リュカの日記

2011年07月01日(金)

今日は午前3時頃に目が醒めた。
殺人犯を捕まえて、警察に届けるという夢を見た。
さっそく昨日見たドラマの影響だろうか。

今日から7月か。
早いな。

二度寝して、ボランティアで昔通っていた小学校の体育館を掃除しに行く夢を見た。
小学校卒業以来だから16年ぶりくらいだろうか。

西村雅彦を見ていると、自分もこういうハゲ方するのかな、とか考える。
前髪が少し薄くなってきてるし。

中学の頃、俺が「転校したい」とよく漏らしていた事が、母親づてに学校に知らされてしまった。
その事が問題になり、俺がいじめを受けていると騒ぎになった事があった。
ある時、何かで学校外で集まる事があって、俺に嫌がらせをしていた奴の一人のEという奴の父親がニタニタしながら俺に「いじめられてるんやったら言わなあかんw」と漏らしてきた事があった。
内心じゃ「どや、うちの息子はいじめる側の人間なんやw」と誇っているのが丸分かり。
反吐が出そうな気持ちになった。

最初の高校の頃、同級生にJという奴が居た。
そいつは「俺は地元じゃ暴走族に入っている。毎日集会に行くために送り迎えが来るくらいやw」とか漏らしてた。
最初は、俺もそいつにビビってた。
それを知ってか、そいつも調子に乗って俺に「タイマン張ろうや」と脅しをかけてきたりしていた。
しかし、「中学の頃のアルバム見せて」と訊ねても「破いて捨てた」と言い張る始末。
タバコを与えてみても、肺に入れずにふかしているだけ。
どうやってバイクをパクるのか聞いてみても、そいつの説明するのじゃキックの位置が逆だったり。
おまけに、俺が自転車をパクってそいつと一緒に警察に捕まった時の、そいつのビビりよう。
そのうちに、そいつが今まで吹聴していた事が全てフカシだったと発覚。
いわゆる高校デビューというやつだ。
それを知ったFが「今までよくも騙してくれたな」とそいつの事をいじめるようになっていく。
俺も「自業自得やろw」と心の中でそれを笑って、止めようともしなかった。
俺自身がJに手を出す事はなかったけれど、結局俺もJをいじめていたのと同じだったと思う。
俺がJのフカシを発覚させる発端にもなったし。
どんな理由があったにせよ、いじめを笑うなんて最低だったよな。
俺自身もいじめを受けた事があるのに。

買い物帰り、2羽のカラスが飛んできて電線にとまった。
つがいだろうか。
あの2羽はお互いに意思疎通出来ているのだろうか、と考えた。
人間は言語を使ってお互いに意思疎通するけれど、動物にはそれがない。
同じ種だとしても、動物同士がお互いに会話出来るなんてのは人間の幻想じゃないだろうか、と思う。

俺自身はあまり「いじめを受けていた」という感覚がない。
「怖い」よりも「ムカつく」が優先されて、いつも連中に逆らっていたから。
もしも連中が「いじめたったw」みたいな意識を持っているなら、殺してやりたい。

「勉強は学生の本分」というけれど、俺はもう学生ですらないんだよな。
最初の高校を辞めた後も学生でなくなった時期はあったけど。
自分が学生じゃないなんて、何だかとても寂しく感じる。
これまで「学生で居る事が当たり前」だったのに。

今日は貯水タンク清掃の日だ。
「断水中は水を使わないでください。作業終了後の流れっぱなしや水の停止に繋がる恐れがあります。その場合の修理は有償です」と書かれてた。
しまった、読んでいなかった。
普通に水を使ってしまったし・・・
大丈夫かな・・・

俺は20代になってからの思い出らしいものが一つもない。
思い出といえば、17歳で引きこもる前後くらいで止まってる。
何の思い出もないまま20代を終えてしまうのか。
それも何だか寂しいな。

パトカーに乗せられていると、たまにDQNが手を振ってくる。
Jと一緒に捕まってパトカーに乗せられた時も、後ろからやってくるスクーターの2人乗りがこっちに向かって手を振ってきた。
俺も手を振り替えしてたら「辞めろ」と言って刑事のおっさんに怒られた。
俺は車検場で消防車に乗った事がある。
あと、乗ったことがないのは救急車だけだ。
救急車に乗れば、サイレンの鳴る乗り物は全てコンプした事になる。
この先救急車に乗る事があったとしても、救急車だけ10数年の時を経てって形になるんだろうけど。

救急車とか出来れば一生乗らずに済みたいけど。
大怪我もしたくないし、病気にもかかりたくないし。
叔父が病院をやっているので、そっちで乗せてもらえばよかったな。
そしたら、苦しむ事なくサイレンの鳴る乗り物全てコンプした事になるし。

中1の時、マジックで100円玉に文字を書いて、それを自販機に入れて「返却」ボタンを押す、という遊びをやっていた。
それで戻ってくる100円玉が同じ100円玉かどうか試していたのだ。
12歳の頃の事なのに、その時の情景が昨日の事のように鮮明な映像になって蘇ってくる。
結果は、別の100円玉だった。
文字を書いた100円玉が戻ってくるまで続けるつもりで、コイン投入と返却を繰り返したりしていた。
残念ながら文字を書いた100円玉が戻ってきたかどうかは、覚えていない。

中1の時は色々と独創的な遊びを思いついていたな。
近所のゴミ捨て場を漁って、漫画や本を見つけては古本屋に売りに行って小遣いを作ったり。
痛んでいる本とかは5円くらいでしか買い取ってもらえなかったけど、楽しかった。
ジャンプ等の雑誌類は10円だった。
ベルサイユの薔薇なんて2000円くらいで売れたと思う。

中1の時、俺は小遣いを殆どもらえなかったから、夏の暑い日なんてそこらへんに捨ててあるジュースの缶やペットボトルに残った数滴を求めて口をつけてすすったりしていた。
乞食みたいな真似だ。
今思い出すと「うぇぇ・・・」となって気持ち悪くてゾッとする。
よくあんな真似が出来たもんだ。
衛生的にもかなりヤバイ。
小遣いをくれない親にあてつけたい気持ちもあったかもしれない。

中学2年か3年の時も、道端に落ちているガム(吐き捨てられたものじゃなく、ちゃんと包装紙で包んであるやつ)を拾って、「ラッキー」とか思って食べたりしていた。
当時仲の良かった友達が「買い食いするなとは言われてるけど、さすがに拾い食いまでは注意されてへんよな」と呆れてた。
当時は本当に小遣いをもらえなかった。
まともに小遣いがもらえるようになる頃には、俺はニコチン中毒になっていたので、小遣いも殆どタバコで消えていた。
なので、小遣いでゲームを買ったりというのが殆どなかった。

小遣いをもらえない反動からか、中2くらいから万引きにハマり出した。
それでお菓子やジュースや漫画なんかを盗んだりして。
あの頃は「もしも家を追い出されても、自分は盗みだけで生きていける」と本気で信じていた。
少年院に入ったら入ったで食べていけるし、とか。
バカとしか言いようがない。
中二病全開というか、考えが足りなさ過ぎるというか。
俺が小遣いをちゃんともらえるようになったのは、親が俺の盗みを懸念したからかもしれない。

今の自分からじゃ考えられないけど、子供の頃の俺は基本悪ガキだったと思う。
小学生の頃は知らない人に向けて水鉄砲をかけたり、水風船を落としたりしていたし。
それで追いかけられて逃げたり、仲間が捕まって親を呼ばれたり。
砂場で滑り台の下に地面の底に枝を刺した、怪我をさせる事を前提とした落とし穴を作りまくったり。
友達の小便とネコの糞と水やらを混ぜて作った汚水を嫌いな奴の家の前に撒き散らしたり。
今振り返ると、とんでもない小学生だった。

でも、隣町の小学生に比べたらまだマシだったのかもしれない。
小学5年生から原付に乗って暴走族入りしている連中が居たみたいだし。
今振り返っても信じられない話だけど。

小学生の頃の事を思い出すと、連鎖的に記憶が蘇ってくる。
小学4年の頃だったか、母親が「××君の家、離婚するみたいや。それで××君は転校する事になったんやって。この話、誰にも言ったらあかんで」と言ってきた事があった。
しかし、俺はそれを友達に言ってしまった。
その友達が自分の親にそれを話し、その親が俺の親に電話をしてきた。
「うちの息子が○○君(俺の名前)から聞いたって言ってたんやけど。××さんのとこ離婚するってほんま?」と。
それを知った俺の母親が怒りまくって、俺の事を何度も何度も蹴ってきた。
本気のキックだ。
俺は声も出ないほど痛がっていた。
でも、これって振り返ってみると俺の責任というより母親が悪いよな。
そんな情報を子供にペラペラ喋った俺の母親にこそ責任があると思う。


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