リュカの日記

2013年11月29日(金)

現在午前0時00分。
日が替わった。
まだ午前2時48分を過ぎるまでは「3日前まで誕生日」と思っておく。

メッセの子がオンラインになったので話してる。

メッセの子と話してて、両目の表面が痛くなってきて、両目から涙が出てきた。
悲しみの涙ってより、目の痛さからくる涙って感じだけど。

現在午前1時32分。
メッセの子が寝落ちした。
さて、「踊る大捜査線」の続きを観るか。

親父は目じりに白い脂肪が溜まってた。
最初は片目だけだったのだが、今は両目だ。
それも、叔父(親父の弟)に言わせると「癌の兆候」なのだそうだ。

母親にいちいちお金を出してもらうのも悪いし、もう俺はビデオ屋で何かを借りて持っていくのは辞めておこうと思う。
そういうのは全部弟に任せよう。
社長とは言っても、実家だってそこまで裕福な訳じゃないし。
親父の会社も前から潰れかけだしな。

親父が入院してから、勉強の復習もストップしている。
勉強って気分にならない。
一応、寝起き後の海外ドラマ1話視聴だけは毎日続けているけど。

現在午前2時51分。
昨日の日記を読み返しているうちに時間(午前2時48分)をまたいでしまってた。
もう、秒単位で「3日前まで誕生日」が終わってしまった。
今日から通常日だ。

親父は、誰がどの日のいつに面会に来たのか、いちいち母親にメモらせている。
何でだろう。
もし親父が告知されて「遺産どうこう」という話になったら、俺は辞退させてもらうつもりだ。
生活保護の身だからな。
「そういうのは全部××(弟の名前)にあげて。××は結婚して子供も出来るやろうし、必要やろうから。俺は一生結婚せんし。もしもまた何か(金が)必要やったらその分××からもらうって形にするわ」と。

親父が死ぬとなると、多分喪主とかも弟がやるんだろうな、と思う。
病院とのやり取りも、親父の会社関係の人たちとのやり取りも全て弟が取り仕切っていたし。
愚兄賢弟だからな、うちは。

俺は弟の結婚式で礼服を母親に買ってもらう前「礼服なんて持ってた事ない。もしもそんな服買ってもらったら、人死にが出そうで縁起悪いわ。今まで俺が(18年以上)身内の死に関わりが無かったのも、礼服持ってなかったからやと思う」と何度も何度も母親に言ってた。
その度に母親は「でも、大人やったら絶対に一着は持ってなあかん服やからな」と言ってきた。
それで礼服購入後3ヶ月ちょっとで親父のがん疑惑。
まさに俺が言った通りになってんじゃん・・・

最近やたらと靴ひもが解ける。
結んでも結んでも解けてしまう。
悪い兆候を示しているんだろうな・・・

たまらなくなってきた・・・

最近俺が一人暮らしを始めた当初に母親に買ってもらったハサミが切れにくくなってきた。
コーヒー豆の袋を切るのも一苦労。

一応、俺が病院に持って行った「踊る大捜査線」のディスク1は親父のDVDプレイヤーじゃ一発で再生出来た。
でも、親父は「こんな長いのよう観ん」と言うので、結局それ以上再生する事なく、DVDは俺が家に持って帰ってきた。

親父には医者をやってる兄弟が二人居る。
兄と弟。
親父の兄貴の伯父は「残念な結果」と言い、親父の弟の叔父も「きびしい状況」と言った。
この二人は犬猿の仲で対立してるので、今回の親父の入院に関してはそれぞれ別々に動いているのだが、親父の病状については意見が一致、同意見だ。
これ、俺たち家族にとったら殆ど「告知」も同然だよな・・・
親父の先がもう長くないって。
母親が後追い自殺しないか心配だ・・・
昨日もびっしり書き込んだ母方の家系図をわざわざ俺の為に書いて持ってきて見せて色々説明してきたし。
「やり残した事が無いように」ってしてるように見えて仕方ない・・・
俺が「自殺は地獄に落ちるらしいで」と言うと、「何でそんな怖い事言うん!?」みたいな反応を見せたし。
でも、自殺が地獄行きだってのは、10代の頃に自殺未遂を繰り返していた俺に対して母親自身が何度も何度も俺に言い聞かせてきた言葉だ。
「自殺ってのは自分を殺すって事。殺人と一緒やねんで」と。
その母親が、今度はその言葉に対して反発を示した。
まじ、自殺考えてそうで;;;;
弟と二人きりになった時、弟にもそれとなく相談してみようかな。

俺にはメッセの子もあの子も居るので、もし両親が死んでしまったとしても自殺は出来ない。
でも、もしこの二人(メッセの子とあの子)まで居なくなってしまったらどうなるんだろう。
俺には何も残らない。

暗い事ばかり考えてしまう。
現在午前3時36分。
今日の面会に備えて、今日はそろそろ寝ようと思う。

俺はマザコンになったのかもしれないな。
子供の頃は虐待されてたから母親大嫌いだったけど、今は違う。
親父が死ぬんだ、という事よりも、それに対して母親が悲しむんだ、という事の方がたまらない・・・

親父が死ぬかもしれない、という事については、まだ俺の中じゃそこまで深刻になっていない。
「告知」についても、「将来あなたはいつか確実に死にますよ」と「告知」されるのと変わらない、って意識だ。
「当たり前の事じゃん」って。

俺は親父に散々反発してきたからな。
今更、毎日の面会通いでそれらが挽回出来る、なんて虫のいい事は髪の毛一本ほども考えてない。
ただ、会える人には会えるうちに会っておかないとな、という意識で自分に対して病院通いを義務化してるって感じだ。
「スーパーナチュラル」じゃ、父親が生きているうちに散々父親に反発しまくってたサムが、父親が死んだ途端に「親父ならこうする」「親父ならああする」となって、ディーンに「何今更親父至上主義になってんの?お前散々親父に反発してきたじゃん。もう手遅れなんだよ!」みたいに言われているシーンがあったけど、俺はサムとは違うから。
親父が俺に「働け、働け」言うように、働こうって意志さえ未だに持とうとしないしな。
ただ、面会は行ける日は毎日行こうと思ってる。

そういえば俺、もう31歳になっちゃったんだよな。

今日も午前11時前に目が醒めた。
アメリカの従弟と東京の従弟が混じったような親戚が出てくる夢を見た。
また親父関連の夢だった気がする。

昨日、サイゼリヤで母親の鞄を見たのだが、親父の顔写真の入ったキーホルダーを付けていた。
寝てる親父が頭にゴミ箱を被った写真だ。
このキーホルダー、俺が子供、小学生だった頃から目にしてた気がする。

俺に色々と希望を見せてくれたメッセの子だったけど、叔父と伯父の意見を話したら「兄弟がそういう話をしてるって事はやっぱり」と諦めモードに入ってた。
メッセの子が教えてくれた希望が、昨日の叔父とのやり取りでことごとく潰されてしまった感じで。
「早期発見なら治療出来る」とか「抗癌剤で治せる」とか。

現在午後13時52分。
大阪駅に到着。
今日は午後14時までに間に合わないだろうな。
家を出た時間が遅かったから。

現在午後14時08分。
病院に到着。
いつも40分くらい早く着くので今日は50分くらい遅く家を出たのだが、遅れてしまった。

病室に行ってみたけど、別の人が入ってた。
病室が替わったんだろうな、と思い一階の受付に戻り部屋番号を聞いてきた。

新しい親父の病室に来た。
個室になってた。
親父は今大腸検査とかで病室には居ない。
親父の居ない病室で母親と色々話してる。
「平均して6ヶ月くらいって、23日に先生が言ってたわ」と。
「でも、あの世で会えるから、先に逝っとってもらうって考えたら」と言われた。
俺は「俺も自殺だけはせんようにするわ。自殺したら同じとこに逝かれへんみたいやし」と牽制も込めて言ってみた。
すると母親は「自殺は良くないらしいな」と。
俺は「地縛霊になったり」と。
今日の母親の様子を見てると、後追い自殺の可能性は低いかな、と思えた。
母親が6ヶ月と言うので俺は「俺は全然実感ないわ」と。
母親は「実感無くても死んじゃうねんで」みたいに返してきた。

母親が「昨日の『踊る大捜査線』のDVD悪かったなぁ」と言ってきた。
「○○(俺の名前)がせっかく持ってきてくれたのに、アレは無いわ」と。
「○○と別れた後××(弟の名前)にも話したけど、『お兄ちゃん可哀想やわ』って言ってたし、△△さん(弟の奥さん)は笑ってた」と。
俺は「まぁ、親父が楽しめるかどうか優先でええやん」と。
母親は「子供に『飴あげる』って言って『要らん!』なんて言う子おらへんやん。お父さんそういうとこがワガママやな。まだ一回観てみて『やっぱり俺には合わへんかった』なら分かるけど、観もしないで『要らん』はないわ。○○がお金あるんならまだいいけど、生活も苦しい中で借りてきてくれたのに。まぁ、ああいうワガママな人やけど許してあげて」と。
俺は「全然気にしてへんから大丈夫。親父も『気持ちはありがたくもらっとく』って言ってたし」と。
母親は、「でも、そんなん全然フォローになってへんやん」と。

俺は「映画とか借りてこんでええかな。親父幕末好きやし、幕末物とか」と言うと「一般病棟に移ってテレビもあるし、もうええんちゃう?」と。
なので、DVDを借りてくるのとかは、もう辞めようと思う。

現在午後15時40分。
親父の大腸検査が終わった。
親父が病室に入ってくる前に先生が来て「大腸検査しましたけど、全然大丈夫でした」と俺と母親に言ってきた。
途中で先生の携帯に電話が掛かってきたけど、PHSだった。
ヤンマガで連載されてる「サイコメトラー」という漫画じゃ「病院じゃ電波の関係でPHSを使う」とか言ってたけど、本当だったな。

親父は大腸検査は胃カメラと同じくらい苦しかったと言っていた。
一般病棟に移って、今までのように14時から15時まで、19時から20時まで、という面会時間の縛りが消えたので、だいぶ気楽になったな。
15時から19時まで4時間待たないといけないってのが無くなったから。
でも面会時間の上限は午後20時までだと思う。

今日は弟は来ないそうだ。
弟の奥さんは来るのだろうか。
分からない。

現在午後16時21分。
母親が整骨院に行ったので、俺一人サイゼリヤに来ている。
母親も終わってから来るそうだ。
俺ら親子、もうすっかりここの常連だよな。

親父が病室で母親に「○○に美味しい物食べさせたり」と言っていたけど、今日もまたサイゼリヤ。
でもここ、タバコ吸えるしソフトドリンク飲み放題だし良いんだよな。
昨日と同じメニューを頼んだ。

ここWi-Fiに繋がってるみたいだな。
母親が城崎の伯母(親父の姉)に電話で状況を伝えたところ「□□ちゃん(親父の名前)やっぱり目が黄色かったもんなぁ。だからあれほど無茶しないようにって注意してたのに」と言ってきたそうだ。
結構冷静に受け止めていた、と。
母親から「○○、あんたもちょっと目、黄色いな。充血してるし。あんたも調べてもらった方がええんちゃう?」と言われた。
俺は「最近あんま寝てないからな」と。
「あんたもお父さんも人の言うこと全く聞かへん。おんなじや」と言われた。

今日、親父の大腸検査をした先生が「全然大丈夫でした」と言ってきたことについて母親に「俺らだけに対しても『大丈夫』っ言ったよな。親父がいつ帰ってくるか分からへんからそう言ったんかな?」と言うと「もう、何を信じてええんか分からへん・・・。でも、嘘ついてる感じせえへんかった」と。

現在午後17時06分。
母親がサイゼリヤに来た。
「なんか冒険したい」と言って、生まれて初めてのエスカルゴを頼んでた。

母親がエスカルゴを頼んで「あんたも食べ」と言うので、俺もエスカルゴを二個食べた。
俺も母親もエスカルゴを食べるのは生まれて初めて。
「サザエみたいな味」とか「予想してた通りの味」とか言っていた。
納豆に比べたら全然美味しかったな、エスカルゴ。
納豆食べた時は胃の中の物全て吐き出したから。
母親に「ええ思い出になったな。ちゃうかw」と言われた。

サイゼリヤで母親と色々と世間話をしていた。
現在午後19時07分。
今は親父の病室に母親と来ているのだが、親父はテレビを付けながら目をつむって眠ってる。

昨日、俺らと一緒に先生の説明を聞く前、親父の弟で医者の叔父は叔父で個別で担当の先生から写真を見せてもらっていたのだと母親に聞いた。
その上で「厳しい状況やなぁ」と言っているのだそうだ。

明日、親父の友達たち四人が病室に面会に来るのだそうだ。
母親が「もし○○一人で病室に行ってその人たちと会ったら『長男の○○です。遠いところありがとうございます』くらい言っておきなさいよ」と言う。
俺は「うち、完全に愚兄賢弟やからな。そういうの××が全部やってくれてる」と言うと「そんな事ないわ。あんたはあんたで出来る事し。そこらへんはあんま気にせんでええで」と。

サイゼリヤで俺が日記を書いてる事について(母親はブログだと思ってる。俺がそう説明したし)、母親は「そんなんいちいち書かんとき。人に読まれてるんやろ?」と言うので、俺は「ブログは自分で読み返す為に書いてる。記録やな」と。
母親は「そんなん時間の無駄やわ」と言うので、俺は「でも親父も俺が10代の頃『日記は書いた方がええ』って言うとったわ」と。
母親は「でも『ブログ書け』とは言うてへんかったやろ?」と。
俺は「あの頃はブログなんて存在自体無かったわ。俺も17歳の頃日記帳に日記書きよったけどな。文字書くんがしんどくて辞めたけど」と。

現在午後21時32分。
家に帰ってきた。
病室じゃ親父は殆ど眠ってた。
母親が、親父が食べなかった病院食のパン2つ、「あんた、これ家に持って帰り」と言うので、その通りにした。
「(俺の)朝ごはんにするわ」と。
親父と別れて電車の中で母親が「あんたのメールアドレス教えて」と言ってきたので「おかんの携帯に登録しとくわ」と言って登録しといた。
母親が「あんた、今までメールアドレス絶対に教えてくれへんかったのにな?」と言ってきたので「まあまあ、こういう時やからな」と返答。
地元に到着し、スーパーで買い物して家に帰った。
昨日気づいたのだが、昨日の時点でスーパーにクリスマスのイルミネーションが施されていた。
いつから飾ってあったんだろう。

病室で貰ってきた、親父が食べなかったパン。

この2つのパンを入れた袋を持って帰ったのだが、電車の中であま〜い匂いが漂ってきた。
もちろん親父の許可は取ったし、看護師さんに向けて「パンは家族が持って帰りました」と母親がメモを残していた。

親父に誕生日の「おめでとう」を言ってもらえたのも、あれが最後になるのかもしれないな。
そう考えると、誕生日に病院に行けてよかったと思う。

昨日俺がDVDを持って行った後、母親が「悪かったな」と言い、俺に千円札を渡してきた。
俺は「年末に期末扶助ってので多く保護費もらえるから、全然大丈夫やで?」って言ったのに「いいから取っとき」みたいに。
生活保護で国から貰ったお金で親父に何かしてもらう、というのが母親的には嫌だったのかもしれないな。
弟に「お兄ちゃんが面白いと思う物持って行ったり」と言われ、「俺が面白いと思う物なんて持って行って、がんかもしれない親父に対してそんな自己満足の押し売りみたいな事していいのかな・・・」と俺の中で葛藤があったので、きっぱり「要らん」と断られたのは逆に良かったのかもしれないな。

母親の携帯はスマホなのだが、メールを打つ時いちいちボタンを連打しているので、フリック入力の事を教えた。
「練習しとき」と。

俺、今日サイゼリヤで母親に言ったんだよな。
「『礼服なんて買ったら人死にが出そうで嫌やわ』って俺前から言ってたやん。それで、礼服買ってもらって3ヶ月ちょっとで親父のこのがん疑惑。やっぱ礼服買ったんがあかんかったんかな・・・」と。
母親は「でも、礼服なんて結婚式じゃ嫁入り道具として送られたりする物やし、全然普通やで。○○のケースは特殊なだけで、大人やったら絶対一着は持ってなあかん服やから」と。

今日はサイゼリヤで、母親のパート先の仕事仲間(女の人)の娘が、結婚相手の男からDVを受けている話を聞かせてもらった。
男は、奥さんをボコボコにしたりするのだが、奥さんが実家に戻ると泣きながら「俺が悪かった」と言うのだそうだ。
それで戻ってきたらまた殴り。
奥さんは奥さんで「あの人は暴力だけちゃんやで。ちゃんとええとこもあるんや。あの人には私しかおらへんねん」という感じなのだそうだ。
絵に描いたようなDV夫婦。
男も病気だけど、奥さんも殆ど病気だ。
その男と言うのが、あの悪名高き神戸市長田区出身なのだそうだ。
納得。
母親は「女の敵!許せへんわ」と言っていた。

ホームで電車を待っている時、母親が「この前ニュースで観た。女の人がホームに飛び込んで、でも痩せてた人やからホームと電車の隙間に入ってて怪我一つなかったらしい」と。
俺は「自殺しようとしてたん?」と。
母親は「でも、その女の人、電車が止まった後で『助けてください・・・』って言ってきたって。自殺しようって人でも、いざ死ぬとなると『助けてください』って言うねんな」と。
俺は「俺も高校生の頃、ようホームで線路の下に降りて遊びよったけどな」と。
すると母親が「そんな危ない事してたんか?変にツッパッて、しょうもない事したな!もしそれで轢かれとったら大損害になってたんやで!」と叱ってきた。
もう15.6年前の事だけど。
母親に叱られ、俺もシュンとなってしまった。
俺は15歳の頃、ホームの線路に降りてるところを仲間に写真を撮ってもらったり、ホームの線路に降りてそのまま柵を越えて駅を出てキセル乗車した事もあった。
今思うと、あの頃は無茶やってたな。
でも、俺は人に暴力を振るう事は殆ど、全くと言っていいほどなかった。
ヘタレだったから、やり返されるのが怖かったのだ。

「踊る大捜査線」で、ストーカー男から暴行を受けて病院に運ばれたすみれさんが「会社に戻る」と言っていた。
これって制作側のミスなのかな。
会社じゃなくて警察だし、すみれさん。

それにしても大変だよな。
親父があんな事になるなんて。
鳥肌が立ってきた・・・

俺ってとことん冷たい人間だよな。
親父ががんかもしれないってのに、涙一つ流さないなんて。
やっぱりサイコパスなのだろうか。

母親が「そのDV男と娘さん、別れさせた方がええと思うけど、それで別れさせてストーカーになって逆上して娘さん殺される可能性もあるしな。○○、何で好きな人を傷つけたり殺したり出来るんやと思う?そんなんおかしいやん」と聞いてきた。
俺は「好きな人を殺して自分だけの物にしたい、って思ったりするんちゃう?」と言うと「何でそれで自分だけの物になる、って思うん?」と聞かれたので「多分、その人が他の男と一緒になるのが許せへんかったりするんちゃうかな」と。
母親は「そんなんアホやん!幼稚やわ!」と怒ってた。
ストーカーの気持ちが何となく解ってしまう俺自身も、やっぱどこかおかしいのかな。


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