リュカの日記

2013年12月18日(水)

現在午前0時01分。
あの子に「今日はそろそろ寝るね」とメールを送っているうちに、日をまたいでしまってた。
あの子にも送った通り、今日はそろそろ寝ようと思う。
目覚ましかけるのは、いいや。
昨日朝早くから病院に行って疲れてるし、今日はぐっすり寝よう。

髄膜炎という症状によって親父の寿命が一気に短縮されてしまった事に、未だに現実味が持てないで居る・・・
こんなのでいいのだろうか、俺・・・
病院には毎日通おうと思っているけど。

親父が俺に貰ってほしいというジャケット、どのジャケットの事なのか聞きたくて、俺も母親も親父に尋ねるのだが、「(神戸の)家に帰った時に言うわ」の一点張り。
家に帰れるかどうかも分からないのに・・・

医者をやっている親父の弟の叔父にしろ、○×先生にしろ、親父って本当に先生運無いよな・・・
先を見抜けない、一国一秒を争う中での肝心の症状を見逃す、ろくでもない医者にばかり当たってる・・・

今日は朝ごはんに、病院で貰ってきた親父のパンを食べるのを忘れないようにしよう。

今日は午後12時前に目が醒めた。
親父がベッドで眠ってて、俺は城崎の田舎に行ってて、親父の弟の叔父の娘3人のうち2人がギャルになっていて、1人が性同一障害でオナベになってる夢を見た。
そこで、何故か柏原の祖母に「ニート辞めてアメリカに行きなさい」と言われてた。

親父は頭の中でずっと麻雀をしているらしい。
他の3人が誰か分からないけど。
叔父が「囲碁はせえへんの?」と言うと、親父は「(頭の中でするには)囲碁は難しすぎるから」と。

先生は、親父に対して出来るだけ意識を保っている時間が長引くよう、出来るだけ命を長引かせるよう治療をするのだと言っていた。
髄液?に直接抗癌剤を打つ治療を週に2回行うとか。

1月18日に俺のマンションで消防点検を行うとかで、その時には俺はこの部屋に居ないといけないらしい。
親父の会社が別の事務所に引っ越しするのも1月18日だった気がする。
今の場所はその日で打ち切りになるから、親父がこの先どうなろうと、引っ越しはしないといけないとか。
会社の人に親父の現状を伝えたところ「引っ越しだけして、その引っ越し先を空っぽにしとくってのもありだと思います。社長がこんな状態なのに、そこにお金をかけても仕方がないから」と言ってたそうだ。

現在午後14時15分。
病院に到着。
電車の中で俺の隣に座っていたおっさんが、かさばる新聞を広げまくってて最悪だった。
別の席が空いて、俺は速攻そっちに移ったし。

現在午後15時16分。
タバコを吸いに外に出てきた。
親父は夕方に、耳の後ろの切り傷から、体内にあるチューブに抗がん剤を注射する治療を受けるのだそうだ。

現在午後15時53分。
母親は買い物に出かけて行って、親父は看護士さんたちにストレッチャーで運ばれて行った。
今から抗がん剤を打つ治療をするのだそうだ。
俺の親父、体重が90キロもあるから、看護士さん四人がかりでベッドからストレッチャーに移してた。

現在午後16時07分。
病室に俺一人なので簡易ベッドに横になっていたら、親父の会社の人がやってきて、年賀状?を渡してきた。
親父が毎年出してるやつだとか。

現在午後16時20分。
親父が戻ってきた。

母親が戻ってきた。
天津飯を買ってきてくれたので、それを食べた。
相変わらず俺は食欲旺盛でガツガツ食べてて。
母親からは「どんな神経してるんだ」って思われてるかもしれないな。
タバコを吸いに外に出てきた。
現在午後16時46分。

現在午後18時57分。
タバコを吸いに外に出てきた。
母親と少し話した。
向こうは脳の事をやってくれないので、神戸の病院には移らないかもしれない、との事。
親父はずっといびきをかきまくってグースカ寝ている。
親父が最初に入社した会社の同期の人、二人がお見舞いに来てくれて、俺も母親も親父を起こそうとしたのだが、一向に起きてこない。
一瞬起きても、すぐに目がトロンとしてしまってまた眠り、の繰り返し。
母親によると、それも病気のせいなのだと言う。
このまま意識を保ってる時間が短くなって行って、目覚めなくなる、とも・・・
抗がん剤を投与しても、大して寿命も伸ばせない、とか。
親父は寝たままCTを撮る為、看護士さんたちに運ばれて行った。

親父の意識がシャッキリしてるのは朝だけなのだと言う。
明日は朝から行こうかな、病院。
ジャケットの事も聞いておきたいし。
親父がどのジャケットを俺に貰ってほしがっているのか。

現在午後21時52分。
病院から帰ってきた。
先生からまた説明を受けた。
脳に直接抗癌剤を投与する意義が無くなってきている。
それほど、脳腫瘍の悪さが強まっている、と。
4週間を「1クール」として治療しているのだが、その1クールすら命が持つか分からない、と。
今の状態じゃ、(身体の治療をやってくれる、脳に関してはノータッチの)神戸の病院も受け入れてくれない、と。
なので、身体の事は治療せずに脳だけの治療に努めるか、それか、○×先生が推す大阪の別の病院、脳外科もあって、身体の事もやってくれる病院に移すか、それともこのまま身体の事はスルーして、「もはや手遅れ、死ぬ物だ」と言う事を前提にして、少しでも癌の苦しみを和らげる事に特化した別の病院に移すか、「どうしましょう?」という話だった。
「うちは脳外科だから、癌の苦しみを和らげる事を専門的にはやってないんです」と。
そんな感じ。
明後日、城崎の伯母(親父の姉)が来て、親父の世話を母親から1日だけバトンタッチしてくれるのだそうだ。
どうしよう。
明日、俺病院に泊まろうかな。
それで、明日のうちに親父の世話を母親からバトンタッチして俺が引き受け、(ずっと実家に帰れていない、白髪の黒染めをしたがっている)母親を実家に帰して、明後日、俺から城崎の伯母に親父の世話をバトンタッチさせてもらって、それから俺も自分の家に帰ってこようか。
俺が見ている間、城崎の伯母が見ている間、ダブルで時間が出来るので、その間に母親を休ませてあげようか。
どうしようかな。

先生が磁石?で親父の脳に通っている管の調節をして、ようやく親父は目を覚ました。
そういう調節も、神戸の病院では出来ないのだと言う。
先生が推す大阪の別の病院なら出来るらしいけど。
癌の苦しみを和らげる事に特化した病院に移すって事は、希望を捨てるという事だ。
俺は最後まで希望は捨てたくないんだよ。
他の家族はどうか知らないが・・・
目を覚ました親父と少し話した。
「親父が俺に貰ってほしがってるジャケットってどれの事なん?」と。
親父は「神戸の家に戻った時に探すわ」と返答。
親父は帰る気満々なんだよな。
そこまで命が持つかどうか分からないのに・・・
母親と、母方の柏原の(俺から見たら)義理の祖母の話になった時、俺が「おじいちゃんも(親父の事)心配してるやろうな」と言うと、母親は「おじいちゃんは、私のお母さんが癌で亡くなったから、(この病院には)よう来おへんと思う」と。
俺が「おばあちゃんの死がトラウマになって?」と言うと「そうそう」と。
あと、親父と母親が結婚して俺が生まれたばかりの頃、西宮の社宅に住んでた頃、俺の最初の幼馴染が実は在日韓国人だったんだ、という事を母親から教えてもらった。
体の大きな男の子だった。
家にも遊びに行かせてもらったのを覚えてる。
ロボット?のおもちゃがあって、薄暗い部屋だったっけ。
俺の初めての幼馴染が韓国人だったなんて。
ちょっとした衝撃を受けた。
あと、神戸に引っ越してきてから、俺が仲良くしていた耳の不自由な年下の男の子も、実は在日韓国人だったのだと教えられた。
「あそこのお母さん、変なお母さんやった」と言われた。
俺はその子の事を「ラァーラァー」とちょっと馬鹿にして付き合っていて、悪い事したな、と思い出した。
耳が不自由なせいで普通に言葉を喋れなくて、ずっと「ラァーラァー」と言い続けてる子だったから。

今日先生から説明を受けた時も、心を抉られるようなショックを感じたけど、昨日ほどのショックじゃなかったな。
母親は「○○(俺の名前)が居てくれて、私が助かったわ。一人じゃよう聞けへんかった・・・」と言っていた。
「昨日も○○が居てくれて助かった」と。
俺は「じゃあ、(俺が)来た甲斐あってんな?」と言った。

昨日、先生から説明を受けて、病院を後にして、絶望しながら家に帰る時、ずっとこの動画のBGMが脳内再生され続けていた。
何の曲かは分からないけど、何度も、何度も。
http://www.nicovideo.jp/watch/sm20654757

俺がファミレスでバイトしてた頃、同じレストランでバイトしていた同じ中学出身の俺の同級生の女子(俺はその女子の事を、中学に在学中は名前くらいしか知らなかった)をフェイスブックで見つけたけど、何か今を活き活きとして生きている。
バイクに乗って通勤する、とか書いてたし。
いいなぁ。

今日、母親に「△△さん(弟の奥さんの名前)って京都のどこの人なん?」と聞いたところ「京都市で、JR京都駅のすぐ傍に住んではった」と言っていた。
俺は「じゃあ、結構便利なんやな」と。

俺が一人暮らしを始める前日、親父が「じゃあ、最後に家族でごはんでも食べに行こか」と申し出てきた時、俺は「親父が原因で家を出る事になったのに、そんな食事に行くんじゃ元も子も無い」と言って断った。
親父が建築家だから、母親が俺の住む予定のマンションを「お父さんに見てもらおうや」と言ってきたけど、俺は父親に自分の部屋に入られるのが気持ち悪くて、それも断った。
あと、20代最後の日、iPhone5を買うのに母親の同意書?が必要で実家に行った時、親父はグースカ眠ってて、母親が「お父さん起こす?」と聞いてきたけど、俺は「いや、ええわ」と断って、母親は「あんたなぁ・・・」と呆れてた。
その日、親父は「のぼうの城」という映画を観てきた後だったそうだ。
何か、親父との関係、後悔ばっかり・・・

親父は入院前、自分たちの同窓会を幹事の人が台風の為に半年間見送った事について、「俺らの半年は貴重やねん。誰がいつ死ぬかも分からへん!半年も見送るなんてどういう事や!!」と凄い勢いで噛みついたのだそうだ。
その直後に親父がこんな事になってしまって。
幹事の人も「まさか□□さん(親父の名前)自身がこんな事になってしまうなんて。半年見送りにしたのは悪かった・・・」と言ってたそうだ。
母親は「でも、先の事なんて分からへんし、台風やったんやししゃあないやん」と言っていた。

1週間後はクリスマスか。
親父の事でバタバタしてて、全然実感が沸かない。
世間は今、もうクリスマスモードに突入してるんだ。
俺はいつも正月と戎祭りで神社で神様に「今年も誰一人家族が欠ける事なく過ごせますように」と願ってきた。
その願いは叶いそう、親父も年は越せそうだけど、来年はどうかな・・・

俺が親父に昨日だったか、「(母方の、俺が生まれる直前に亡くなった)おばあちゃんってどんな人やったん?」と聞いたら、親父が「○○がお腹の中に入ってるの、撫でとったわ」と言ってきた。
俺は「その話は、おかんからも聞かされた。知ってる」と返答。
それ以上、親父は何も語らなかった。
俺は「(祖母の命は)俺と入れ違いやってんな。俺がおばあちゃんの生まれ変わりかもしれへんで」と言った。

親父は自分の担当の○×先生の事を神様みたいに思ってると思う。
母親は「でも、テレビでもやってたけど、最初の先生が(その患者にとって)神様になる事が多いらしいわ」と言っていた。
俺はメッセの子から「癌を告知された患者には、その後のプロセス、パターンがある」と聞かされていたので、母親に「親父って自分が癌って知ってんねんな?癌を告知された患者には決まったプロセスがあるらしいけど、親父は怒りまき散らしたりせえへんな」と言ったら、母親は「私もそれは知ってるけど。でも、お父さん脳腫瘍で頭ぼやけててよう分かってないと思う」と言っていた。
メッセの子は「告知を受けたら、その過程でお父さんの怒りがリュカさんに向くかもしれません」と言っていたけど、親父、そんな感じには全然なっていなくて。

親父は俺が来る事について、毎回「○○、ご苦労さんやな」と言ってくる。
親父は俺と同じで鼻が低くて、そんな親父を見る度に「親父、鼻毛凄いな」と思ってしまう。

最近親父の友達とか親父の知り合いとか、俺より年配の人とばかり関わってるせいか、今日帰りの電車でガラスに映った自分自身の顔を見て「俺、全然若いよな」と感じた。
ほうれい線も出てないし。


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