リュカの日記

2013年12月17日(火)

現在午前1時05分。
さて、二度寝するか。
午前6時には起きていたい。

現在午前2時12分。
眠れない・・・

現在午前6時58分。
何とか起きてきた。

現在午前9時12分。
病院に到着。
少し遅れた。
電車内で俺の隣に居たおっさんの臭いが強烈過ぎて最悪だった。

現在午前10時16分。
親父の部屋に行ったら親父が居なくなっていた。
母親と一緒に部屋で待機する事になった。
数十分後、親父が頭に器具を付けられてストレッチャーに乗せられて戻ってきた。
器具は四ヶ所、頭の頭蓋骨まで埋め込まれているのだと言う。
放射線を当てる時にずれないように固定する為。

現在午前11時05分。
親父がまたストレッチャーで運ばれて行った。
患者のおばちゃんが運ばれて行く親父の様子をじーっと眺めていて、俺に「今からぁ?」と声をかけてきた。
俺は「今からガンマナイフです」と返答。
おばちゃんは「そぅ、私もそれやってもらって10日経つけど、この病院やったら安心やわぁ」と言ってきた。
俺は「そうですか」と。
看護士さんが言うには、ガンマナイフに加えて器具を外す作業もあるから、今から1時間半くらいかかるのだそうだ。

親父はガンマナイフの後で髄液というのも抜くのだそうだ。
あと、その後に先生の方から俺たち家族に話があるとか。
VPシャント術?で体内に埋めた管が感染を起こしてないかどうか、感染してたら管を抜く手術をするとか。
親父はここ数日間熱を出してたので、もしかしたら感染してるのかもな。
だとしたら、神戸の病院に移るには、また時間がかかりそう。
現在午前11時54分。
もうすぐ「笑っていいとも!」が始まるだろうから、観たいと思う。
あと三ヶ月くらいで終わってしまうし。
俺が母親のお腹の中に居た頃に始まった番組みたいだし。
しっかり観ておきたいと思う。
今、親父はガンマナイフ中だし、母親は整骨院と買い物に出かけているしで、病室には俺一人だ。

母親が出かけて行く前、俺が「いいとも終わるからいいとも観たい」と言うと、「何なん、あんたのその終わっていく物に対する執着は?大学もそうやったし」とか言われた。

現在午後12時35分。
親父が治療から戻ってきた。
看護士さんたちで親父の処置をするらしく、しばらく部屋を出ててほしい、と言われた。
母親はまだ帰ってきていない。

現在午後13時36分。
タバコを吸いに外に出てきた。
親父の採血だが、血管がなかなか見つからないとかで、一度針を刺したにも関わらず、注射器に血が戻って来ないとかで、別の看護士さんにバトンタッチされていた。
今度はちゃんと血が取れたのだが、何か看護士さんたちに囲まれている親父の様子が挙動不審っぽかった。
対人恐怖症を発症した時の俺みたいになっていて。
呼吸も荒く、返事もままならない感じで。
親父ももう20日以上病院生活だもんな。
これだけまともに人と関わらない事があれば、対人恐怖症になっても仕方ない。
それとも、俺の存在を意識してキョドッてたのかな。
あの子によると、「お父さん、横向いてるけど、めちゃくちゃリュカさんを意識してる」とか言ってたし。

先生から説明を受けた。
俺と母親だけで。
親父の熱が下がらないのは感染のせいではなく、がん性髄膜炎というものによるせいらしい。
先生は、このまま治療をしないと4週間から6週間で死んでしまうのだと言う。
それを聞いて、俺も心を抉られるようなショックを受けた・・・
だから、延命する為に、脳に直接抗がん剤を打つ、という治療を週に2回行うのだと言う。
それでも、大体1ヶ月くらいの命だとか・・・
よく分からない。
親父はうわ言で麻雀の話ばかりしてくる。
母親は親父の会社の人に電話をしに行き、今は病室で俺と親父の二人きり。
親父が暑い、暑い、汗を拭いてくれと言うので、顔の汗をタオルで拭いてやったりした。
現在午後15時34分。

ガンマナイフを当てたこと自体は悪いことじゃなかったけど、髄液のがん細胞が問題なのだと言う。
もしかしたら明日死ぬ、と言う可能性もあるとか。
延命は出来ても、そのまま意識が戻らなくて植物状態になる可能性もあるとか。
なんか、地に足が付いている感じがしない、今。
俺が今感じているこれは、絶望感なのだろうか・・・

現在午後16時38分。
俺もグッタリ疲れてる・・・

現在午後17時46分。
病室でしばらく横になっていた。
だいぶ疲れも取れたと思う。
親父は何も知らずにグースカ寝てて。
この親父ももうすぐ永眠してしまうんだ、親父のいびきも聞けなくなるんだ、と思うと心臓を握り潰されたような気持ちになった・・・
先生は出来るだけ意識を保ってられるよう、出来るだけ命を長引かせるように治療するらしいけど。
家族の辛い決断も必要なのかな・・・、とか。

母親は気丈に振舞っていて、「(余命が半年、一年あると思って)私たち、油断しとったなwあぁ、どうしよう〜」とか言っていたけど、多分トイレで泣いてるんだと思う。
トイレがやたらと長かったし・・・

現在午後22時38分。
病院から帰ってきた。
親父がグースカ寝ている横で、母親と世間話をしていた。
母親が「□○ってちょっと高級な名の知れたお店でごはん食べて」と、以前あった事を話してて、その「□○」って聞いた瞬間「K君の勤め先だ!」と分かってギョッとして、そこから挙動不審になってしまった。
耳まで真っ赤になってしまって・・・
途中で弟がやってくる。
家族の中で弟と接する分には全然大丈夫なのだが、病院を出て、地下鉄に乗って大阪駅で弟と別れるまで、俺は弟相手にも緊張してキョドってしまう・・・
弟と会話している時はまだいいのだが、沈黙が怖くて、沈黙になると一気にガクガクブルブルしてしまう。
親父がもうすぐ死んでしまう事が確定したってのにな・・・
本当、目先の対人恐怖症にばかり意識が行って、まともに親父の心配をする事すらかなわない駄目息子だ・・・
でも、電車を待っている時、俺は電車がやってくる方向をずっと見ていて弟の方を見ないようにしていたのだが、弟がずっとスンスンと鼻を鳴らしていたのが分かった。
弟は弟で、今回の親父の事でかなりきつい思いをしてるんだろうな、と思う・・・
弟、そのちょっと前に俺と話して、俺が「親父が4週間生きれるかどうかってのがめっちゃショックやった・・・」と言った後「でも、自分はなんか今更どうなろうがもう何も感じなくなってきたw麻痺してるんかも」とかって言ってたけど、内心じゃやっぱり堪えてるんだろうな、と・・・
親父は自分の担当の○×先生の事を凄く気に入っているのだが、弟は「○×先生もな。事態が起きてから対処するだけで、今までの事考えても、事前に何もしてくれてへんし・・・」と言っていて、それには俺も「確かにそうだな・・・」と感じてしまった。
そんな感じ。

今日貰ってきた病院のパン。
親父が食べようとしないので、母親が「○○(俺の名前)、朝ごはんに食べ」と言ってくれたので、持って帰ってきた。


母親が、○×先生の出身高校を知りたいと言うので、フェイスブックで調べて高校名をメールで送った。
1999年の卒業だ。
俺の2個上。
合わせて、今日俺が撮った母親と父親のツーショットの写メを3枚母親の携帯に送っておいた。

母親から「ありがとう!」とメールが着た。
こんな事しか出来ない駄目息子だけど・・・

何気にこれ、母親から着た初めての文字メールなんだよな。
メールアドレス教えた時に、空メールは一回着たけど。
今回の事があるまで、母親にはメールアドレスすら教えていなかったから。

しばらく再起動していなかったので、PCを再起動。

病院から帰る1時間くらい前から、俺の声はすっかりかすれてしまってた。
今もかすれ切っている。
心の中で泣いていたのかな、俺も・・・
俺は常に無表情だけど。
帰り際、俺が「明日もまた来るわ」と言うと、親父が「サンキューな」と言ってきた。


 < 過去  INDEX  未来 >


リュカ

My追加