リュカの日記

2008年04月24日(木)

午前6時前頃から横になり始めた。
気がついたら午前7時頃になっていた。
もしかしたら眠っていたのかもしれないが、眠っていないのかもしれない。
どちらにしろ、睡眠らしい睡眠は取れていない。
とりあえずベッドから起きだし、手洗いをする。
と、そこで弟の部屋から咳払いが。
親父もそうなのだが、うちは弟の咳もやたらとでかい。
手洗いで神経を張り詰めまくっていた俺は、ビクっとなって「うわぁ!」と叫んだ。
すると、弟はあてつけがましく、これ見よがしに咳を連発。
俺は「やめろ」と言って自室に戻る。
すると、弟は部屋から出てきて、わざわざ俺の部屋のドアの前で咳を連発。
本当に嫌な奴だ。
俺が嫌がるからこそそれをする。
こうした歪んだ喜びを見出す下衆な性格というのは、家系的なものなのだろうか。親父もそうだし。今でこそ出さなくなったが、母親だってそうだった。
また、気をつけるようにはしているが、実は俺自身も内面的にそういう性質は持っている。
だから他人の歪みにより敏感だったりするんだろうな。
俺は今までにも人間の良心に関する本を幾冊か読んできたけど、大体『まともな良心を持った人は、自分自身がそうであるからこそ、良心を持たない人間が存在しているという事を信じる事が出来ない。それが歪んだ悪意による行動であると認識出来ず、何らかの事情があっての必然的行動なのだと信じたがる』といった内容が記されている。
俺自身はまともな良心を持った人間ではないので、そうした再三に渡る悪意を『偶然だ』とか『何らかの事情があっての事なんだ』と回りくどく性善説的に受け取る事なく、素直に悪意は悪意と受け取れる。
だからこそ、下衆を見つけやすいんだろうな。
現在午前9時20分。
弟に妨害されたストレスで、また眠れなくなってしまった。

そういえば、『確信を深める』という言い回しがあるけど、これもおかしな話だな。
確信というのは、それを得た時点で自分の中じゃ既に『揺るぎの無い真実』だ。
新たにそれを裏付けるような材料が見つかったところで、本人的に『今更だな』とは感じても、『おお、やっぱりまじでそうなんだ!』と感動を得るなんて事も無いだろう。そういう風に感じる時点で、それは『確信していなかった』という事。
と言っても、俺自身もたまに『確信が深まった』なんて言い回しを使うけど。
せいぜい、欺瞞野郎に「またまたボロが出てますよ」と恥をかかせてやろう、くらいの意識だ。
自意識的には「今更だな」という感覚。


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