リュカの日記

2013年12月21日(土)

現在午前0時00分。
日が替わった。
今日で親父が入院してからちょうど1ヶ月。
本当に早い・・・
親父の命もあと1ヶ月か・・・

俺の笑いのツボ、メッセの子に言わせると「犯罪者的な笑い」「ダークな笑い」
ニコニコで、河童こと涼宮ハルヒという男生主が母親の金2000万をFXで溶かして、母親から「死んで親孝行しろ!!」「部屋も片付けねえ!!ありんどう(蟻)が入ってきてるだろ、ありんどうが!!」と叫んでいる動画を観て爆笑したり、ゆとりポスという男が、初めてニコニコに現れた時、ポスの初投稿動画でカメラの前で色々と語っているところ、母親の掃除機の音が入って突然スイッチが入ったみたいに「おおい!!!!うるせえんだよ!!!!」と叫んできたのに爆笑したり。
そういうのが笑いのツボになっているのが、メッセの子から見たら「ズレてる」になるのかな。
でも、俺以外にも結構俺の笑いのツボと同じシーンで「wwwwwwww」ってコメント打ってる連中居たけどな。
そういう連中も心が壊れているのかな。

俺、勉強が儀式みたいになってた頃、「この勉強に一区切りさえ付けられたら、後はどうなってもいい。自分が死のうが親が死のうが、どうでもいい」って思ってた。
それで、勉強に一区切りがつけられた矢先に親父の癌。
俺のせいなのかな・・・

いくら親父の余命が短いからと言っても、俺はまだ親父の死は体験していないからな。
だから、こんななのかもしれない。

親父には、最後まで「自分が死ぬんだ」という事を教えずに逝かせてやった方がいいのかな。
自分が死んだ事にも気づけない状態にして。

親父は母親に対してはワガママ放題らしいのだが、俺がお茶を飲ませたりしようとすると、ちょっと遠慮した感じだったな。
やっぱり、母親に世話してもらうのが親父的にも一番気楽でいいのかもしれない。

現在午前0時44分。
横になろう。
昨日起きたの午後21時くらいだもんな。
今日病院に行くとして、どう時間を調整しよう。
今寝れたら一番良いんだけど。

親父のお見舞いに来て、部屋で親父と2人きりの時、俺はテレビに夢中になっていて、親父が咳き込んだりすると「うるさい、テレビに集中出来へん。勝手に死んどれ」とか思ってしまう。
親父のお見舞いに来たというのに、当の親父に対してそんな気持ちになってしまったり、本末転倒だと思う。

あの子が言う通り、俺は心が子供なんだ。

テレビなんて、家に無いから普段観れないしな。

現在午前1時51分。
眠いのに寝れない。
さっき起きてきたばっかだけど、また薬を飲んで寝るか。
合計2回の病院への泊まりこみの為に、薬も大分余ってきてるし。

俺って本当最低だ。

午前11時頃に目が醒めた。

昨日、看護士さんが親父の意識を確かめる為、親父に「ご自分の名前、年齢言えますか?」と尋ねてた。
親父は「□□(親父の名前)、62歳です」と言っていた。
ちゃんと言えた。
次に「今日が何日か言えますか?」と尋ね、親父は「11月14日です」と返答。
看護士さんは「もう12月入ってますよ〜」と。
続けて、「ここがどこだか分かりますか?」と尋ね、親父は何かを答えてた。
聞き取れなかった。
看護士さんは「ここ、病院ですよ〜。△○病院」と言っていた。

今年も残すところあと10日か・・・
「2013年」って響きは好きだったんだけどな。
それも、もうすぐ終わってしまう。

現在午後14時14分。
病院に到着。

病室に来たけど、親父以外誰も居ない。

トイレに行った。
そこでズボンと服の間に靴下が片っぽ挟まっていた事に気づく。
落とさなくて良かった。

部屋に誰も居ない、ジャンパーだけ簡易ベッドに置いてあるので、廊下の長椅子に居るのかなと思って行ってみると、母親と東京の叔父夫婦が話し込んでた。
母親の弟と、その奥さんだ。

現在午後15時33分。
親父の大学時代の恩師の先生が来た。
親父より12歳くらい年上の人だけど、親父と同じ歳くらいに見える。
俺が子供の頃、この人からおもちゃを貰ったのを覚えてる。

親父の恩師の先生が帰った。
母親は叔父夫婦のホテルにシャワーを浴びに行くとかで、寝たきりの親父を除いて、部屋には俺と叔父夫婦だけになる。
緊張しないか心配だ。
今は俺はタバコを吸いに行く為に病室の外に出ている。

現在午後19時52分。
タバコを吸いに外に出てきた。
親父が「ジュースが飲みたい」と言うので、飲ませてやったり口をティッシュで拭いてやったりした。
午後19時前に弟が来て、母親、叔父夫婦と話したい事があるとかで、病室には俺と親父の二人きり。

親父は俺らが子供の頃から「末っ子だから」というので弟の事を贔屓して、「長男だから」と言うので俺の事を差別して育ててきた。
親父自身「確かに、俺は××(弟の名前)の事を贔屓してるかもしれへんなぁ」と言っていた事があるけど。
でも、「かもしれへんなぁ」レベルの贔屓っぷりじゃなかったけどな。
俺には徹底して自己満足を押し付けて、自分の教育のモルモットにしてきたような感じだった。
「○○(俺の名前)は俺に敬語を使え」と言い、俺がそれに逆らうと怒りをあらわにして殴ってきたり。
俺が「なんで××には言わへんねん!?」と言うと「××は丁寧語使ってるからええねん」と言ってきたり。
弟の話し言葉も俺の話し言葉も大して違いは無いのにな。
「家族会議をする」とか言い出して、毎週土曜か日曜に家族会議を開き「○○は発言しろ」と俺にだけ強要してきたり。
俺が万引きして捕まって、俺自身のお年玉で弁償した映画のVHSのテープを踏みつけて割り、「どうや、これが俺の力や!!」とでも言わんばかりに誇示してきたり。
田舎からの帰り、親父に逆らった俺に対し、「○○に一番重い荷物持たせろ」と言って一番重い荷物を俺にだけ持たせてきたり。
祖父が亡くなって無人になった城崎の家、いつも俺ら家族が掃除する事にされていて(親父の他の親族に対する見栄か何か知らないが)、「○○、しっかり掃除しろ!」と俺にだけ強要。
当の親父自身は頭にハチマキを巻いて、ほうきを逆さに立てて持っていて、いかにも「掃除してますよ」という風に見せかけているだけ。
俺が「お父さんなんて突っ立ってるだけやん!」と逆らうと、またまた怒号を撒き散らして俺の事を殴ってきたり。
万引きやタバコが部活の顧問にバレて、俺がその顧問にビンタされて、その事について顧問が自宅に謝りに来た時「いやぁ、自分もこの子の事はよう殴るんですよぉw」と誇ったり。
因みに弟は親父からも母親からも一度も殴られた事が無い。
度々俺に向かって「○○の育て方間違えたかなぁ?○○の育て方間違えたかなぁ?」とこれ見よがしに言ってきたり。
中1の頃、学校に行く前、眠っている俺を叩いて起こして、着替え中、食事中、家を出るまでの間、ずっと俺の背後に立ち続けて俺の頭をはたき続けるなんて事も数日続いた(完全に異常者)。
都合が悪くなるとアホの一つ覚えみたいに「誰のおかげで飯が食えてると思ってるんや!」「服も全部俺の金や!全部脱いで裸で家出て行け!」とか。
こいつのお気に入りはあくまで弟。
そんな事を色々思い出していたら、親父が死のうが生きようが、どっちでも良くなってきた。
現在午後20時45分。

親父が、何か喋り出したけど、よく聞き取れない。
色々と思い出してムカついてた俺は、親父に対して「あぁ!!!!?何て!?」と言った。

親父と一緒に「三億円事件」の特集を観ている。
45年前の12月らしいので、親父が17歳くらいの頃の事件だな。

俺は「三億円事件」の特集を楽しんでいて、親父に「面白い?」と聞いたところ、親父も「これは面白いかもしれへんな」と言ってきて、さっきまでの親父への憎しみが薄らいだ気がする。
俺の中に親父への共感が生まれたのだろうか。


 < 過去  INDEX  未来 >


リュカ

My追加