまた二度寝してしまった。
もう、東京の叔父夫婦も帰った頃だな。

親父は今、尿は管を通してそこから直接排出するようにしていて、下半身におむつをしていて便はそっちで出すようにしているのだが、「トイレに行きたい」とか言って立ち上がろうとするのを、俺は「あかんあかんあかん」と何度か止めてた。
親父はどうしてもトイレで排便したいらしい。

現在午後14時37分。
病院に到着。

俺がネットどうこう、という話をしたら、母親から「○○(俺の名前)も、もっと(リアルの)人と話さななぁ。あんたも、その歳でネットばっかやってたらあかんで」と、少しグサリとする事を言われた。

現在午後21時33分。
病院から帰ってきた。
午後17時過ぎに弟の奥さんのご両親も、弟の奥さんと一緒にお見舞いに来た。
15分くらいで帰ったけど。
親父が寝てて、病室で母親と二人でヒソヒソ声で色々話した。
Tさんが立ててきた弁護士と言うのは、元々は親父が一番最初に就職した会社の元上司のSさんという人づてに出てきた弁護士らしい。
なので、こちらがその弁護士に対立させる形で新たに弁護士を立てた場合、そのSさんの顔を潰す形になるそうだ。
今、親父の会社じゃSさん経由で請け負って進めている仕事もあって、ここでSさんの顔を潰してしまうと、その仕事もふいになってしまうのだと言う。
その仕事分のお金が親父の方に入ってこなくなる。
なので、TさんやSさん、またはこの2人の息のかかった例の弁護士、この3人に悟られないようにこちらも弁護士をひっそり雇い、Tさんたちの立ててきた弁護士の主張を「これはどうなるんですかね?」と相談する、セカンド・オピニオンみたいな形にしよう、という感じで(親父を除いた)俺ら家族の間で取り決められた。
あと、親父が死んだ後の事を母親と少し話した。
今俺の両親が住んでいるマンション、母親一人で住むには広すぎるし、弟の計算によると親父が死んでもぎりでマンションはうちらの手元に残るらしいのだが、この先家賃は無料になっても、食費等の生活費をまかなう為の金が必要で、母親もこの先いつまでもパートで食いつなぐ訳にはいかないので、親父が死んだ後、俺の実家(マンション)が残ったら、そのマンションをリフォームして第三者に貸し、それで収入を得るようにしよう、という感じで母親は考えているらしい。
それで、母親自身はどこに住むかと言うと「私、老健(介護老人保健施設)に入ろうと思う」と言っていた。
そこに入れば一人じゃないし、寂しくないから、と。
母親が老人ホームみたいなところに入ろうとしているんだ、という事を聞いて、俺は少しショックを受けた・・・
56歳の若さで老健とはな・・・
あと、弟が親父の借金等について色々と親父本人から聞き出していた。
親父は見た感じ洗いざらい話したみたいで「××××(省略しない、弟の本名。普段俺らは省略して弟の事を××と呼ぶ)に全部話せて良かったわ・・・」と満足の笑顔を浮かべてた。
今まで全てを一人で抱え込んで、こそこそ色んなところから金を借りては補充して、の自転車操業をやってたらしいので、弟に資金繰りを全部把握してもらって、親父自身も安心している感じだった。
今日あった出来事は、そんな感じ。

親父が弟の事を××××とあだ名じゃない本名で呼ぶなんて珍しいな・・・
俺の事はいつも本名で呼んでるけど。

今日は○×先生によって、親父の抜糸が行われた。
お腹の傷口、右耳の裏の傷口を止めているホッチキスを外し、脳の水を抜く時に切った頭頂部の糸も外した。
ホッチキスが止めてあったところ、耳の裏の髪の毛のところと、腹毛が傷口の周りだけ縦に剃られてたな。
先生は「僕でよければ、どの病院にでも紹介状書きます」と言っているらしいのだが、母親は「もう、最後までこの病院で居させてください」みたいに言ってた気がする。
親父がこの今入院している大阪の病院と、○×先生の事が大のお気に入りだから、と。
大元となった身体の癌は放置して、最後まで脳外科オンリーで診てもらう事になるのか。

来年の1月18日、親父の会社が別の場所に引っ越しとなる。
同じく、俺は消防点検で午後13時から14時半までの間は自宅に居ないといけない。
「1月18日は病院来るん、遅れると思う」と母親に言ったところ、母親は「お父さん、それまで生きてへんかもしれへん・・・」と言ってきた。

親父には、最後まで「自分が死ぬんだ」という事を伝えずに逝かせてやる事になった。

現在午後23時29分。
なんか、少しだけたまらない気持ちになってきた・・・

親父、今は生きててグースカ寝てるけど、1ヶ月後とかどうなるか分からないもんな・・・
顔に白い布をかけられたり、お棺に親父の好きな物を花束と一緒に入れたり、色々するんだろうな・・・

そういう事を色々と考えてると凹んでくる・・・

なんか、動画を観る気力も沸かない・・・
GyaOで「ハンターハンター」とか「宇宙兄弟」とか色々と観ないといけないんだけど・・・
早くしないと配信が終わってしまうから。

母親と今日話した事。
「親父が死んだら、今まで行ってた城崎や柏原への田舎帰りどうするんやろう」と言うと、母親は「××も結婚した事やし、ほんまはお正月、お盆はもう、うち(神戸の実家)に○○や××が来るのが筋なんやけどな」と言っていた。
父方、母方への田舎帰りを辞めて。

弟の結婚式の当日、ホテルのラウンジで親父に「俺は18年前、母方の義理のおばあちゃんのお母さん、つまりひいおばあちゃんの葬式に行って以来、一回も身内の死を経験してない」と言うと、親父は「でも、歳取ったら葬式だらけになるで」と言ってきた。
そう言ってきた親父自身の葬式が、俺にとっての「葬式だらけ」の第一弾となるだろうとは、本当に皮肉な話だと思う・・・


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